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ス イ シ ク ヨ ウ  作者: でうく
13/16

Ⅻ.魂結び

『滅べ、高木よ』



赤子は鈴鹿の表情筋を使って、醜い歓喜の笑みを浮べた。(しか)し幼くも闇を知るその表情はすぐに叉歪む。


「・・・な!」


(やしき)は魂の業火に焼き尽され、この空間にのみ結界が張られている筈である。誰にも邪魔はさせない。誰も中には入る事は出来ぬ筈だ。併し。




天智彦(アチヒコ)!!」




赤子にとっても見憶えのある少女が、結界を突破して内側へと入って来る。とても大した力など持っている様には見えない。あの時と同じ、貧弱で隙だらけの少女だった。なのに。

少女は天智彦と高御産巣日(タカミムスビ)の間に、あの頃よりも丸みを帯びて肉づきの良くなった肢体を滑らせる。自分よりまだ細い腕を掴み、小さい身体を抱き寄せると―――



「―――・・・」




・・・今度はウズメの方から、天智彦の唇に接吻(キス)をした。




「・・・!」



天智彦は我を取り戻し、自分自身の置かれている状況に顔を紅く染めさえする。(しか)し、ウズメはなかなか唇を放そうとせず、互いの肺の中の酸素が尽きる迄、唾液が零れても構わず続けた。

「・・・っ、はぁっ・・・、宇受賣(ウズメ)・・・・・・っ」

酸欠で再び天智彦の意識はぼやける。だが精神は安らかで、身体が勝手に動く暴走も意識を支配される感覚も落ち着いてゆく。

互いに生理的なものか、其とも何に()るものなのか判らない涙を流し、見つめ合った。



莫迦(ばか)め・・・・・・」



天智彦はすぐ視線を落し、顔を(しか)めて溢れ出す感情を抑え込もうとした。

「・・・・・・異変は無いか」

ウズメは涙を拭う事も無い侭、立ち尽して変らず泣いていた。唇が戦慄(わなな)いている。天智彦を操っていた怨念の魂は、接吻を通じてウズメにも流れ込む。(マガ)の渦に一身で立たされていたのが二手に分れ、天智彦の自我が保たれる程にウズメが絞り取って()れた。

「・・・・・・うん」

・・・ウズメは、涙を止められなくしても口角を引き上げ微笑んでみせる。彼女の心中には屹度(きっと)、大量の負の感情が渦巻いている事だろう。天智彦には其を解する力は無かったが、彼女はその一つ一つを呑み下し、消化していった。


「・・・・・・父さん(Ama)と母さん(Mom)に、また逢う事が出来た。だからもう大丈夫」


「宇受賣!」

其の侭身体の力が抜けて倒れ掛るウズメに天智彦は叫んだ。生きてきた中で覚えた事の無い感情が溢れ出す。ぐったりした彼女の身体を抱き竦め

「無茶をして呉れるな―――!」

天智彦は毒気が抜けた様に霊が己から去ってゆくのを知る一方で、己の今迄持たなかった願いとも謂える欲望を自覚する。

「・・・()き込んで、済まなかった。あの霊の事を好きでもよい、肉体(からだ)が好きに使役される時期があっても構わぬ。只、君よ。己を犠牲として他者を守る様な真似だけは禁ずる!」

―――初めて己の気持ちを己の言葉で弁明した令息に、ウズメは眠たげな眼をうっすらと開けた。ばかね・・・と微笑む。

「貴方の為に誰が命を捨てるものですか・・・あたしが貴方に協力したのは、あたしが助かりたかっただけで・・・でも・・・そうね・・・・肉体の持主は貴方じゃないなんて言って・・・・・・悪かったわ。本当は・・・・・・其だけを言いに来たの」



“茶番だな”



ざわ・・・と身の毛が弥立つのをふたりは感じた。八卦鏡が床に落下して割れる音に続いて鈴鹿が倒れ、高御産巣日は解放される。併し彼女が持っていた家宝の刀剣は宙を浮き、天智彦の手へと渡された。



