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第58話 都市伝説を知りました 5

『よく来てくれたな、少年』


 深夜、町の外れのある廃工場にて待ち構えていたあのピンク色のヒーロースーツは、つい数時間ほど前に自分が助けた少年にどこか喜んだ様子で声をかける。


『ここに来てくれた、ということは決心してくれたんだね』

「はい。僕もあなたのようなヒーローになりたいです!」


 少年の返答にヒーロースーツはうんうんと満足げに頷くと右手を差し出す。


『ではこの手を握ってくれ。私たちのベースに君を招待しよう』

「はい!」


 少年が元気よく返事を返すと、彼らの体は閃光のように夜空を駆け、高度20000メートルに滞空している巨大物体へと瞬く間に移動する。


『ようこそ。私たちの拠点、【ベース】へ』


 そこにあったのは日曜朝にやっている特撮番組に出てきそうなティラノサウルスの外見をした巨大メカを格納した秘密基地だった。


 施設内を移動している人間は全員ヒーロースーツを着用しており、その顔や性別などは一切分からないようになっている。


『それじゃまずは……、君の適性を調べる検査をしようか』

「検査、ですか?」

『うん。私たちが纏っているヒーロースーツは全てそれぞれの個性や適性からオーダーメイドされたものなんだ』


 そう言って、ピンク色のヒーロースーツを着たそいつは改めて自分が着込んでいる装甲服を少年に見せた。


「……その適性というのはどうすれば分かるんですか?」

『注射をするだけさ。後は司令が診断結果を元に君専用のヒーロースーツを作ってくれる』

「注射ですか……」

『怖がる必要はない、さあこっちへおいで』


 少年は怖がる素振りを見せながらも、意を決したような表情を浮かべ、ピンク色のヒーロースーツの後を追う。



『【ホワイト(・・・・)】、新入りの検査をお願いしたい』

『了解した。今そちらへ向かう』


 そして握り拳に注射器を重ねたエンブレムが施された扉の前で立ち止まると、ピンク色のヒーロースーツはやや声を張り上げて言う。

 すると備え付けられたスピーカーから男女どちらのものか分からない声が聞こえてきて、それと同時に扉が重々しく開かれる。


 その扉の向こうにあったのは手術台やMRIなど高価な医療器具が多数備えられた立派な医務室だった。


『君が噂の新入りか』


 少年がそれらを興味深そうに眺めていると、突然天井からスピーカーから聞こえたものと同じ声が聞こえてくる。


 少年が視線を上へと向けると、そこには背中のジェットを逆噴射しながらゆっくりと降りてくる白いヒーロースーツの姿があった。


『紹介しよう。彼がホワイトこと【ドクター・ジ・ホワイト】、私たち【超救助戦隊ザ・ヒーロー】の医療担当だ。少し変人な所はあるけれど、まぁ害はないから気にしないでくれ」

『酷い紹介だな、【ローズ・ピンクバロネス】』


 背面にジェットを装備し、白色のヒーロースーツを纏い、自らを【ドクター・ジ・ホワイト】と名乗ったその者は、ピンク色のヒーロースーツ――【ローズ・ピンクバロネス】と恐らくこれまで何度もしてきたのであろうやり取りを交わすと、少年に視線を向ける。


『話はローズから聞いているだろう。ではそこの台に腕を載せなさい』

「わかりました」

『少し痛むだろうが、ヒーローになると覚悟した者なら我慢できるね?』

「もちろんです!」


 少年は指示に従って台座に腕を載せると、ホワイトは注射器を取り出して少年から血液に見えるものを採取した。


『さあこれで検査は終了だ。よく頑張ったな』


 ホワイトはそう言って少年の頭を軽く撫でる。


『ではローズ、後のことは任せたぞ』

『わかっている。では少年、私に付いてきてくれ』

「あっ、はい!」


 少年は退室する前にホワイトに向けて一礼をすると、ローズの後をついていく。


「あの、色々とお聞きしたいことがあるんですけど……よろしいですか?」

『私たちは同志だ。気になることがあるならバンバンぶつけてくれたまえ』

「……まず、ここにはどれくらいの数のヒーローがいるんですか?」

『ざっと300人程度かな。皆、日夜悪と闘い続けている』

「300人……凄い数ですね。それだけの人がここで寝泊まりを?」

『ああ。ヒーローが必要な事態はいつどこで起こるか分からないからね』

「なるほど……。だから家を出ないといけないと手紙に書いてあったんですね」

『そういうことだ。っと、着いたぞ』


 ローズが立ち止まった場所、そこには一般的な玄関と同じサイズの扉があった。


『さあ、今日からここが君の新しい家だ』


 部屋の構造に基本的には一般的なワンルームマンションと同じで風呂場やトイレ、タンスや机に冷蔵庫と生活に必要なものが粗方用意されている。

 これだけ見ると普通のマンションにしか見えないが、一点、明らかに異質なものがあった。


「あの、これは……?」


 少年は壁を丸ごとモニター化したそれを不安げに指差す。


『それは司令からのオーダーを表示するモニターだ』

「司令?」

『ああ、まだ説明してなかったね。司令は異世界から帰還した勇者で、この超救助戦隊をたった一人で立ち上げた素晴らしいお方だ』

「たった一人で……、えっとローズさんは司令とお会いしたことはあるんですか?」

『あるぞ。……といっても一度だけだがな』

「司令に会ったことがあるんですか!? あの、その時の様子って――」

『申し訳ないが、その時のことを話すことはできないんだ』


 そう言ってローズは踵を返す。

 ……どうやら穏当な手段でこれ以上こいつから聞き出せる情報はもうなさそうだな。


『とにかく今日は疲れただろう。君のヒーロースーツは明日の昼には完成するだろうからそれまでゆっくり休むといい――?』

「はイ。ワカりマしタ」


 俺が意識を集中させると、少年の体は青色の液体となって弾け、部屋全体をスライムで覆う。


『なっ……、なにこれ……!?』


 ローズ・ピンクバロネスを名乗るヒーロースーツを着たそいつはスライムの拘束を解こうと必死に足掻くも、その体は指一本たりともピクリとも動く気配がなかった。

 うん、これなら直接出向いても問題なさそうだな。


「よし、行けるぞ」

「……これ、本当に大丈夫なのよね? 転送中にハエと融合することになったら――」

「安心しろ。これまでそんなこと起きてないから。ほれ、行くぞ」


 俺は『感覚共有』を切り、『水魔法』で生成した人形をマーカーにしてスキル『空間転移魔法』を発動させた。


『……っ、何者!? それにあなたたち、一体どこから――』


 『認識阻害魔法』を発動させながら出現した俺にローズ・ピンクバロネスは困惑した様子を見せる。


「あー、土足ですみませんね。お国の方から来た者ですが、ちょっと話を聞かせてもらえませんか?」


 そんな彼もしくは彼女に、俺は精一杯の作り笑いを浮かべながら話しかけた。

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