100.五月蠅いぞ!
「そうおっしゃらずに」
イケメンは道を塞いでレイナを通そうとしなかった。
大柄というよりは背が高くて手足が長いので狭いカラオケの通路を塞いでしまっている。
脇をすり抜けることは出来るだろうが身体の一部が接触する。
レイナは躊躇しなかった。
ポーチを開けてブツを取り出し、ピンを思い切り引き抜く。
つんざくようなアラームが響いた。
レイナですら思わず耳を押さえるくらいの大音響で、説明書によればどれくらいのものか判らないけど140デシベルの音が出るらしい。
LEDライトもついていて懐中電灯にもなるという優れもので、ナオが教えてくれて通販で買ったものだ。
シンに言ったら賛成された。
「聖力は無敵だからこそ、それを使う羽目になる前に何とかする方法は用意しておくべきだよね」
女性用の防犯ブザーというには効果がありすぎるみたいだが、大は小を兼ねるということで。
「何だ何だ」
「火事?」
「五月蠅いぞ!」
たちまち複数のドアが開いてどやどやと出てくる人たち。
イケメンは素早かった。
あっという間に人の間を縫って駆け去ってしまった。
障害物競争の選手か。
レイナがブザーを止めるとしばらくして皆さんがブツブツ言いながら部屋に戻っていく。
文句を言いたい人もいただろうが、レイナが敢えて軽い威圧を加えていたせいだろう。
「今のレイナが?」
リンが心配そうに聞いてきたけどそっけなく首を振るに留めた。
部屋に戻って何事もなかったかのように曲を予約する。
みんながそれぞれの目付きで見てきたけど何も言わない。
ただ、レスリーだけが泣きそうな目で小さく拝んでいた。
やっぱり関係者か。
それにしてもカラオケ店の中まで追いかけてくるとか。
しかもあんな稚拙なやり方で接触しようとするなんて。
その後は何事もなく終わって解散した後、レイナはレスリーにメッセージを送った。
『聞きたいことがあるから来て』
『了解しました』
レイナの住所は判っているはずだ。
1時間くらいでレスリーが現れたのでエントランスに迎えに行く。
「ごめんね呼びつけたりして」
「とんでもないです。
こちらからお話ししようかと」
「それは後で」
エレベーターで向かった先はレイナの部屋ではなかった。
「ようこそ。
レスリーさんは初めてだね?」
シンが歓迎してくれた。
もちろん、シンが在室していることを確認してからレスリーを呼んだわけで。
レスリーは硬くなったままソファーに腰掛けて、シンとレイナが向かい側に並ぶなり頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!」
「うん。
何があったかはレイナから少し聞いてるけど、知ってることがあれば教えて欲しいんだけど」
「もちろんです!
何も隠すなと」
そういう命令を受けているらしい。
それからレスリーはさっきの出来事の裏側を話してくれた。
解散した後、すぐにタイロン氏に連絡して調べて貰ったそうだ。
「レイナ様が接触したのは私の従兄弟の一人だと思います。
少なくとも私の兄弟ではないです」
「そんなにたくさん親戚がいるの?」
思わず口を挟んでしまった。
「はい。
一族は何百年も前から婚姻政策で勢力を維持してきましたので。
今、従兄弟と言いましたが実際の関係はもっと複雑というか、遠いです」
「それにしてはレスリーに似ていた気がする」
「私の顔は一族の典型的なものですよ。
多産な家系でもありますし」
レスリーみたいなのがゴロゴロいるのか。
モテモテの一族なんだろうな。
「その従兄弟さんは何をしたかったの?」
「はっきりとは判りませんが、伯父の話では抜け駆けしてレイナ様と親しくなろうとしたのではないかと。
自分の顔に自信があったみたいですし」
「無茶じゃない?」
「情報統制されていて、一族内ではいい加減な憶測がまかり通っているそうです。
レイナ様のこともしょせんは不法移民の孤児だろうとしか思ってない連中もいる、と伯父が嘆いていました」




