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10 : Fire

 リョウは咄嗟に手を突き出した。


 掌から発射されるエネリオン――音速の五倍もの速度を持った弾は、逃げようとする髭目掛けて追いかける。


 髭面が横にスライド。エネリオン塊は彼の横五十センチメートルを通り過ぎようとした。


 次の瞬間、空気の揺らぎ――エネルギー変換する時間の情報を埋め込まれたエネリオンは、瞬時に空気を加熱した。膨張した空気を吹き付けられ、ふらつく。


 足元がおぼつかない最中、アルフレッドは手の中のバッグをひったくられる感覚を覚えた。視界端には中背の青年。


 鞄を抱える彼を追おうとした、途端、体が動かない。まるでプールの水に抗って歩く重量感。


 アンジュリーナの手助けを借りてボストンバッグを救助したカイルはすぐさま敵の元を離れ、他の二人と合流した。薄汚れた路地裏は湿っている。


 一方には髭の男、もう一方には赤毛と茶髪のコンビ。挟まれた三人と睨み合いがしばらく続く。


「俺に当てやがるとは良い度胸だ。あと髭も良い」

「おっ、分かる? まだ二十七だ」

「俺はアルフレッド。もう三十九だが若えもんには負けねえぜ」

「リョウだ。あんたのとこのお友達二人が世話になったぜ」

「ほう、それは中々楽しませてくれそうだ」


 もしこの髭の二人が敵同士でなければ、今まさに握手していたであろう。それ程までにこの二人の口調は和らいでいた。それぞれが浮かべる笑みも、時と場所が違えば友達同士に見えるだろう。


「帰ってくるまでが無事遠足と言ってた癖にハイキングで死者を出そうとは、人使い荒いもんだ……」

「良いだろ、分け前が増えたじゃねえか」


 これは赤毛と茶髪のやり取り。未成年二人は緊張に顔を固め、黙り込んでいる。


『リョウ、他の皆に連絡出来るかい? こっちは端末を壊されたんだ』

『やってみるぜ。せめて向こうが着信さえ出来ればなあ……』


 大柄な青年の手が後ろポケットに伸びた。同時にアルフレッドも手を後ろへ。


 板状の物体を指先で確認した。持ち上げ、親指で数回タップし耳元に当てたリョウ。


「ハン、出て……」


 次の瞬間、携帯端末は火花を上げていた。驚いて投げ捨てる。


 改めて正面――左手に大型拳銃の形をした物体を持つ髭。人差し指がトリガーを引いている。


 それだけではなかった。カイルとアンジュリーナ側、茶髪の男が右手に筒状の物体――グレネードランチャーの円形の砲口こちらを覗かせていた。


 オレンジの光、共に銃口から出る缶らしき物体。本能的に危機を察知した少女が手をかざした。


 筒は両陣の中間で止まり、白く眩い煙を瞬く間に吐き出した。煙はすぐに半径十メートル以内を埋め尽くす煙幕となるが、透明な壁に阻まれたように対面する者達の間でピタリと止まっている。


 反対側でもアルフレッドが擲弾筒を持っていた。


(でも分かるわ……)


 アンジュリーナの能力「中和」の本質は、プラスとマイナスの加算による相殺。マイナスをエネルギーを担当する彼女は、対象のプラスのエネルギーを知覚する必要がある――左に四十五度、十メートル。人の姿をしたエネルギーの塊。ベクトルはほぼ六時の方向へ直進。


 掌から“力”を送り込む。ほぼ同時、煙の向こう側から駆けてくる茶髪の男。


 瞬間、茶髪は煙の層から半分はみ出した所、足を浮かせた状態で止まっていた。そこへ駆け込んだリョウがナックル。


 煙の彼方に殴り飛ばし、アンジュリーナは両手を伸ばし、それぞれ別の方向を向いている。そして煙の中から、今度は勢いを失った赤毛が飛び出し、無防備な胸目掛けて近くに居たカイルの肘打ちが吹き飛ばす。