“邪魔だよ”



「きゃあ!」


突然に剣を突き立てられ、ウズメの身体は床を跳ねる。天智彦が立ち上がり、振り下ろそうとする左腕を右手で止めようと押えていた。ウズメには視える。



“・・・云っただろう、天智彦。僕がずっと見たかったのは、後継(おまえ)当主(ちちおや)(たお)す下剋上だと”



「く・・・・・・っ!!」



“―――諦めのいい奴だと思っていたのに、如何(どう)したんだい天智彦。まさか其処の娘に(ほだ)されたと云わないよね。

その娘はお前が産れた時に、産土でお前を殺そうとした娘だよ”



「・・・・・・!やっぱり、貴方―――!」



ウズメは何処かで聞いた様な声と赤子の実体に、過去の記憶を呼び起す。この者は以前、自分にとり憑いて天智彦を殺そうとした霊だ。


天智彦の肉体に再び糸が絡まり、ギシギシと(うな)る。彼の持つ刀剣は鈴鹿とウズメの両者を往き来し、耳元で囁く赤子の声に鳥肌が立った。


“―――其とも、其処の娘ふたりを前菜に済ませてから主菜(当主)にいくかい?天智彦は格式に(こだわ)るからねえ”


「やめよ!!」


天智彦が悲痛な声を上げる。


剣先がウズメの黒い眼に収まらぬ程大きく映った時、異空間に移された様な空気の変化と立体音響の様なよく通る声が聴こえてきた。




「そこまでだよ」




・・・天智彦と高御産巣日は(ほぼ)同じ様に片眉を上げ、瞠目(どうもく)した。ウズメは(ようや)く来たと安心し、瞼を伏せる。

からん・・・と乾いた雪駄の音を響かせ出で現れたのは、全身を白で染め抜いた貫頭衣に緋色の袴の、男とも女とも視えぬ優形の者であった。

「・・・っ!?」

突如、ウズメに向けられていた刀剣がぐりんと回転し、柄の部分が天智彦の顎を直撃する。脳が激しく揺さ振られ、敢え無く天智彦は意識を消失した。

「・・・久し振り・かな?」

巫女装束を着たその者は飄飄とした態度で微笑んだ。

“・・・・・・”

肉体の支配者がすぐさま交代し、天智彦の身は倒れる事無く顔を上げた。之が天智彦の姉兄の表情(かお)か、と(かむなき)は思う。

「一族を亡ぼす頂上決戦の場に、弟の意識を道連れにしないとは、とてもきょうだい想いなんだね」

おどける様にして云う。霊は表情を引っ込めて、然して興味も無さそうに

『・・・誰だい、お前は』

と訊いた。

「憶えて貰えていなくて残念だよ。私は天児屋命(アメノコヤネノミコト)。君の弟の産土の儀には私も参列していてね、結構目立つ立ち位置に居たんだけど」

天児屋は苦笑しつつも、のらりくらりと怒りをかわし高御産巣日との距離を近づける。(やが)て彼の前となる位置へ来た時、高御産巣日は口開く。


児屋(コヤネ)・・・その(ほう)(たれ)の許可を得て我が高木の敷居を跨ぐ」


「・・・タカミムスビ。彼(天智彦)の産土の儀に君が招いてくれた時、私は君から真に嫌われていない事を確信したよ。でも、祭司を私に任せてくれなかったのは君の落ち度だね。ワタツミは確かに信用できる相手だけれど、私ならもっと巧く遣る」


天児屋は何をする素振りも見せなかった。併し膜の様なものが突如神産巣日(カミムスビ)に浮び上がり、彼女を包み込んで宙へ飛び立たせる。其はまるで宇宙空間での無重力状態であった。だらんとした四肢が力無く空中を彷徨っているが、恐怖に立ち向かった母親の顔は苦痛から解放され、安らかな眠り顔を浮べている。

