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第78話 お屋敷に招待されました 6

 偽体の体内にはとある装置がセットされていた。

 その装置が起動すると偽体はまるで水風船のように破裂し、スライム状の粘液に覆われた氷の飛礫が飛び散るようにしてある、

 つまり偽体の仕掛けというのは自爆装置なわけだ。

 これなら例え敵に正体がバレてしまっても相手を一瞬で黙らせることができるし、その場には水しか残らないから隠蔽工作をする必要もない。

 最後の手段としてはこれ以上ない代物と言っていいだろう。


 とまあ、ここまでべた褒めしてきた偽体の自爆機能だが、デメリットもそれなりにある。

 その一つが一度自爆してしまうと、その偽体は再利用できなくなるということだ。

 腕や足だけならば近くに水があればいくらでも修復できるが、偽体を動かすための様々な機能が集約されている胴体を破壊されてしまうとどうにもならなくなる。

 そしてこの自爆という最後の切り札を中途半端なタイミングで使ってしまったらどうなるか。



(……こうして直接出向く羽目になるんだよな)


 俺は鳩尾を蹴り抜かれて蹲る化け物の姿をこの目で直接眺めてため息をつく。

 偽体と偽体から生成されたドローンは常に位置情報を発している。そのおかげで『空間転移魔法』で向かうことができたが、問題はここからどうやって脱出するかということだ。

 偽体との接続は完全に遮断されてしまっているが、ドローンはまだ機能している。


「ね、ねえ、さっき鉈をぶつけられて――」


 そんなことを考えていると小春が俺の片手を指差しながら恐る恐る尋ねてくる。


 そういえばさっき何かをぶつけられて、それを払いのけたな。

 あれはあの化け物が投げた鉈だったのか。

 痛みも何も感じられなかったから、そこらの木片か小道具を投げつけられたのかと思ったのだが……。


「ま、気にしなくていいさ。今はそれよりここから安全に脱出するための手段を考えないと」

「えっと、それならあの扉が安全な場所に繋がっていると思う」


 そう言って小春は金色の光が漏れ出る扉を指差す。

 目測にはあるが、俺たちが立つこの場所からあの扉までの距離は数百メートルは離れているだろう。

 が、この程度の距離ならわざわざスキルを使うまでもないだろう。


「え、え、え? ど、どういうこと……?」

「悪いが舌を噛まないように気をつけろよ」

「ちょっと待っ……きぁああああ!?」


 小春が俺の背に強くしがみついたことを確認すると、全速力で出口がある扉に向かって駆け出す。


『ギャギャッ!?』


 その道中、四方八方に張り巡らされた階段が突然動き出し、俺たちを挟んで押し潰そうとしてくるが、それらを難なく回避する。


 この距離と速さ、そして化け物が拘束されていることを考えれば10分足らずで目的地に到着するだろう。


 そんな呑気なことを考えた、まさにその瞬間のことだった。


『ギャ……グガアアアア?!!』


 化け物はその姿をさらに歪曲させると力付くで拘束を引きちぎってみせると、俺の数倍、少なくとも5メートルはありそうな巨体へと変貌し、その丸太のような太い腕で近くにあった柱を無理やり引き抜き、それを俺たちに向けて全力でぶん投げてきたのだ。


「……!」


 それを蹴り飛ばして文字通り木っ端微塵にすると、化け物は汚れた目玉を怒りで赤く染め――。


「……おいおい、そんなことまで出来るのかよ」


 化け物は近くにあった柱を根本から引き抜くと、それを俺たちに向けてぶん投げてくる。

 初めは当てずっぽうで投げられたそれは、やがて俺の服の裾を掠める程度に精度を上げていく。


 この屋敷に展開しているドローンはいずれも索敵特化な仕様で、武装はどれも必要最小限のものとなっており、とてもじゃないが小春を守れるようなものじゃない。

 そもそも今の俺に小春を背負いながらドローンの到着を待つ余裕などない。


(となると、アレしかないよな)


 化け物の行動を見て対処方針を決めた俺は、背中に必死にしがみつく小春の方を見る。


「かなり無茶なことをするけど我慢してくれるか?」

「無茶でも何でもいい! あいつらを早く何とかして!」


 小春のその言葉を聞いた俺は勢いよく飛び上がる。そして『空間転移魔法』で俺の位置を微妙にずらすことで、まるで挑発しているかのように化け物の攻撃を敢えてギリギリのタイミングで避けていく。


『グゥ……ガアアアアア!!!』


 痺れを切らしたのか、化け物が雄叫びを上げると、周囲の暗闇からあの化け物を一回り小さくしたような黒い木箱を担いだ怪物を呼び出し何か指示を出す。


「もう防御系の術式は使えないんだったな?」

「……ええ、そう。力不足でごめんなさい」

「謝らなくていい。とにかく君は俺がさっき言った通り自分の身を守ることだけを考えてくれ」

「わ、わかった」


 小春の返事を聞くと、俺は『氷結魔法』で作成した命綱を天井に密着させ、階段の1つを足場にして化け物の目の前を通り過ぎることでさらにストレスをかけていく。


『ギャ、ギャアアア!!』

『『ギイ!』』


 大柄な化け物が木箱から取り出したもの、それは人1人を余裕で叩き潰せてしまいそうなほど巨大な黒い岩を、これまた巨大な丸太にくくりつけた物、要するに超巨大なハンマーだ。


『ギャギャギャギャ!』


 化け物はより一層気色悪い笑みを浮かべると、躊躇なく俺の脳天にそれを振り下ろす。


 恐らく、というか確実にあんなものを頭にぶつけられて生きていられる人間はまずいないだろう。

 だが。


『ギャギャ?』

「……へ?」


 次の瞬間、化け物と小春の困惑した声が聞こえてくる。


 化け物が振り下ろしたハンマーは俺の頭にぶつかると同時にひび割れ木端微塵となり、岩がくくりつけられていた巨木もまた割けてしまっていたのだ。


 呆気に取られる化け物の顔を見て、俺は深く息を吐くと右手の拳を強く握りしめる。


「それじゃまあ、一発貰っておくか?」


 そう告げると、俺は思いっきり力を込めて化け物の顔面を拳で貫いた。



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