長女の婚約者
妹シェラザード視点です。
本当にお父様も困った方ね。
お兄様がどんなに優秀でもまだまだ早いと、あんなにお母様にも言われたでしょうに。
いつまで経っても夫婦仲が良いのはけっこうですけれど、子どもに迷惑をかけない範囲でお願いしたいわ。
ディアナ王女への返事を侍女に渡して、ふと机の上に置かれた菫を閉じ込めたガラスの置物を見る。
気泡の入ったそれはまるで水中に揺蕩う菫の花の様で私のお気に入りとなっている。
婚約者が無言で差し出す様を思い出して笑ってしまった。
無口で不器用な婚約者がどんな顔をしてこれを選び、買ったのか、想像するだけで楽しくなる。
「お返しは喜んでくれたかしら?」
次に会ったら感想を聞き出そうと決めて、ツンと置物を突いてみる。
空が陰ったと思えば、バサァと風を切る音が聞こえて、窓の外に大きなドラゴンが見えた。
お母様だわ。
急ぎ足で部屋を出て玄関ホールへと向かう。
丁度、お母様が入ってきたところだった。急ぎ足で駆け寄ると、お母様も気がついて笑顔を向けてくれる。
「お母様。お帰りなさいませ」
「ただいま、シェラ。変わりはなかったかしら?」
「はい。いつも通りでしたわ」
執事に外套を預けながらお父様宛の連絡事項を伝える姿を見ていれば、スカートがくんと引っ張られる。
下を見れば、末っ子のエルウィンが私を見上げていた。
「お姉さま、ただいま帰りました」
「お帰りなさい。ちゃんとお母様の言う事は聞けましたか?」
「はい!ちゃんと良い子にしてました」
にぱっと笑うエルウィンが可愛くて可愛くて、両頬にキスを送る。
くすぐったそうに笑うと「お返しです」と、私の頬にキスを返してくれた。
もう。本当に可愛いわ。
「お姉さま、キュイはとっても速かったです。すごかったです」
「魔国は楽しかったですか?後でお姉様にお話ししてくださいね」
「はいっ!あ、そうだ。お土産っ!お土産があります」
そう言うと、何故か慌てて玄関扉へと駆けていく。
侍従が慌てて扉を開ければ、出てすぐに戻ってきた。その右手に男の子を連れて。
「………ハイド…」
エルウィンが連れて来たのは、婚約者のハイディリウムだった。
無言無表情のハイドとは正反対のエルウィンが眩しい笑顔を浮かべる。ちょっと胸を張って自慢する様子がとても可愛い。
「お姉さま。お土産のハイド殿下です。嬉しいですか?」
褒めてと期待に満ちた弟に「もちろんよ」以外の言葉が言えるはずもない。
どう言う事なのかとお母様を見れば、いつのまに話終えたのかこちらを見て微笑んでいた。
「1週間程お預かりする事になったのよ。シェラ、ウィルと2人で領地の案内などをお願いするわ」
「はい。お母様」
「エルも!エルもします!」
飄々と話すお母様を恨めしげに見ても笑顔で躱されてしまう。
手を上げてぴょんぴょんと跳ねるエルウィンだけが私の癒しだわ。
ハイドはお母様に無言で礼をすると仁王立ちのまま私に向き直る。
もう。仕方のない人ね。
ついと手を差し伸ばせば、躊躇いもなくギュッと握られた。
「とりあえず客室に案内しますわ」
これにも無言で肯き、手を引けばすんなりとついてくる。
「殿下、シェラ。いかに婚約者と言えども同室では分かっていますね?」
お母様の声に「愚問ですわ」と返して足を進める。その後ろを私の侍女と彼の侍従が付き従った。
私の婚約者は魔国の第二王子ハイディリウム・ナト・ギルディアンヌ。
私よりも一つ年上で、無口で無表情で不器用で可愛らしい方です。
私が10歳の時に家族で魔国へ行った折に、一目惚れされて文字通り離してくれませんでしたの。
目つきの悪い王子様にずっと手を繋がれて過ごすという珍しい体験をしましまわ。
面白がった魔王陛下と不機嫌なお母様の間をお父様が取りなして、婚約という形に落ち着いたのです。
当然、私の意見も聞かれましたわよ。
顔は好みだし、性格は…未だによく分からないけれど、嫌いではないわね。
無表情をどう崩そうかとか、僅かな表情の動きで機嫌を読み解くのは楽しいと思うわ。
何というか、魔法を解析する事に似ているのよ。
「お久しぶりね。お元気でしたか?」
いつも使う客間のソファに座って話しかければ僅かに縦に首を振る。
「丁度、ハイドの事を考えていたので、会えて嬉しいわ」
少し間を開けてから、私を見ていた視線が下がります。
照れてますのね。ふふふ。可愛い。
「さっきまで貴方からの贈り物を見ていたの。ねぇ、私の贈り物は気に入って?」
ハイドは少し考えて、繋いでいた手を離すと左手首のボタンを外して袖を巻くった。
その手首には私の髪と同じ金の腕輪が嵌っていて、アメジストの宝石が一粒嵌め込まれています。
それを大事そうに撫でると、表情が少し緩み嬉しそうな顔になりました。
気に入って頂けたみたいで嬉しいわ。
「それには守護魔法を掛けてますの。ずっと身につけていてくださいませ」
ハイドの左手を持ち上げて、その腕輪にキスを贈る。
上目遣いでちらりと見れば、褐色の肌に朱がさす様がとても可愛らしくて、思わずにっこりと笑い返してあげたわ。
真っ赤になったハイドの両手に顔を優しく挟まれ、額にキスをされました。
琥珀の瞳が細められるとぐっと甘い視線になり、ドキドキが止まりません。
不意打ちとは卑怯ですわ。
「シェラザード、愛してる」
もう。本当に、卑怯ですわ。
悔しいから「私も」なんて返してあげませんわ。
その後、乱入してきたお父様が距離が近い!と離されたり、後を追ってきたお母様にお父様が怒られて、なんだかんだとベタベタしだしたので2人揃って追い出しましたわ。
全くもう。
婚約者と一緒に過ごした1週間のお話、お聞きになりたい?
そうね、気が向いたらお話ししてあげるわ。
今からは私たち2人の時間ですもの。
邪魔しないでね。
この先の話は考えておりません。
とりあえず、お茶会は一旦休憩となります。思いついたらフラッと更新しますので、良ければ気長にお付き合いください。