 続けて高速で向かってくる質量体があと一つ、煙の向こう側に――迷わず少女はエネリオンを送った。


 煙の外へ――減速する物体が見えた。待ち構えているリョウが走る。


 直後、青年の靴裏が砕いたのは赤いレンガの壁の一部らしき塊だった。破片が飛び散る。他に敵の姿は見当たらない。


『アンジュ、全方向に障壁を張ってくれ!』

『は、はい!』


 ゲルマン青年が荒っぽく警告する。慌ててアンジュリーナが三百六十度全ての方角を認識、エネリオンが広がる。


 何かが光った。一か所、かと思うと隣が発光し、また隣……立て続けに起き、気づけば光は一周していた。


 次の瞬間、白いもやから姿を現したのは、先端が尖った直径二センチメートルもの筒状の物体、否、銃弾。


『成形炸薬弾だ! 障壁を集中させて!』

『はいっ!』


 自分達を取り囲む大量の弾を視認、アンジュリーナは反射的に目を閉じた――周囲を包むエネリオンが包囲する銃弾の一つ一つに収束する。


 銃弾がフラッシュを放つ。同時に指向性を持った爆風が三百六十度から——少女は息が詰まったように瞼に力が入っていた。


 化学反応と熱によって膨張した空気は少女ら三人を円形に囲んで煙を巻き上げながら拡散した。障壁は熱を防ぎ、可視光線を無害なレベルに抑えるが……


 途端、アンジュリーナとカイルの間から煙が渦を巻いた。そして、そこから現れたアルフレッド。


「美人ちゃん、ボーイフレンドとやりたい事はやったか?」

(障壁の出力が足りない……)


 通りすがりバッグを抱えながらしゃがれた声を言い残し、後ろからリョウの背中を押して再び煙の中へ。触発されて追い掛けようとする日系人。


『アンジュ、今投げる物に向かってもう一度障壁を! 爆弾だ!』

『分かりました!』


 その背中を見て異変に気付いたカイルは、すぐさま彼の後ろへ。パーカーの背に粘着した四角い物体を取り、放り投げる。


 物体から閃光──それだけだった。アンジュリーナが手を伸ばしている。


 爆風が外側へ煙を跳ね飛ばしているが、こちら側には届かない。


「危ねえ、サンキューアンジュちゃん。あの野郎、人を電子レンジの卵にしようとしやがって。おまけにアンジュちゃんを悲しませるんじゃねえよ!」


 何故か怒ったリョウはすぐさま、アパートを解体して瓦礫と塵の中へ姿を眩ますアルフレッドを追いかけるのだった。


「俺達は子守りか。ボスも面倒な仕事押し付けやがって。次はどれを使う? 埃を被らない内に使おうぜ」

「しかしこの包囲を守るとは良い腕じゃねえか。可愛い顔しておっかねえや」


 煙が貼れると、茶髪と赤毛の男のニヤけ面が現れた。辺りには三脚に付いた単発式の擲弾筒が複数囲っている。


『向こうは色んな道具を持っているみたいですね。武器のエネルギーの種類が分からないと対処出来るかどうか……』

『そうらしい。僕からでは何かを隠し持っているのは分かるけど、それが何なのかは分からない。でも出すタイミングなら分かるよ。反応が早ければ処理も追い付く筈だ』

『お願いしますね』


 取り残された未成年二人組は緊張に顔を引きつらせ、頭で会話を繰り広げながら少女は目を上下させて頷いた。





















 何度も揺れる。暗闇の中。


 先程まで爆発音がしたかと思えば、閉じ込められているバッグの中に入っていたらしき発煙手榴弾が起動し、化学反応による煙と熱と白い光で煽られたかと思えば、消えた途端また大きく揺れ始める。


 しかも今度は後ろ向きに押し付けられる感覚と、一定周期でガクンと上下に動く。バッグを持った人物は走っているのか。


 時折、衝突音が至近距離で聞こえるどころか、振動が伝わってくる。殴りあっているのだろう。競り合うエネリオンの塊二つを閉鎖空間の外に感じる。


 両方ともずば抜けたエネルギー量だ。片方は自分を捕まえた男だろうが、もう片方は誰だ?


 ずっと自分を拘束する枷を外そうと努力しているが、少しも変形しない。エネリオンによってロープや輪の分子間結合力そのものを引き上げているらしく、手放してもしばらくは構成する電子のエネルギーが強固に働き剥がれない仕組みのようだ。


 揺れは次第に激しさを増して……ガンッ!


