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第26話 エクストラスキルを試してみました 3

「その子、知ってる人なんですか?」


 俺の反応を見て何かを察したのか、久遠が問いかけてくる。


「直接会ったことはない。けど久遠も知ってるだろ、1ヵ月前にうちのクラスの男子に立て続けに恋人が出来たって話。その内の1人が見せてきた彼女さんがこの子だった」

「あー……」


 例の恋人騒動を思い出したのか、というより思い出してしまったのか、納得と苦笑いが混じった表情を浮かべた。


「だとしたらどうしてここに……?」

「さあね。まともな理由じゃないのは確かだと思うけど」


 口ではそう言いながら、俺は廉太郎の彼女さんを対象にして『鑑定』を発動する。


―――


朝比奈葵 人間 15歳

状態:催眠 疲労 記憶喪失

補足:グループチャット内にかけられていた魔術によって催眠状態にある。

また記憶の一部を吸い出されているため肉体が疲弊している。


―――


 洗脳に催眠、おまけに魔法ときたか。

 退魔士や妖魔というのが実在しているのだから魔法なんかも本当にあるのだろうと思ってはいたけど。


「久遠、その妖気っていうのはまだ感じ取れるか?」

「……それが変なんです」

「変、というと?」


 久遠は虚ろな目で正面を真っ直ぐ見つめている女の子を見て呟く。


「ここに座っている人たちの中から同じ妖気を感じ取れるんです。まるで1体の妖魔を粉砕きにしたものを吸い込んだような……」


 中から感じ取れる? それは一体どういうことなんだ?


『ガチャ』


 さらに奥の部屋からドアノブを回す音が聞こえてきた。

 俺は久遠と共にソファーの裏に隠れると、物陰から新たに部屋へ入ってきた者を覗いて見る。


「おお、今日は12人全員揃ったか」

「少し前まで学生はテスト期間でしたからね。そのせいで集まりが悪かったでしょう」

「何にせよ、これでクライアントから不満をぶつけられることもなくなるってわけだ」


 現れたのはどちらも黒いジャケットを着て髪を短く切った壮年の男と髪を派手に染めたジャージ姿の青年だった。

 彼らはソファーとソファーの間に置かれたテーブルへ向かうと、その上に固定されたガラス瓶を覗き込む。


「よしよし、ちゃんと貯まってるな」

「すげえ今さらの質問なんスけど、これって何なんスか? オジキからは中身がある程度貯まったら持ってこいとしか伝えられませんけど……」

「おれが知るかよ。まあ新しいブツの材料になるものを『吸い出し』てるとは聞いているがな」


 会話を聞いた感じだとあの男たちはここで何が起きているのか、彼ら彼女らが何をされているのか知らないようだ。

 となると調べるべきはあのガラス瓶の方だな。


(『鑑定』)


―――


対象:ガラス瓶

状態:良

補足:自動回収と記憶想起の魔法陣をかけられており、内部には回収されて液状化された幸福な記憶が貯められている。

対象が破壊されるとそれらの記憶は持ち主の元へと戻る。


―――


 つまり彼らは催眠によってこの場に集められて、幸福な記憶とやらを吸いとられているのか?

 だとしたら一体何のために?


「そういやこの前裏口から何人かガキを運び出してましたけどあれって何だったんスか?」

「あー、何でも限界を超えて吸い出して廃人になった奴が現れたらしい。それで外に運び出してんだとよ」

「廃人!? それどうなるんスか!?」

「何も出来ず、ずっと寝たきりで糞尿を垂らし続ける肉塊になるんだとさ。そうなるともう『回収』が出来なくなるからこいつらの管理はしっかりとやっておけよ。大切な商品だからな」

「お、おす!」


 そう言って彼らはガラス瓶を取り外そうとする。


「……人を何だと……」


 その時、隣にいる久遠が怒りでわなわなと体を震わせていることに気づく。


「久遠、どうする?」


 認識阻害魔法によって向こうは俺たちから発せられる音を知覚できないはずだが、それでも敢えて小声で問いかける。


「どうする、とは?」

「あのクソ野郎をぶっ飛ばしてここにいる奴らを助け出すか、それとも――」

「……助けます、いえ助けさせてください」


 いいねえ、シンプルな答えは大好きだ。

 なら俺の返答はこれだな。


「『スキル貸与』」

「! これは……」

「悪いがここまでの移動でスキルを使うのに必要な燃料は殆ど使いきってる。だから『身体強化』はここぞというところで使ってくれ」

「……わかりました」


 そして俺たちはさらに一歩前に出る。

 認識阻害魔法の効果が消えるまでまだ20分はあるはずだ。

 その間に速攻で決めるとしよう。


「久遠は反対側に回ってあのガラス瓶を遠慮なく壊してくれ。俺はあいつらを片付ける」

「はい。そちらはお任せします」


 ハンドサインを送ると俺たちはソファーの陰から一斉に飛び出す。


「ッ!? なんだこいつらは!?」


 俺の姿を見てジャケットの男が悲鳴を上げる。

 今の彼らには俺たちは顔がぼやけた怪物が服を着ているようにしか見えないし、その足音や呼吸、そしてその声も一切知覚することができない。

 そんなものが暗闇から突然現れたとなったらそりゃ驚くし怖がるだろうな。


「くそっ!」


 男の1人がジャケットの内側から拳銃を抜いて俺にその銃口を向ける。


(『身体強化』)


 男が引き金に指をかける直前、俺は『身体強化』を発動させて加速すると懐に潜り込む。


「っと」

「ぐあっ!?」


 俺はかなり力をセーブして男の顎を指で突く。

 すると男は電源が切れたロボットのようにその場に膝から崩れ落ちた。


「はあっ!」


 その間に久遠は『身体強化(中)』で威力を増した蹴りでガラス瓶を砕く。

 するとソファーに座っていた12人は全員その場に項垂れる。


(『鑑定』)


―――


朝比奈葵 人間 15歳

状態:気絶

補足:催眠状態、並びに記憶の吸い出しが止まったことによる記憶の混濁で意識を失っている。


―――


 どうやら彼らは無事らしい。だったら残るはもう1人の男だけだ。

 


「ぐっ……!?」


 クソ、この肝心なところでMPが安全マージンを下回りやがった。

 とりあえずここからはスキルを使わず、この身体だけで――。


「死ねっ! このクソ化け物がっ!」


 振り返ると、そこには探していたもう1人の男の姿が。

 そして男の銃口は確実に俺の脳天に風穴を空けられるように向けられていた。


「伊織くん!?」


 それを見て久遠が『身体強化』を使い、俺と男の間に飛び込もうとしてくる。


『スキルレベルが最大値に到達、規定経験値に達しました。レベルアップが行われます』


 その時、いつかどこかで聞いた声が脳内に鳴り響く。

 あり得ない。『身体強化』のスキルレベルは当分最大値の10にはならないはずだ。

 なのにレベルアップした? これは……。


(いや、考えるのは後だ……!)


 ジャージ姿の男が銃弾を発射したその瞬間、俺は『身体強化(中)』を使ってそれを躱す。

 そのまま脚力を強化すると、男の体を硬い地面へと叩きつけた。

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