にゃーにゃーにゃーの日
2月22日は「猫の日」ということで。
結婚して子供が産まれる前のお話です。
目の前には、目を輝かせているマグノリアと腹を抱えて大笑いしているリィカツェレ・ケルミン大使。アルバートは視線を逸らしているが、笑いを我慢しているのか肩が小さく揺れている。
そんな彼らの前に立つ僕、アルフレッド・サジ・マークロウの頭には猫耳が生えている。
ことの始まりは、マグノリアと領地の話をしている時に、予定にない客人の訪れを報告された。
「いやぁ、結婚式ぶりやねぇ。お二人とも元気そうで安心したわ」
派手な見た目に似合う軽い挨拶と共にやってきたケルミン大使は、手をひらひらとふりながらやってきた。
「どうしたの?何かあった?」
正式な訪問予定は二週間も先だったはずだ。なにかあったのかと危惧したが、大使は「いや?仕事の話ちゃうねん」とカラカラと笑う。
とりあえず座ってもらい、僕らも対面に座る。
少し待てば温かい紅茶が運ばれてきた。
「まだ寒いからありがたいわ。あ、そや、ちょうどええわ。これお茶請けにどうぞ」
リィカツェレ大使はそう言うと四角い缶の箱を取り出してテーブルに置いた。
「魔王陛下からマグノリア様へ、ゆうて預かってきてん」
缶の蓋を開けると可愛い猫の形をしたクッキーが入っていた。
「まぁ、可愛らしいわ」
「美味しそうだね」
ココア生地で猫の模様が表現され、チョコレートで様々な顔が描かれている。
クッキー独特の甘い匂いがふんわりと頼まれて漂っている。
「せやろ、せやろ。今日は2月22日で『にゃーにゃーにゃーの日』ゆうてな。猫の形のものを食べる日やねん」
「へー、初めて聞いたよ」
「そりゃ魔国でも最近流行したさかいな。元々は猫神を祀る部族の風習でな、おもろしいし可愛らしいからゆうて流行り始めてん」
「へー。いただきます」
「あっ、ちょお待ってっ」
ミケ猫のクッキーを口に入れるとホロリと崩れてバターの香りが口の中に広がった。
なぜかケルミン大使が慌てて立ち上がった。
「あー、食べてもうた。マグノリア様へって言うたやん」
あ、ごめーん。つい、食欲に負けてしまった。
まぁ、毒味と味見を兼ねてってことで。
「ごめん、ごめん。美味しかっ………」
言い終わるより先にぐわんと視界が揺れた。ぐにゃりと世界が曲がったのは一瞬だが、今度は喉から上と熱がこもって行く。
「アルフレッド様っ。大使!どういうおつもりですの」
「何事ですか!」
マグノリアの叱責とアルバートさんの声が聞こえるけど、僕はそれどころじゃなかった。
まさか毒?ケルミン大使が?魔王陛下が?
信頼されていると思ったのに、なんでこんなことに…。
熱はどんどん上に上がり、とうとう頭が沸騰したように熱くなった。風邪の熱とは違う暑さに頭を抱える。
熱がすぅと冷め出したと思ったら、今度は頭がむず痒い。
「ぅぐっ、なん、だこれ」
表面じゃなくて頭の中から痒みが出て、それが我慢の限界にきた。
「ああぁぁぁ!!あー、もぉぉ!かゆっ」
叫びと共に何か出たような感覚があり、途端に全部の症状が無くなっていた。
どういうこと?
顔を上げると、アルバートに床に取り押さえられているケルミン大使がいた。目が合った瞬間ぶはっ!と笑い出す。珍しくアルバートも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「え?なに?どうしたの?ねぇ、マグノリア…」
横を向くとマグノリアが口元を手で覆って頬を僕を見ていた。頰は赤いし、目が潤んでるけど、大丈夫?
体調が悪いのかと焦ったがマグノリアは「可愛い」と小さく呟いた。
可愛い何が?