 硬い物体が膝を抱える腕に当たった。致命傷には程遠いが、痛みが肉体を伝う。


「あっ、すまんアダム」


 聞き慣れた青年の飄々とした声。茶髪で髭を蓄えた日系アメリカ人の顔が思い浮かぶ。


 直後、鈍い音が聞こえた。立て続けに二回。声は途絶え、落下感――背中をどこかに打ち付けた。


 殴り合いの末にバッグを落としたのだろう。離れた所から瓦礫を押しのける音が聞こえる。それも二か所違う場所で。


 抜け出せるか? 力を入れる。


「この野郎殴られてまでごり押してくるとはとんだ度胸だな」

「そっちこそ俺のパンチを受けてピンピンしてるじゃねえか」


 右腕が微かに動いた。相変わらず暗いままだったが、先程の衝撃で緩まったのか。


 だが十分だ。固定された肩と縛られ繋がれた手を視点に、腕を地面に接したバッグの裏地に押し付けて捻る。


 突如、鈍い音と共に肩が跳ね上がった。肩の感覚が消え、そこから先が痺れるのを感じる。


「あんたのお友達と同様、電子レンジの内部の体験をしてみるか?」

「やってみやがれ。だが俺とてまだコレクション自慢終わってねえ」


 その分、肩はまるで軟体動物のように曲がり、付近を縛っていたロープが首の辺りにずれる。もう片腕と抱える足にまで巻かれた縄は瞬く間に解けた。


 残るのは両手と両足を拘束する錠。これだけは全然変形しなかった。再び腕を地面に押し付けて脱臼した肩を戻す。


 手足を伸ばし、柔らかい物体が千切れる感触――眩しい。顔に当たる風。


 敗れたバッグから這い出ると、まず、雑草と混じった伸び過ぎた芝生が見える。手足を波打たせたり知覚の壁や尖った瓦礫で枷を打つが、やはり壊れない。


 耳に掛け声――四つん這い状態で見えたのは、拳を打ち付け合う二つの人物。周囲は旧住宅地らしく、破れかけのフェンスの奥に色褪せたアパートが見える。


 と、大柄な青年が黒髪の男を前蹴りで飛ばす。追撃しに行く青年、リョウ。


 空中で後ろに一回転、綺麗に着地した、アルフレッドと名乗っていた髭の男。彼はジャケットの下に手を伸ばしている。


 服の下から出てきた物体は拳銃と思しき物体だった。それに気付いてるのかどうかは知らないが、リョウは前進しているままだ。


 銃口が光った。途端にそこから射出される何か──青年は膝を曲げながら上体を右に傾け、避ける。標的を通り過ぎて破裂し、霧散する銃弾の姿が目に見えた。


 体を戻しながら右フック。アルフレッドのこめかみを抉って頭を揺らし、倒す。追い打ちを掛けるべく、仰向けになった男に向かってハンマーの形にした左拳を振り下ろそうとした。


 しかし彼の腕は速度を緩め、止まった。リョウは何故かその腕を見ている。


 リョウの背中から肩にかけて、何故かパーカーが破れていた。しかもその下は皮膚が破れ、血が出ている。


「何だ?!」

「いただき!」


 自身の異変に呆気に取られた青年の顎を、黒髪の中年男がアッパーが捉えた。


 背中から地面に落ちたリョウ目掛けて、アルフレッドが拳銃の引き金を引く――光。後退するスライドが握る手を微かに押し下げる。


 こぼれ落ちる一本の空薬莢。一方、分離した弾丸は、本能的に守ろうと掲げられたリョウの右腕に炸裂する。


「うがあああああっ!!!!!」


 着弾した地点を中心に袖は円形に消滅していった。それだけに留まらず、日系青年の皮膚までも酸で溶けたかの如くボロボロになり、血が湧き出始めている。


 相手のアルフレッドはゆっくりと歩み寄っている。しかも顔はほくそ笑みながら。


 不味い。


 どうやって切り抜ける? 両手両足をまだ縛られた状態で。外すにしても金属疲労による破断では時間が掛かりそうだ。


 少なくとも二十メートルは離れているここからでは、接近しようにも確実に対策される。一か八か、制限された手足でジャンプして体当たりか……


 では接近しないでリョウを助ける方法は無いのか?


 ジャケットの下に隠してある拳銃やナイフの感触は消えている。向こうが取り上げたのか。


 いや、まだ方法はある。


 確実に出来る確証は無い。試した事も無い。


 トランセンド・マンには身体能力と防御能力以外に、エネリオンによって物理現象を引き起こせる特殊能力を持った者が居る。アンジュリーナは対象のエネルギーを中和させ、ハンは電子を操るといった具合に。


 以前ハンから聞いた事があるが、特殊能力があるトランセンド・マンの数量は、全体の三、四程度だという。特に珍しい訳ではない。


 かつて、自身に特殊能力があるのか無いのか何度か確かめた事があった。その時はエネリオンを掌から直接射出する事は出来た。しかし、何も起きなかった。


 当時の対象は岩や地面といった物だ。現象を引き起こせる物体が違う可能性もある。


 人に向かって撃つのは初めてだ。一体どんな作用を引き起こすのか。それとも起きないか……


 まだ倒れているリョウを見た。何時もの余裕な笑顔は消え、痛みに顔を歪めている。歩み寄るのは無慈悲な髭面。


 やるしかない――手を向ける。体表から脳へ、そして手へ。


 掌から重さを持った物体が飛び出した気がした。


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