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第86話 決戦が始まりました 1

「だ、大丈夫か?」

「はい、私は何とか……」


 『風魔法』で一気にあの声の主の元へと飛んできた俺たちだったが、辺りは赤い濃霧の影響で周りに何があるかすら把握することができない。


 とにかく一歩でも先へ進まなければ、そう考えて足を踏み出した、その瞬間。


「うお!?」

「伊織君!?」


 俺の足は宙を踏んでしまい、危うく滑り落ちそうになってしまう。


「っと、あっぶねー……」

「大丈夫ですか? どこか怪我してませんか?」

「あ、ああ。俺は大丈夫。しっかしこれは……」


 その衝撃もあってか赤い霧が飛び、真下にあったものが露になる。


 まず分かったことは俺たちはすり鉢状になった巨大な大穴の縁を歩いていたこと。

 そしてもう1つ分かったこと、それは――。


「あれがさっきまで喚き散らしてた奴の本体か……」


 大穴の最深部、そこには手を天に掲げるような形で伸びている全長50メートルはありそうな人型の赤い大樹が存在した。

 大樹はまるで呼吸をするかのように振動すると、同時にその幹の隙間から赤い霧を大量に放出している。

 

(……『 鑑定』)


―――――


対象:甲型大規模置換術式

効果:巨大な樹木として出現する。

触媒を核にして展開し、力ある者からエネルギーを吸収することで、特定の人物の力や器の強度、魂の格を大きく底上げする。

また常に赤い霧を発生させ、近くにいる者の体力、精神力を疲弊させる。

状態:現在はエネルギーを吸収するために非活性化状態にある。

補足:術式の対象は久遠玄治。発動者は■■■の■■。


―――――


 色々とわからない部分があるが、確実に言えるのはあれが今、力を蓄えるために眠っているということだ。


 俺は即席で簡易型の偵察用ドローンを生成すると、それを大穴の底へと送り込むため斜面を下らせる。


 パッと見た感じだけど、穴の深さは軽く100メートルはありそうだ。あのドローンが最深部に到着するのにそれなりの時間がかかるだろう。

 となると聞くなら今しかないか。


「1つ聞いていいか? さっき『この状況を止められるのは自分だけだ』って言ったよな。あれの根拠は何だ?」


 俺がそう聞くと京里は足を止め、視線を赤い霧で満たされた大穴の底へと向ける。


「彼、久遠玄治はこの家に代々伝わる特別な御縄を介して他の者から力を吸い取っていました」

「御縄?」

「久遠家の初代当主が最初に造り上げた、と伝えられている遺物です。何でも周囲に潜在するモノの霊力を吸収することで莫大なエネルギーに変換することができるとか。久遠玄治はそれを触媒にして力を得ているように見えました」


 御縄、ね。

 何のカラクリもなしにあんな状態になるとは思ってはいなかったが、まさかそんなものでああなるとは……。


「で、その御縄やらと京里が『自分だけだ』と言ったことにはどんな関係が?」

「御縄の作成には久遠家の初代当主、つまり私の先祖の血が使われています。そしてそれに触れることができるのも久遠の血を引く者だけなんです」


 なるほど、それが俺と一緒に行きたがっていたわけか。

 話を聞いた感じだと『ディスペル』で無効にできそうな感じもするが……。


(その初代当主が俺と同じ異能力者の可能性もあるからな。ある程度は京里に任せた方がいいだろう……っと)


 そんなことを考えていると、ドローンが最深部に到着したことを告げる信号を俺に伝えた。

 俺は会話を止めると、『感覚共有』を発動して穴底で律儀に待っているドローンと視角を共有する。


(さて、せめてその御縄は見つけたいところだけど。……ん?)


