第69話 お屋敷にお呼ばれされました 2
「本当に頼む! お前だけが頼りなんだ!」
9/1。始業式が終わり皆がそれぞれ帰宅の準備を進める中、目の前の友人、朝間廉太郎は両手を合わせて平身低頭で俺に頼み込んできた。
「まず内容を言え。頼むと言われただけじゃ何をして欲しいのか分からないぞ」
まあ、夏休み明けにこうして頼み込んでくることから何が目的なのかは何となく察しているんだけど。
「宿題が終わってないんだ。一生のお願いだから見してくれ!」
「……お前の一生の願いはこの半年で5回は聞いた気がするけどな」
「本当に頼む! 理数系だけでいいから!」
俺は大きくため息をつく。
この調子を見るに恐らく夏休みの宿題全般片付いていないのだろうが、教師が厳しい理数系だけでも終わらせてダメージを少しでも減らそうという魂胆なのだろう。
「分かった。帰ったら宿題の写真を撮ってチャットに送る。その代わり今度何か奢れよ」
「マジで助かる!」
俺から言質が取れたのがそんなに嬉しかったのか、廉太郎は騒々しく教室を出ていく。
あの様子だと来週夏休み明けの課題テストがあることを忘れてそうだな。
そんなことを考えながら帰り支度を済ませると席を立つ。
「……」
その時、何となく意識が自分の隣の席に向いてしまう。
学内で天使様とか学園の聖女様とか呼ばれている隣の席の主、久遠京里は今日学校に来ていない。
学校を休むこと自体は特別珍しいことじゃないし、現に他のクラスでも休んでいる生徒は何人かいると聞いている。
ただ引っ掛かるのは―――。
「上島さん、ちょっといいかな?」
「はい?」
俺は近くにいたこのクラスの学級副委員長である上島佳音さんに声をかける。
「その久遠さんから今日の欠席について何か聞いてたりしない? 上島さんって久遠さんと仲良いでしょ。一緒に学級委員やってるわけだし」
「……えっと、その、ごめんなさい。わたしも詳しいことは何も知らないの。ただお盆の辺りに家の都合で忙しいから電話とか出られなくなるっていうのは聞いたかな」
家の都合、それが俺の心に引っ掛かっているものだ。
『久遠さんはご実家の都合で暫く学校をお休みされるとのことです』
朝のホームルームで担任の輿水先生はそのように久遠の欠席の理由をそのように述べた。
数日前からクラスのグループチャットにすらログインしていなかったからどうしたのだろうかと不審に思っていた矢先の出来事だったから、彼女と親しい仲のクラスメイトは久遠京里の欠席に不安を感じているようだ。
さらに気になるのが久遠の居場所が『追跡・探知魔法』を使っても特定することができないでいるということ。
そして彼女がやっていること、そして彼女の家がどういったものかを知っている俺からするとどうしても『家の都合』とやらが気になってしまう。
アリシアであれば何か知っていそうだが、今彼女は友人たちと何かを話していて、とても割って入れるような空気じゃない。
だから久遠と同じ学級委員で仲の良い上島なら何か知っているのではないかと思ったのだが……。
「そっか。ごめん、突然話しかけて時間を取らせて」
「ううん、全然大丈夫だよ」
久遠の性格を考えれば情報が出てこないのはある意味当然か。
俺は早々に諦めると上島さんにそう言って教室を出ようとする。
その時。
「あっ! 伊織くん、ちょっと待って!」
「?」
突然呼び止められたので立ち止まると、上島さんに何かメモ帳から切り破ったのだろう折り畳まれた紙切れを渡された。
「……家についたら開いて」
「? これって――」
「それじゃ、伊織くん。また明日!」
そして彼女は小さな声でそう言うと、今度は一転して何事もなかったかのように教室を出ていってしまう。
どういうことだ? 上島さんはここでは話すことが出来ない何かを知っているのか?
