136.これだけ?
「わ、凄い。
全部新品だ」
「つまり、今までここで料理したことないんだな」
「ポットはあるのね」
「コーヒー飲んだりカップ麺作るのにお湯が必要で」
ちょっと恥ずかしかったがみんな気にしていなかった。
サリもリンも家族と一緒に住んでいるので自分専用の調理器具なんか持っていないし、レスリーは一人暮らしだが部屋には実家が用意した家具や器具がある。
聞いてみたらやはり自分では料理なんかしないそうだ。
コックがいるかどうか聞きたかったが心理的に抵抗があるので曖昧なままだった。
一人暮らしで自分専用のキッチンを持っているのはナオとレイナだけだ。
「つまり教室はレイナの家に限定されるわけだな」
「そうね。
うちはみんなが一緒に料理出来るほど広くないし」
ナオの部屋は、行った事はないがワンルームマンションだそうだ。
一人暮らしには十分だろう。
レイナの部屋が異常なだけで。
「で、何すればいいの?」
言いだしっぺのリンには炊飯の担当が申しつけられた。
やったことがないと渋るリンにネットで方法を調べろと命令しつつ、結局はナオが指導することになった。
「炊飯を失敗したらそこで終わりだからな。
主食なしではどうにもならない」
「パンとか?」
「そんな贅沢を言えるのは金持ちだけだ」
さいですか。
リンがヒーヒー言いながらお米をといでいるのを横目で見ながらレイナはステーキ肉の下ごしらえをすることになった。
と言っても切ってあるお肉をパックから出して塩胡椒を振るだけだった。
「これだけ?」
「基本だから。
お肉は塩胡椒さえ効いていれば美味しくなるものよ」
そんなものか。
ステーキハウスだとソースを色々選べたりするが、そういうのはもっと後だそうだ。
「本格的に料理を習うのならまだしも家庭でそんなに色々調味料を揃える必要はないから。
料理が趣味というのならともかく」
「そんなことはない。
面倒くさい」
「レイナならそう言うと思った。
だから基本だけはマスターして」
なるほど。
レスリーはサラダ作りを命じられていた。
「コンビニで売っているもので良いのでは」
「そっちの方が簡単なのは判るけど、コンビニやスーパーが近くに無い場合はどうするの?」
「我慢する」
「そういうわけにはいかないから」
キャベツやキュウリを切るレスリー。
意外にも上手かった。
「刃物の使い方は一応、マスターしています」
何で、とは怖くて聞けない。
無害そうに見えて得体が知れない人である事はよく判った。
サリは味噌汁や副菜作りを任されていて淡々と進めていた。
と言ってもパックから出して盛り付けたりお湯を沸かしてインスタントの味噌汁を人数分作ったりしているだけだ。
「そんなんでいいの?」
「味噌から造ったりするのは無理だ。
今はいい加工食品や惣菜の元がいくらでもあるからな。
鍋とかの方が面倒くさいぞ。
黄緑色野菜を切ったり」
「それもいずれはやりましょう。
今回はこれで」
ステーキはナオの指導を受けながら全員が一枚ずつ焼いた。
「温度とか測らなくてもいいの?」
グルメ漫画だと、何でもないことにもの凄く時間をかけたり厳密な温度設定していたけど。
「だから食を極めるとかじゃないから。
何度もやっているうちにだんだん判ってくる。
自分なりでいいのよ」
そういうものですか。
全員の肉が焼き上がる頃にはご飯が炊けたのでステーキ定食風のプレートを作る。
ナオが用意したらしいドレッシングをサラダにかけるとそれなりになった。
「わあ。
お店みたい」
「外見だけはな」
「ステーキ、誰がどれを焼いたのか判らなくなったけど」
「ロシアンルーレットか」
「怖いこと言わないで」
そういえば餃子のひとつだけ具が激辛とかいうコミックもあったっけ。
大抵はリンみたいな立場の人が当たるのだが。




