162.滑ったか
いくつか観ているうちにパターンが出来た。
まず映画を選ぶ。
解説を読んで、その時代その土地について参考書でざっと調べてから視聴。
これはいい。
普通に映画を観るよりは理解が深まる。
海から突然襲撃してきて村を焼き払ったりする連中が単なる海賊ではなくてバイキングとかいう民族なのもそれで判った。
アーサーという人は概ね白人として描かれていたが、実際には今の英国本島の隣の島の民族であるアイルランド系というかケルト人だったとか、ローマ帝国から赴任してきた役人が辞職して王になったとか色々な説があることも知った。
映画だからしょうがないけど、好き勝手に脚色しているらしい。
要するに真相がよく判ってない。
それでも色々観ているとだんだん全体像が掴めてくる。
欧州の歴史が比較的はっきりしているのはローマ教会、というよりはその宗教を国教としたローマ帝国の存在が大きい。
ローマ帝国自体は割合早い内に分裂して滅んだりしているけど、ローマ教会は残って欧州全体に根を張り、その後も教会組織の神官や各国の王侯貴族達が記録を残している。
それによってその土地に何が起こったか、昔どんな国があったかなどが判る。
もっとも欧州ってローマ帝国から観たら「蛮族の地」だったようだ。
古代文明の中心は地中海辺りで、エジプトなども含まれる。
エジプトという国も凄くて、何と今から五千年くらい前までの記録が残っているとか。
それに対して今の欧州辺りは国とも言えない集団が争い合っていて文明が遅れていたらしい。
特に英国やアイルランドは島国なので、更に置いて行かれていたというか独自の文化が広まっていたとか。
それでもブリテン島はローマ帝国の植民地から属州になってある程度は発展していたんだけど、ローマ帝国が衰退すると植民してきた人達は土地を捨てて本国に戻ってしまった。
するとサクソン人とかが攻めてきて、アーサーはそういった侵略者と戦ったことになっている。
あれ?
でも今の英国人って確か「アングロサクソン」と呼ばれていなかった?
つまりアーサー、というよりは彼が率いる勢力は負けたのか。
征服されて血が混じり合ったのかもしれない。
夢中で映画を観ていてはっと気がついたらお昼を過ぎていた。
レイナの部屋には例によって買い置きのお菓子くらいしか無いので着替えて外出。
コンビニで弁当を買ってきて食べながら映画の続きを観る。
今観ているのは「アーサーは実はローマ帝国人と現地の女性との混血で、役人としてブリテンに派遣されていた人」という設定の映画だ。
混血だけど父親が結構偉い人なためにローマで教育を受けたためローマの市民権を持っている。
だがやっぱり蛮族扱いで、なので僻地に左遷されているという。
当時のブリテン島はローマの属州という状況なのだが、ローマ帝国の元老院が属州の放棄を決めたため、植民しているローマ人たちは土地を離れてローマに戻ることになっていた。
ところが北の方から侵攻してきたサクソン人が襲ってきていて、だからアーサーは部下や協力者と共にローマ人植民者たちの撤退のための時間稼ぎをするという話だった。
ありそうな話だな。
映画は中途半端で終わった。
アーサーが何となくそこら辺の人たちの指導者として受け入れられて、有力な部族の娘と結婚して王になる、というようなエンディングだったけど、侵攻軍はまだ健在だったりして(笑)。
それから苦労しそうだけど、映画としての区切りは良かった。
なるほど。
タイロン氏の組織の「始祖」とやらは、この後のブリテン島に現れたわけか。
何せその頃のブリテン島は明確な支配者がおらず、あっちこっちで色々な勢力が侵略したりされたりしていたみたい。
権力の空白状態のところに欧州やその他の土地から食い詰め者たちが集まってきて好き勝手やっていたんだろうな。
なので力があれば出自に関係なくのし上がれた。
その後もいくつか映画を観てみたけど、大抵の場合主人公はどっかの貴族の落とし子とかになっていた。
やはりマジな無頼漢が出世するというのは難しいらしい。
高等教育を受けていないと侵略や征服は出来てもその後の支配体制を維持できない。
ただ強いだけの文盲の乱暴者では駄目なのか。
気がつけば夕方になっていたので夜間中学に登校する。
シンからの連絡がないということは、レイナの出番はまだ先なんだろうな。
教室にはレスリーとリンがいた。
みんな真面目だなあ。
「おそよう」
「何それ」
「滑ったか」
日本語の微妙なニュアンスは無理だって。