それとも――。
(……ここで幾ら考えても答えは出ない、か)
俺は紙切れをズボンのポケットに突っ込むと、ようやく教室を出る。
とりあえず今は最速で家に帰ることだけを考えよう。
そう自分に言い聞かせながら、俺は帰路を急いだ。
◇◇◇
「あ、お兄ちゃん!」
自宅近くの路地裏に『空間転移魔法』で転移して、そこから家に向かって歩いていると妹の佳那が不安げな様子で俺の下へ駆け寄ってきた。
佳那がお兄ちゃんと呼んでくるのは何か怖い思いをしたときだけだ。自然と自分の表情も強張ったものになってしまう。
「どうした、佳那。何かあったのか?」
「な、なんか家の前に変な人が立ってて――」
「変な人?」
そう言って佳那は若干パニック状態になりながら家の方を指差す。
言われて俺は『認識阻害魔法』を発動させながら近くの電柱から家の様子を窺うと。
(……なんだ、あいつ)
まだまだ暑いこの時期に見ているだけで蒸し暑さを感じそうな黒い着物を汗1つかかずに着て、能面のように冷たい表情を浮かべた女性が家の門の前で人形のように突っ立っている。
確かに家に帰ろうとしてあんなものを見せられたら怖くてパニックになるわな。
(『鑑定』)
――――
対象:連絡用式神
効果:遠距離の相手に確実に連絡を告げるために作成された式神。一定の自衛能力と情報秘匿能力を持っている
状態:スキルレベル10/10
補足:発動者は久遠宗玄
――――
(……久遠の家の式神?)
なんでそんなものがウチの前に突っ立っているんだ?
俺は不安を感じながらも、佳那にスマホで今いる場所から動かないように伝えると『認識阻害魔法』を切り家に近づく。
「あのー、すみません。うちに何かご用でしょうか?」
俺が話しかけると式神は人形を思わせるような動作で俺に振り向いてくる。
「伊織修様でしょうか?」
「……はい、そっすけど」
「突然の訪問となり申し訳ありません。ご当主様の命でこちらのものをお渡しするため参上いたしました。どうぞお受け取りください」
式神は着物の袖から手紙を取り出すと俺にそれを差し出した。
ご当主様って多分久遠宗玄のことだよな。
なんでそんな人が俺なんかに手紙を……?
(……こいつを受け取らないと先へは進めなさそうだな)
俺は直角で手紙を突きつけている式神を見下ろして盛大にため息をつくと、渋々それを受け取った。
……今日はやけに手紙を渡されることが多いな。
「お受け取りいただきありがとうございます。内容を確認してご了承いただけるようでしたら、血を一滴垂らしてください。それでは」
手紙を受けとったことを確認すると、式神はどこか気味の悪い笑みを浮かべる。
そして次の瞬間、式神の体は無数の紙切れとなり、その全てが自然発火して燃え尽きてしまう。
クソ、色々聞きたいことがあったのに……。
と、そこでスマホにメッセージが入る。
差出人は佳那で内容は「大丈夫?」とだけ書かれてあった。
まずはあいつの不安を取り除いた方がいいな。
そう考えて佳那に「もう出てきてもいいぞ」と返信する。
それからすぐに佳那は相変わらず不安げな様子で俺に駆け寄ってくると、そのまま抱きついてきた。
「な、なんだったの? あの人」
「……友達の家と間違えたんだってさ。違いますよって言ったらすぐに謝って帰っていったよ」
「そ、そうなの? 良かったぁ」
『認識阻害魔法』でそう思い込ませるように話すと緊張の糸が切れたのか、佳那はヘナヘナと地面に腰をつける。
まあ実際怖かったからな、あの式神。
「とりあえずウチに入って昼飯食おうぜ」
「う、うん」
俺は佳那に手を差し出して立たせると、一緒に家の中に入る。
何やらとてつもなく面倒くさいことに巻き込まれている、そのことを実感しながら。