神産巣日に気を取られている内に高御産巣日の周囲にも薄い膜が張り、実の子から刺された創は癒えていた。高御産巣日は己の胸を幾度も(さす)って確める。

「母親の力はやはりすごいね。君の何倍も自己再生能力が強い。其とも、彼女が生成の女神だからかな」

「児屋、何をした」

「君達の持つ再生の能力を、或る方法で極限まで引き出したんだよ。細胞がどうとか時間感覚がとからしいけれど、生憎私は無学でね。細かい事は解らないけれど、君の奥方には敵わない程度の能力(ちから)だよ」

()て、と天児屋が呟くと、神産巣日の身体は高御産巣日の許へと降り立ち、二柱を包んでいた膜が重なった。高御産巣日が神産巣日の身を抱しめると、其は足した2倍以上の烈しい焔と化し、強力な結界となった。


「デモンストレーションになるのは之位かな」


天児屋がにっこり笑って霊に向き直る。ここ迄の業を繰り出しておきながら、天児屋は確かに己が手一つ動かしてはいなかった。その袖の下がどの様になっているのか迄は判らないものの。

天智彦の貌を借りたその姉兄は、その業には確かに眼を大きくしたものの、天児屋には興味を示した眼を向けず、その眼はただ只管(ひたすら)に高御産巣日と神産巣日の方を見ていた。

『・・・・・・』

傍らに倒れる鈴鹿を見下ろす。

高御産巣日の腕の中で目覚めた神産巣日が悲鳴を上げそうになるところで、必死に口を押える。何処までも芯の強い女性だ。

姉兄の霊は裸の小さな足で鈴鹿を軽く蹴ると、(ようや)く天児屋の方を見た。

『・・・僕をどうする心算(つもり)だい」

「その肉体(からだ)から離れてくれればどうもしはしないよ。只、タカミムスビは私にとっての大切な友達だからね。彼を取り巻くものは(すべ)て私も大切にしたい。彼の奥方も、彼の御子息も、彼の御息女も。勿論―――彼の子供に変り無い君もね」

『・・・・・・高木がどれだけ怨まれているか、お前は知っているのかい』

「ははは。君は子供らしくない事を云うね」

天児屋は遣り難いといった感じで苦笑いをする。高木家を翻弄する悪霊ではあるが、所詮は物質的なものの扱いに長ける高御産巣日と生成の神である神産巣日の間に産れた子だ。天智彦の魂の一部を喰い破ったとはいえ、霊力は遙か天児屋に及ばない。

でもだからこそ、天児屋は遣り難いのだ。

「・・・・・・いいかい、一回しか云わない。タカミムスビの御息女に危害を加えてごらん。私は君を止める手立てを知らない。どんなに私が手加減しても、小さな君の魂では救われる事が無い侭に消えてしまう。この霊力(ちから)とは長い付き合いだけれど、未だ扱いが全く判らないんだ。私は君をこの手で消したくはないんだよ」

『・・・・・・イエに巣くう小さな害虫を外へ出そうとして、誤って指の腹で潰して仕舞った。そんな心境かい?』

直後、御霊が薄い胸板に手を挿し込み、捻じ込む様に指先を突き立て天智彦の心の臓を掴んだ。意識を喪失していた筈の天智彦が飛び起きた様な絶叫の声を上げる。叫び乍ら口角は満足げに上がっていた。



御霊は今、天智彦の残された魂さえも肉体から引き剥そうとしているのだ。



「あああああああああああ―――――――――――――!!!」

痛みの感覚に対する本能的な反応だけで、天智彦には最早意識が無いに等しいだろう。いかん。天児屋は慌てて天智彦の(もと)へ奔り、魂が抜け切るのを防ぎにゆく。

元の宿主の魂が離れて仕舞えば、流石に肉体も生きてはいられない。

『・・・・云った・・・だろう・・・・・?僕は・・・・・・高木が・・・・呪われ・・・争い・・・・・・絶えるのを見たいのだと・・・・・・後継、でもないスズカに・・・興味なんか・・・・・無い』