 赤い大樹、その根から無数の細い枝のようなものが、幹の最下部にある何かに向かって伸びているようだった。

 ただ赤い霧の影響でここまで降りて尚そこに何があるのか分からない。


「……京里、周囲の警戒を頼む」

「え、あ、はい! 分かりました!」


 俺は『感覚共有』の感度をさらに強めると、ドローンを慎重に操作する。

 程なくしてドローンは着陸できそうな平らな岩へとたどり着く。


 ドローンをその岩に着陸させると、その衝撃で周囲の赤い霧が吹き飛ぶ。

 そしてそれと同時にこの濃霧のせいで阻まれていた視界も明瞭になっていき――。


(んっ……!?)


 現れたそれに思わず吐き気を催しそうになる。

 あの枝の先にあったもの、それは仰向けに倒れるミイラのように痩せ細った男だった。

 男に意識はなく、その頭に刺さった枝から何かを吸い取られている。

 これだけでも十分気味が悪いのだが、それ以上に胸糞悪いのが……。


(何なんだよ、この数……!?)


 男のすぐ隣、そこにはミイラのようになっているせいで一見分かりにくいが、同じように仰向けで倒れ、頭に刺さった枝から何かを吸い取られている女性の姿があった。

 それだけではない。

 その近くにはまた別の男が、さらにその近くには別の女が、と一々数えていてはキリがはないほどに多くの人間が生きたまま養分にされていたのだ。


 それからドローンをこの巨大樹木の幹の周りを一周させ久遠玄治らの姿がないことを確認すると、続いて着陸地点近くで倒れていた男に目を向ける。


(『鑑定』……!)



――――


久遠遠矢 人間 61歳

状態:意識喪失、深刻な霊力不足、栄養不足、麻痺

補足:置換術式によってその力を久遠玄治に奪われている。


――――


 最も近くで倒れていた者をドローン越しに『鑑定』したみたのだが、その結果はやはりと言うべきかこの男が薄気味悪いこの大樹に力を吸われているというものだった。


 何にせよ、今の俺にこの人たちを助ける手段はないし、最下部の久遠玄治と茨の姿がないと分かった以上ここを注目する意味はあまりないだろう。


 そう考えてドローンをこちらに戻すか、ただの水にしてしまうか考えようとした、まさにその矢先。



『京里……京里イイイイイ!!』


 樹木の中心部に空いたぼんやりと赤い光を放出している亀裂、そこで人影が立ち上がると、この人型の大樹はまた息をするかのように振動し、あの絶叫を周囲に轟かせる。


 さらに樹木の枝は突然急成長し先端部を槍のように尖らせると、鞭のようなしなやかさで俺たちに襲いかかってきた。


「くっそ……。これは本当にキリがないな……!」


 『氷結魔法』で枝を先端から凍らせて破壊するが、その次の瞬間には新しく生えた枝が急成長してまた襲いにくる。


「……伊織君、久遠玄治は恐らくあの中央部にある亀裂の中にいると思われます」


 そうして枝の対処に苦労していると、別の枝を札から放った炎で対処していた京里がそう伝えてきた。

 直前のドローンから見えたものからして京里の推測は多分当たっているだろう。


「わかった。なら今からあそこへ向かう直通ルートを作る。京里は枝の対処を頼む」

「はい……!」


 俺は意識を大樹から直接伸びている枝の束に意識を向ける。

 そして――。


(『水魔法』、からの『氷結魔法』!)


 『水魔法』により枝の真上からまるで滝のように水が流れ落ち、即座に『氷結魔法』によって凍結し氷の階段が出来上がる。


(ぐぅっ……、やっぱこんだけスキルを使うとキツイな……)


 MP切れの兆候が現れ、一瞬ふらつきそうになるが、それを気合いで何とか堪えると、俺は京里の方を向き直った。


「京里、行くぞ!」

「っ! はい!」


 ……ここからはスキルじゃなくてこの体だけが頼りだな。

 そう考えながら京里の手を掴むと、俺たちは勢いよく氷の階段を駆け出した。

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