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ス イ シ ク ヨ ウ  作者: でうく
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Ⅲ.天智彦(アチヒコ)

ぴしゃっ!

「!ちょ・・・っ!」


悪霊に憑かれた少女は直ちに本土に連れ戻され、大量の札の貼られた小屋に隔離された。


くら・・・

外に出られるどころではない。札に強大な力が宿るのか、眩暈さえして身動きが取れなかった。

「―――っ・・・!」

如何(どう)して私がこんな目に・・・・!少女は障子の紙に爪を立て損ね、その場に(くずお)れた。永きに亘る幽閉生活がここにて始る。




一方で、悪霊に襲われた高木神(たかぎのかみ)等は神社を封鎖し、滅茶苦茶に荒された境内にて急遽、産土を同じくする血族が留まり自らの大使館である綿津見(ワタツミ)を問い(ただ)した。


「あの娘は一体何者であるか!」

「何ゆえあの娘は境内(ウチ)へ入って来られたのであるか」


死産を乗り越えて天智彦(あちひこ)を産んだ健気な女・八十(やそ)も、赤ん坊の腐れた死体が堕ちて来た光景にはひどく動揺が走った様だった。吐き気で口許(くちもと)を押えると共に、浮ぶ涙が張力を張っている。

「あの“声”は一体・・・」

高木は心奪われた様に放つ。脳内に直接語り掛けてきた、声の無き声。


待望の長男を通じて突如放たれた“僕”から“弟”への“贈り(プレゼント)”。

神棚の扉を開けた、天智彦よりも小さく、でも、形は同じ―――



「“あの”時の子―――」



呆然とした八十の頬を、一筋の涙が(ようや)く零れた。

綿津見(ワタツミ)三神は黙して何も語らなかった。奴隷となった国の代表である少女が反逆を目論み、未来の奴国王(なのくにのおう)となる皇子を(たお)そうと襲った。そう結論づける事で、混乱を収束させたかったのかも知れない。そうして現に、敵を外側につくる事で、高木家は急速に落ち着きを取り戻していったのである。


「コンちゃんがとり憑いてるって警告したのにねぇ」


結界を破ってまで少女を追ったにも(かかわ)らず、部外者であるという事で礼も()われずさっさとぺいっと神社から締め出された天児屋(アメノコヤネ)達は筑紫島(ツクシノシマ)の本土へ戻る為、緋色(ひしょく)に染まる海の中道をとぼとぼと歩いていた。

「其どころの情況では既にありませんでしたからね」

天児屋は気にしない素振りで云った。伊斯許理度売(イシコリドメ)も基本的には型に(はま)ったタイプではないが、少し(ばかり)ぴりぴりとしている。

視えない敵という事で流石(さすが)に気を張っているのだろうか。

玉祖(タマノオヤ)は血の気の引いた顔を隠そうとするかの様に、伊斯許理度売と天児屋を交互に横眼で睨んでいた。

「高木さんは解ってるのかしらん」




少女を捕えた事で一族は安心し切っていたが、八十だけは不安を拭う事が出来なかった。叉、此度こそは望んで産れた自分達の子である事から、高木も相当な期待を懸けて夫妻揃って手塩に掛けた。彼等だけでなく、天智彦(あちひこ)が産れる前の後継者候補を亡くした一族全体の希望ともなり、皆非常に天智彦を可愛がった。誰かしら片時も天智彦の傍を離れず、(さなが)ら其は人形遊びの様であったが、魂に穴を開けたという旨を警戒しての事であった。


天智彦はその諱の通り、天智を得てとても賢く大人びた神へと成長して()った。産れ幾年も経たぬ内に、父の影が翳む程に時期王たる牛耳を執っていた。


中でも驚くべきなのは、供給先が親の血だとは思えぬ止め処の無い霊能力であった。




「・・・・・・・・・」

―――囚われの日日にもいい加減に慣れて、変り映えせぬ怠い生活を持て余している自分に嫌気の差している時であった。

スッ

―――祠の障子が、開いたのは。

来訪者は、煌びやかな衣装に身を包んだ屈強な男達であった。武官、というものなのだろう。久々に頭を働かせるも蜘蛛の巣がかった霞が取れる前に、男達に囲まれ腕を掴まれる。

