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第118話 脱走者と密会しました

コミカライズ版がコンプティーク様にて連載中です。

「んー、ここで合ってるんだよな……?」


 アリシアから送られてきた画像と実物の建物を見比べながら俺はそう呟く。

 そこにあったのは古民家を改装したレトロ風味の店が建っていた。店名は“シャムロット”。ネットの評判によると昼はオリジナルブレンドの珈琲や店主お手製の林檎の焼き菓子を出し、夜はフルーツと各地から取り揃えたお酒を出すバーとなっており遠方からも客が来る知る人ぞ知る名店らしい。


「えっと、“休憩中です。営業再開は20時からとなっております”……」


 ドアにかけられた看板を見て俺は腕時計の時間を確認する。

 現在時刻18時36分。大体あと1時間半くらい待たないといけないのか。

 いやでもそれならアリシアがあのタイミングでメッセージを送ってきた説明がつかないし……。

 とりあえずノックだけしてヤバそうなことになったら『認識阻害魔法』で何とかするか?


「君、喫茶店の営業はもう終わったよ」


 そんなことを考えていると店の扉が開き、白いシャツに黒いベストと如何にもバーテンダーな格好をした店主と思わしきダンディーなおじさまが俺に話しかけてくる。


「あっ、すみません。実はそのこの店で待ち合わせの約束をしてまして」

「待ち合わせ?」

「はい、あとそれで店主さんに『茶会にきた』と言えば伝わると聞いていたんですが――」


 アリシアから教えられたあのメッセージを伝えると店主の表情が変わり、周囲を見回してから小声で「中に入りなさい」と言ってきた。

 それに素直に従って店主に続くと、外観同様に内装もレトロ風にされて珈琲豆の香りが漂う店内へと案内される。だがしかしそこにアリシアの姿はない。


「彼女なら2階の一番奥の部屋だ。それと申し訳ないがこれも持っていってもらえないかな。今朝からずっと何も食べていないようだからね」

「は、はい」

「それと君の分も用意しておいたからもし良かったら食べてくれ。では私は仕事に戻るよ」


 店主はそう言ってハムとレタスにチーズとシンプルな具材のサンドイッチとカフェオレが載せられたトレーを俺に渡してから、従業員以外立入禁止と書かれた扉を指差して夜の営業に向けての準備に取り掛かる。

 改めてトレーを見てみるとサンドイッチが載った皿が2つとカフェオレが注がれたカップが2個。

 ……小腹は空いているしこのサンドイッチは後でいただこう。

 そうしてトレーを受け取った俺はアリシアがいるという部屋へ向かうと、その扉をノックした。


「アリシアさーん? 伊織だけど言われた通り来ましたよー」

『……入ってきて』


 扉の向こうから聞こえてきた声は確かにアリシアのものだったが、どこか疲れているような印象を受ける。

 一体この部屋で何をしているのだろうと考えながら扉を開けると、そこは窓がなく紙の資料が山のように積まれ、部屋の一角がパソコンのスクリーンで埋め尽くされた異質な空間だった。


「悪いけどそこにあるものは何も読まないで」

「ああ、うん」


 そんな空間で姿勢悪くPCに向かっているのはやつれた様子のアリシアだ。

 彼女はこちらに振り向くと俺が抱えているトレーに視線を向ける。


「あー、これはその店長さんが今朝から何も食べてないからって」

「……そう、ありがとう。後で食べておくからトレーは適当な場所に置いておいて」


 適当な場所ってどこだよと思いつつ部屋を見回していると、ギリギリだがトレーが納まるスペースのある机を見つけたのでそこに置く。


「大丈夫か、アリシア。凄い疲れてるように見えるけど」

「……まあ、資料を抱えながら徹夜で追っ手の目を掻い潜ってからね。だからごめん、ずっとこのテンションのままだから」

「お、おお、わかった。それで確認して欲しいものって?」

「これよ」


 アリシアはぶっきらぼうに数枚の紙をこちらに手渡す。書かれてある文字は日本語ではなく、ヴォイニッチ手稿の文字をさらに複雑にしたような記号がびっしりと書かれてあった。


