155.それはそうかも
やっぱり戦争ばっかりしていたのか。
「今はまとまっているよね」
リンが言うとレスリーが手を振った。
「あんまりまとまってないです。
そもそも『英国』という国は存在しません」
「そうなの!」
ならばこのレスリーは何国人なのか。
「正式名称は『グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国』です。
英語で言えばUnited Kingdom of Great Britain and Northern Irelandですね。
更に言えば英国はイングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの4つの地域に分かれています。
日本で言うと本州、九州、北海道、四国みたいなものでしょうか」
「へー」
「知らなかった」
「普通の日本人は知らないと思いますよ。
よその国の事ですし」
それはそうか。
レイナの場合、日本国籍を持っていても日本の事すらほとんど知らないのだが。
「英国のことはとりあえず置いておいて、ヨーロッパです。
リンも習ったことがあると思いますが、中世期に十字軍というものがあって」
「あ、知ってる。
キリスト教国が連合軍でイラスム教の国に攻め込んだんだよね」
レイナにも覚えがあった。
でもあれって宗教戦争だったのでは。
「お題目はキリスト教の聖地であるエルサレムを奪還するということなんですが、実際にはむしろ余剰戦力の廃棄だったのでは、と」
「何それ」
「よく判らない」
レスリーがにんまりと笑った。
あ、ティーチャー症候群だ。
「当時の各国はほぼ王制というか封建制だったことは知ってますよね」
「そのくらいは。
王様と貴族がいるのよね」
「はい。
で、国王が強すぎたら貴族が押さえつけられて衰退するし、逆に弱かったら反乱が起こります。
特に当時って下剋上が当たり前でしたから、強い貴族はどんどん強くなっていきます。
そして力をつけた貴族は王に刃向かったり不埒な要求をしてきたり」
「それはそうかも」
「なので、その強い貴族の勢力を削ぐために十字軍を起こして強力な戦力をよそに送ったわけです。
エルサレム奪回という名目で」
レスリーが言うには、これは世界中で起こった出来事なのだそうだ。
とある地域で強力な中央政権が倒れると、各地の有力者が独立して勢力争いを始める。
あるいは地方が強力になりすぎて反乱を起こして中央政権が滅ぼされる。
するとどうなるのかというと、色々な勢力がぶつかり合って次第にまとまっていって、最後は前とは別の政権が立ち上がる。
もっとも完全統一などは希で、大抵は一番強かった勢力が政権を取り、残りの有力者はその協力者や配下という形になる。
平和が訪れるのはいいんだけれど、その時どうなっているのかというと各勢力は大量の戦闘員を抱えているわけで。
「新しい国の王がトップに立つ時ってまさにそんな状態なんですよ。
他の勢力はそれぞれ自分の配下の軍勢を抱えていて。
しかもこの場合、農民が徴募されたような人じゃなくて、最初から兵隊だったような人たちがたくさんいるわけですね。
その人たちって平和になったからといって戦い以外の技能がないからやることがない」
「あ、それ知ってる」
リンが自慢げに言った。
「屯田兵になるんだよね。
普段はお百姓していていざとなったら兵隊として戦うと」
「そう出来る人はそうなりますが、大部分は農民なんか出来ません。
そんなに土地が余っているわけじゃないし、田圃がある土地にはもうそこに農民がいるし。
でもその人達も食べて行かなくちゃならない」
「それは、ええと貴族じゃなくてその人達の指揮官が何とかするのでは」
レイナが言うとレスリーは肩を竦めた。
「でもその人たちって戦い以外では何の役にも立たないんですよ。
生産性がゼロで、おまけに荒っぽいから何かあったら面倒の元になる。
ということで、そういう余った人たちをどこかに捨てる必要があって」