自らも口から飲み込む余裕も無い涎を吐き乍ら、御霊は呪詛を呟く。天児屋は拍手(かしわで)を打ち呪詛を弾き飛ばした。

魂がより剥き出しになる。だが御霊の魂は腫瘍の如く、天智彦の魂の陰に潜んで天智彦の魂を押し出そうとしていた。

(・・・・・・私の霊力(ちから)では)

―――天智彦の魂まで破壊し兼ねない。天児屋は天智彦の魂に触れ、内側へ押し戻す。・・・脆い。之以上力を加えると、ばらばらに崩れて仕舞う。

「天智彦・・・・・・児屋」

「!!」

御霊の魂が天智彦の魂を貫き、天児屋に攻撃をしてきた。天智彦の魂に更なる穴が開く。天児屋は錐の如く突き貫けた御霊の魂をぐっと掴み、魂の内部に己の霊力を注ぎ込んだ。

“―――・・・ぅっ!”

御霊の魂が呻きを上げる。左右にもがき、天智彦の魂の陰へ戻ろうとするも浸入した天児屋の霊力がそうはさせない。内側から動きを封じられ、天智彦の魂を貫いた侭繋ぎ留められる。


「戻られるとアチヒコの魂の綻びがまた(マガ)を呼び込むから、固定させて貰うよ。其に


―――そろそろ、御迎えの様だ」



天児屋と天智彦の肉体の周囲を、ぐるぐると別の魂が尾を引いて渦を巻く。天児屋が剣を抜く様に、御霊の細長く尖る魂を再び握った。




“ マ タ セ タ ”




大人の男の声が、唸る様な低さで部屋に響き亘る。天児屋は片方の肩をすくめてみせ

「―――全くだよ。子供は体力が無いのだから、もっと早くに来てあげるべきだったね」

と、然して困っていない風に笑った。すぐに視線を御霊の魂に戻し



「・・・・・・では、(たの)むよ」



―――と、云った。




「高木家の呪縛に囚われた、哀れなる魂。そろそろ、我が友を解放してはくれないか。・・・君も、苦しいのだろう。


―――・・・私の処へ御出(おい)で」




“・・・―――――”




―――天児屋が御霊の魂を、するすると胸から引き抜いた。御霊は非常に大人しく、天智彦の魂から離れて往った。

天智彦の魂の穴が開き、強大な渦を伴って(マガ)を自らに引き寄せる。渦が魂の容積を削る。

「―――――・・・・」




“ ア チ ヒ コ ”




―――大きな男の魂が、自ら天智彦の魂に飛び込んで彼の魂の穴を塞ぐ。剥き出しの(こころ)に蓋がされる。天智彦を取り巻く渦と風が、急速に弱くなった。



「 桔 梗 判 紋 !」



天児屋が指で空中に図形を切り、天智彦の胸元に画いた掌で押しつける。天智彦の胸元が閉じられる。


「・・・お、前・・・は・・・・・・」


・・・・・・魂と肉体の自由を取り戻したのか、天智彦は、(うっす)らと目を開け、誰ともない様に呟いた。併しすぐに意識を失い、絢爛な床に頭から墜ちてゆく。

結界から解放された高御産巣日が天智彦の肉体を受け止める。

「天智彦っ・・・・・・鈴鹿―――!!」

神産巣日が鈴鹿と天智彦を近くに引き寄せ、両腕に抱いてわっと泣き出した。高御産巣日はそんな神産巣日を包み込み、背中を(さす)る。

「・・・・・・」

・・・・・・天児屋は御霊の魂を己の胸に取り込んだ。魂は(かす)かな抵抗を示したが、掌の中で震えられた当の天児屋を除いて、誰も気づかない。天児屋は成仏できない水子をあやす様に、己の胸をぽんぽんと叩き、・・・・・・大丈夫だよ。と呟いた。

ここまでが、未完のままで中断していた過去の執筆分(2013年執筆)です。

次回より、2020年4月より執筆再開した加筆分(続き)を掲載いたします。

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