「あなた、物や言葉が本物か偽物か分かる異能を持っているでしょう? その力でこれが本物かどうか、それと改竄がされてないかどうかを確認して欲しいの」


 ……アリシアや京里には『鑑定』の存在はいずれバレるだろうなとは思ってはいたが、まさかとっくの昔に見透かされていたとは。


「一応言っておくと気付いてるのはわたしだけ。部下はまだ勘づいてないし、わたしもこのことを口外するつもりはないから」

「その言葉、信じさせてもらうぞ」


 念のためアリシアが嘘をついていないか『鑑定』してみたがどうやら本当らしい。

 が、念のために『認識阻害』でトラップを仕掛けることも考えておかないとな。


 さあて、アリシアからの頼みはこの資料が本物で改竄されていないかを確認して欲しいだったな。

 ああ、そうだ。久しぶりにアレを使うための用意をしておくか。


(『鑑定』)



――――


対象:ADXX-40019de対処事案報告書コピー文章

状態:良

補足:政府特務機関が処理した異能力保持者暴走事件とその処理について特殊な記号で記されている。

上層部向けへの報告書のため編集や改竄などは行われていない。


――――


「とりあえず改竄だとかは行われてないし、偽物ってわけでもなさそうだぞ。ただこの内容を解読することは……」

「ありがとう、それで十分よ。これ報酬ね」


 アリシアは異様に重い封がされた紙袋を複数俺に渡す。

 少し封を開けて中を見てみてると――。


「お、おい。これ全部で幾ら入ってるんだ……?」

「1000万。引き下ろせたのがそれだけだったのよ」


 1000万をそれだけと言い表せるとは。彼女は一体どれだけの資産を持っているんだ?

 と、そうだ。


「なあ、今日輿水先生からあの人がお前の部下でお前が組織を脱走したと聞かされたんだが本当なのか?」

「ええ。わたしは自分の目的のために組織を裏切ったお尋ね者よ。あの人たちがわたしを追っているのも知っているし、何ならこの身で実感してるわ」


 俺の質問にアリシアは何でもないように答える。

 そういえば追っ手の目を掻い潜ってとか言っていたな。


「なら1箇所に留まっていると不味いんじゃないか?」

「ここのマスターの下なら大丈夫よ。ウチの組織で最高と呼ばれていたエージェントでわたしの目的の賛同者だからね。諜報や監視も簡単に撒けるわ。……まあそれでも今日一杯が限度でしょうけどね」


 そこまで言ってアリシアはようやくトレーのサンドイッチを口にする。


「もう学校に戻ってくることはないのか?」

「ええ」

「お前の友達は悲しんでいたぞ」

「そう。でもあなたたちと関わることは今後もうないから」

「……本気か?」

「ええ。あなたもわたしのことは忘れなさい。大事な彼女さんがいるでしょう?」


 アリシアの口振りはそっけないが、それでも適当を言っているわけではなさそうだ。

 彼女は相当覚悟を決めて俺にこのことを話しているらしい。なら俺が確認すべきことは……。


「最後に聞かせてくれ。お前がやろうとしていることは俺と京里や家族に危害が加わるものか?」

「ないしするつもりはない」


 ……『鑑定』の結果は白。いや俺のスキルに気付いているのなら嘘をつくわけがないか。


「わかった。なら俺もお前には関わらないようにする」

「それは輿水先生の依頼を断ると解釈していいのかしら?」

「ああ」


 アリシアはサンドイッチを食べ終えてカフェオレを飲んで一息つくと、ようやく俺の方を見て笑みを浮かべた。


「あなた、やっぱり優しいのね」

「そう思ってもらえたのなら幸いだ。じゃあ、達者でな」


 俺は自分の分のカフェオレを一気飲みすると部屋を立ち去る。


 ……こうして俺と政府特務機関所属のエージェントという奇妙な肩書きを持った少女との交流は一旦(・・)終わることになったのだった。

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