幕間3
芸能プロダクション「オリーヴ」の営業職についてもう5年たつ岬洋子はそのレストランに入る前から何かを感じていた。
岬は営業部の所属だが、エンタメ系のプロダクションの社員は基本的に何でも屋だ。
常に人手不足の状態だからイベントのたびに会場に駆り出されるし、タレントのスカウトや育成の手伝いなど日常茶飯事。
だからこそ気がついた。
この雰囲気、イベントの開場前に似ている!
しかも売れっ子というよりは熱狂的な信者が押し寄せるスーパーアイドルグループのコンサートに近い。
まだ何も始まっていないのに、観客の情念が会場の外にまではみ出しているような。
ゴクリと唾を飲み込んで入り口をくぐる。
どこにでもあるようなちょっと高級なレストランだ。
席はほとんど空きがないくらい埋まっている。
そして、坐っている客のほとんどが一箇所をチラ観していた。
窓際の席についたアベック。
アラサーの男と外国人の少女という組み合わせは珍しいが、問題は客の視線を集めている人物だ。
岬も目が離せなくなった。
何で?
どうしてこのアラサー男が気になるの?
セレブ並の存在感だ。
無理に観察してみると、どこにでもいるような風体のサラリーマンにしか見えなかった。
小綺麗な格好なので、生活に余裕はあるのだろう。
おそらくは大企業の正社員。
服装はカジュアルで、だがどちらかというとダサい。
ただそれだけの普通の男のはずなのに。
思わず近づいてしまってから岬はぎくりと立ち止まった。
男の事は一瞬で忘れた。
向かい合って坐る外国人の少女。
滅多に無いほどの美形だが、ぞっとした。
存在感がまったくない。
確かにそこにいるのに、3DのCGのような空白を感じる。
人間の気配じゃない。
おそらく目を閉じたら何も感じられないだろう。
岬は思わず男に話しかけていた。
「あのう、すみません」
何という態度だ。
芸能プロの社員にあるまじき失態。
これではナンパだ。
「はい?」
男は極めて常識的な対応をとってくれた。
助かった。
「少し、お時間を頂けないでしょうか。。
出来ればお食事でも」
ああ、駄目だ。
もう自分が何を言っているのか判らない。
男は困ったように笑うと「ちょっとそれは。これから行く所もありますし」と断って来た。
それはそうよね。
でも引き下がれない。
こうしてそばに立っているだけでも男の威圧感と少女の空虚さが岬を苛む。
おもわず黙ってコーヒーを啜っている少女を観る。
マジで駄目だ。
空虚なのではない。
ブラックホール並に何かを吸い込んでいるのだ。
虚無とは違うが少女の形をした別の空間がそこに存在している、いや存在していないようだ。
動かない口を無理に動かす。
「あなたはどう?
アイドルに興味はある?」
無茶苦茶だ。
こんな態度だと社に苦情が入っても不思議じゃない。
少女は初めて岬に気づいた様にきょとんとした表情を作ると恥じらいがちに言った。
「○○○○○○。
○○○○○○○」
聞いた事がない言葉が返ってきた。
外国語だろうか。
岬は一応、四大出なので英語とフランス語なら聞きかじっているが、そういった体系の言語とはまったく違う語感だった。
「すみません。この娘はそういったことには興味がないので」
アラサー男がとりなすように言った。
それはそうよね。
興味があったとしたって今の私みたいなのとは関係したくないでしょうし。
絶望しながら謝って、それでも癖で名刺を渡して去る。
食欲は完全に失せていた。
でも記憶にはしっかりと刻み込まれた。
あの少女もだが、男の方もただ者ではない。
いつかきっと表舞台に出てくる。
その時は。
自分では気づいてませんがシンくんの方も聖力が僅かに発散しているので凄い事になっています。
判る人には圧倒的な威圧感に思えます。