「・・・・・・い、た・・・・っ!」

―――腕が折れそうだ。

其の侭腕ごと持ち上げられ全身が宙に浮く。抵抗する余裕も無い侭俵でも載せる様に肩に己の腹を抱えられ、祠の外に連れ出される。視界が逆様になる。何処へ連れて往かれようというのか。

「ま―――っ・・・!」

結界の媒介となっていた護符が、(すべ)て一様に裂かれているのが見える。

少女と武官が祠を出ると、祠に急に亀裂が走り、只の材木となって崩れ落ちた。

―――視界に、矢を引き貫いた千早と緋袴姿の別者の姿が飛び込む。

「ゴクロウ」

武官が野太い声でその者に云い、通り過ぎる。その者は弓を己に密着させると、武官に対して九十度の礼をした。

「イイエ」

緋袴の者が顔を上げる。武官と比べると華奢な体格をしたその者は、顔を見ても男か女かは判らなかった。

―――只、その若さと、少女に向けた優しい微笑みは、変らず見憶えのあるものであった。




少女が連れて来られる時に、様々な者達と()れ違った。建物の造りや着ている衣服がどんどん豪華に、派手に移り変ってゆくさまから偉い者の居る処に用が有るのだという事は察せたが、少女自身に今更話す事など無い。

(しか)し、幾年か振りに外へ出て


「―――何だって今更あの娘あるか」

「他でも無い、天智彦さまが御呼びになったである」

「是什么!?天智彦さまが!?高御産巣日さまがその様な事を許すあるか!?」

「実質的な権限は天智彦さまにあるあり。高御産巣日さまではもう御立場が悪い」


―――何を云っているのかがまるで判らない。思えば、この島へ来て言語を獲得しない内にあの牢とも謂える祠へ繋がれたのだった。併し、言葉の端々に『アチヒコ』という名が語られているのは判別がついた。

何処かで聞いた事のある様な―――?


「併し、天智彦さまは――・・・!」

「―――天智彦さまの問題を解決するのに、娘が必要なのだと」

―――己を見つめる高官達の視線が一変したのを、少女は感じた。

「―――胡散臭い夜郎である。天智彦さまがそう仰る故仕方が無いものの、あの陰陽師は全く如何にしてそうせしめたか」


那么(失礼)。武官は再び歩を進める。景色が叉、ゆっくりと移ろいでゆく。併し、位の高い衣服と少女を追う視線は変らなかった。




宮の最奥へ入ると、赤暗く蝋燭の燈された細長い廊下を除いて、蚊帳のみで区切られた個室が続いていた。蚊帳の素材である絹が蓬色に染められ、何重にも重ね合っている為に、室内がよく見えない。加え、顔を見てはいけない規則でもあるらしく、どの個室も椅子に座った状態での肩より上の高さには、御簾(みす)が下げられている。

「天智彦さま」

武官等は迷う様子も無く廊下の突き当りまで摺り足で進むと、跪き左手を上にして両手を組んだ。少女を抱えている武官は、跪きはしないものの腋を締めて同じポーズを取っている。

少女に用が有ったのは、天智彦だった様である。


「通せ」


・・・にべも無い言葉が蚊帳の向うから聞えてくる。武官達は顔を見合わせる。少々表情が強張っている様にも見えたが“通せ”と一言云われた以上は、彼等が中へ入る訳にはいかないのだろう。

「!」

那么(では)。と云い、武官が蚊帳を捲った。御簾を捲る間も無く、少女は中へ押し込まれる。少女が御簾に視界を奪われている間に武官等は蚊帳を閉め、足早に去って往った。

訳が解らない。

併し天智彦が朧げな記憶で何者だったか、確める必要は有る。意を決して、少女は御簾を捲り上げた。



部屋の真中に、金と紅の冠と漢服に身を包んだ子供が後ろ姿で立っていた。

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