20.言いたくないのならはしょって
「えーと。
外見だけならおじさん?
でも中身は子供が交じっているみたいな」
「正直だなあ。
まあ32歳はレイナくらいの歳の女の子から観たらおじさんだね。
それでいて中身は子供か」
笑みを消す。
「レイナ。
僕は選んでこの歳の僕がいるこの世界のこの時代にやってきたんだ。
異世界転移するのに時間が関係ないことが判ってから色々考えた。
その結果だ」
「そうなの」
「ああ。
なぜこの時代かというと色々意味があるんだけど、一番はこれ以降の僕が散々苦労するからなんだよ。
今の仕事はまあまあ楽しいんだけど、この後すぐに転勤になって、それからどんどん追い込まれていくんだ」
「転勤って?」
「会社の……上の命令で別の仕事につくことだ。
従わなかったら解雇だから、僕は大人しく引っ越して、しばらくは良かったんだけど酷い上司に当たってね」
シンの口調が重くなった。
粘り気と陰湿さが混じる。
これは拙い。
「言いたくないのならはしょって」
「そうだね。
……色々あって鬱病になって早期退職に追い込まれて、十年くらいかけて病気は治ってその後はまあまあ気楽に過ごせたんだけど。
とにかくあんな目には二度と合いたくない」
よほど酷い目に遭ったらしい。
あれ?
「だったらなぜ自殺するような真似を」
大聖鏡に飛び込むなんて露骨に自死ではないか。
異世界が観えると言っても転移出来るかどうか判らないのに。
実際、移動出来たのは魂だけだった。
この世界のシンと融合出来るかどうかも判らなかったはずだ。
「ミルガンテにいたら一生掛けて自殺するようなものだから」
シンがあっさり言った。
「普通の神官見習いなら我慢出来たかも知れないけど、僕にはこっちの世界での自由な暮らしの記憶があるんだよ。
それに比べたらミルガンテなんかクソだ。
絶対耐えられないと思った」
ああ、そういうことか。
こっちの世界は便利で自由で明るくて楽しい。
もちろん影の部分はあるけど、やり方によっては回避が可能だ。
だけどミルガンテで神官でいたらそれだけで詰む。
普通の人なら転職や、あるいは単純に逃げればいいのかもしれないが、ミルガンテというか大聖殿からは逃げられない。
聖力を持つ者を野放しに出来ないからだ。
どこに逃げても追ってくるし、見つかれば殺される。
それが嫌なら一生神官という名目の奴隷だ。
「レイナだって聖女に戻りたいと思う?」
「絶対に嫌」
そう、わずか数日こっちの世界の快適さを味わっただけで、もう引き返せない。
逆にこの快適さを奪おうとする奴がいたら徹底的に叩き潰すというような黒い考えすら浮かんでくる。
「なるほど。
つまり、やけくそだったと」
「うん。
転移出来ることは判っていた。
古の救世主が日本からミルガンテに来たことは確かだったからね。
でも無事に転移出来るかどうかは判らなかったし、過去の僕に取り憑けるかどうかも不明だった。
でも」
やるしかなかった、とシンは語った。
それもあの夜が唯一の機会だったと。
神官見習いに任命されるまでは常に監視がついているから大聖鏡に不必要に近づいたら警戒されて下手すると始末される恐れがある。
かといって任命されてしまうとそのまま大聖殿から放り出されて任地に直行だ。
だから卒業パーティで監視が緩み、大聖鏡の周りに人がいなくなるあのときが千載一遇のチャンスだったのだ。
レイナに邪魔されそうになったけど。
「ごめんなさい」
「うん。
ついてこられたのにはびっくりしたけどね。
でも聖女なら何とかなるんじゃないかと思った。
それに巻き込んだ責任もあるし」
お人好しだ。
レイナが勝手についてきただけで、シンには責任なんかないのに。




