189.日付は決まってない
それについてはナオが教えてくれたっけ。
夜間中学の給食の時間に珍しくみんなが集まった時だった。
サラリーマンという存在について議論になった。
「レイナの知ってる身近なサラリーマンというか働いている人ってシンさんくらいでしょう。
あとは丹下先生とか」
「うん」
「シンさんは今は社長だけど元は技術者だったし、丹下先生は教師ね。
どちらも技能職なのよ」
「技能職」
「技術者といった方がいいかな。
要するに現場で実務をする人」
仕事とはそういうものなのでは。
するとナオは肩を竦めた。
「私のクラブ時代のお客様はみんなそうなんだけど、経営者や上級管理職というお仕事があるの。
その人達は自分では働かないというか、決断したり働く人を管理したりするのがお仕事。
だからそういう人達の毎日を漫画にすると、誰かと会議したりゴルフしながら次の社長を誰にするか決めたりという描写だけになる。
そんなの働いているように見えないけど、ちゃんとしたお仕事なのよね」
「知らなかった」
なるほど、言われて見れば納得できないこともない。
ミルガンテの大聖殿でも幹部の大神官たちはいつもふんぞり返って命令しているだけで自分の手は動かさなかった。
でも指示する人がいなければ部下は何をしていいのか判らないから仕事が進まない。
それは地球でも同じか。
「でもそんなのコミックで読んでも面白くない」
「ああいう漫画はサラリーマンの人とかが読むらしいわよ。
それで共感したり憂さを晴らしたり出来るみたい」
さいですか。
レイナには関係ないお話だった。
ぼうっとそんなことを思い出していたらシンが何か言った。
「ごめん。
何?」
「うん。
近いうちにイギリスに行くから準備して」
「もう?
いつ頃?」
そういえば夜間中学を卒業したんだった。
つまりレイナはフリーだ。
自由に動ける。
英国行きは何となくもっと先のような気がしていたけど条件が整ってしまった。
レイナとしてはいつでもいいのだが。
「日付は決まってない」
シンがオードブルをパクッと食べながら言った。
「タイロン氏は組織のプライベートジェット機を使ってくれと言っていたけど断った。
そんなの何か仕掛けられても逃げられないからね。
最悪は海の上で爆発したり墜落したりするかもしれないし」
「そこまで?」
「可能性の問題だよ。
もっと軽くても食事に何か仕込まれたりガスを撒かれたりするかもしれないし」
「そんなの私がいればどうにでも出来けど」
聖力は無敵だ。
肉体が死んでもレイナやシンなら何とかなる。
「手の内を晒したくない。
だから民間の航空会社を使う予定なんだけど、それだって安心出来ないからね。
なので予定を決めずにある日突然出かけることにする」
「なるほど」
レイナもアニメや漫画で読んだり見たりしているし、何ならネットで動画も観ているので旅客機というものがあることは知っている。
何百人も乗れるような巨大な飛行機で地球の反対側まで飛んで行けたりする。
あれに乗るのか。
「でもああいう乗り物って予約しないと乗れないのでは?」
アニメではあらかじめチケットを用意していた。
いきなり飛行場に行っても席がないのでは。
「それはどうにでもなる」
ああ、なるほど。
お金か。
シンの場合、お金は問題じゃないよのよね。
足りなくなったらナンバーズとかで稼げばいいんだし。