疑問だらけの僕に、ケルミン大使を縄で縛り上げたアルバートが手鏡を差し出した。
そうは見えないけど魔国の正式な大使なんだけどなぁ。まぁ、いいけど。
鏡を見るといつもの僕の顔が映る。
いつもと違うのは、頭頂部に近い場所にある毛が生えた三角の……
「耳ーーー!?」
は?え?耳?しかも動いたよ?ピクって動いたよ。
恐る恐る触れると生暖かい。引っ張ってみると地味に頭皮が痛い。
感覚はないから、生えているというよりくっついている感じかな。
「アルフレッド様、大丈夫ですの?痛くはございませんか?」
「うん。大丈夫だよ。痛くはないけど、くっついてて離れない感じかな。ねぇ、これどうやったら取れるのかな?」
アルバートに踏まれているケルミン大使に問いかける。アルバート……まぁ、いいか。
「今日だけの魔法やさかい、明日にはのうなってるわ。あーあ、マグノリア様に変身してもらおうと思ってたんに。残念やわ」
いつのまにか縄抜けをしたのか、ケルミン大使はアルバートの隙をみて立ち上がると上着をゴソゴソと探り始めた。
「あった。これや、これ」
ケルミン大使が取り出したのは片手に収まる赤い小瓶だった。
「はい。飲みや」と渡されたが、毒々しい見た目に怖気付く。しかし、治るなら飲まないとダメだろう。
心配そうなマグノリアに微笑んで一気に飲み干した。
「リンゴ味にゃ」
………は!?
「なんにゃ。言葉がおかしいにゃ。ケルミン大使、僕ににゃにしたにゃっ!」
なんだこれ。話せ話すほど頭がおかしくなりそうだ。
目の前には、目を輝かせているマグノリアと腹を抱えて大笑いしているケルミン大使。アルバートは視線を逸らしているが、笑いを我慢しているのか肩が小さく揺れている。
「どういうことにゃっ!!」
「あー、おかしぃ。それ、ささやかなプレゼントや。マグノリア様やのうて残念やけど、まぁ、これはこれで魔王陛下にイイ土産話ができたわ。おおきにな」
さっさっと出ていこうとすれケルミン大使をアルバートが素早く拘束したが、意地でも僕を見ないようにしているのがなんだか残念だ。
「アルバート。口を開けさせなさい」
無言でケルミン大使の顎を片手で開けさせる。
うわっ。ミシって音がした気がする。
「素敵なお土産でしたわ。せっかくですから大使もどうぞ召し上がってくださいませ」
にっこりと微笑んだマグノリアは、ケルミン大使の口にクッキー二枚を放り込む。
すかさずアルバートが口を押さえると何かを耳元で囁いた。途端にケルミン大使はおとなしく口を動かして咀嚼した。
しばらく待つとケルミン大使の頭にも耳が生えた。
「魔王陛下にもお礼にお返ししないとなりませんわね」
ほほほと軽やかに笑っているのに、目が笑っていない。迫力のあるマグノリア惚れ直す。
はぁ。僕の奥さん最高。
「アルバート。大使はお帰りのようよ。お見送りしてちょうだい」
「畏まりました」
「え?ちょお待って。魔王陛下のせいやん、俺、関係ないやん」
「ああ。そうでしたわ、大使。今日から半年間は温泉地に出入り禁止にさせていただきますわね」
慌てふためくケルミン大使に、女神の如く微笑んだマグノリアはとても綺麗でした。
「そんな殺生な〜〜」というケルミン大使の声が次第に小さくなっていく。
温泉好きな大使には厳しい処置だと思う。庇う気にはなれないので、甘んじて受け入れてもらおう。
「アルフレッド様。その……ご不調はございませんの?」
「ん。大丈夫にゃ。……その、言葉以外はにゃ」
耳の感覚は無いし、見えないから別にいいけど、言葉だけはどうにかならないだろうか。
はぁ。思わずため息が漏れる。
「アルフレッド様」
俯いた僕の手に白い手が重なる。
頬を淡く染めたマグノリアは柔らかく微笑むと、そっと僕の頬を撫でた。
「どんなアルフレッド様もお可愛いらしくて素敵ですわ」
「マグノリア……」
「私もクッキーを食べますから、そんなに落ち込まないでくださいませ」
そう言ってクッキーへと伸ばそうとした手を掴む。
「ダメにゃ。食べると頭が熱くなって、むず痒くなるにゃ。猫耳のマグノリアはとてもきゃわいいと思うにゃ。でも、そんな思いにゃんてさせられにゃいにゃっ」
くっ。かっこよく言いたいのに「にゃ」が邪魔をする。
これも明日には元に戻るのかな。不安になってきた。
「でも…」
「ダメにゃ!」
強く言うと困ったように頷いてくれた。
「では、これは大使専用のお茶請けに致しましょう」
これは、かなりお怒りだったのかな。
まぁ、いいか。ケルミン大使だし。
その日はどうにかして僕を喋らそうとするみんなと、なんとか無言で過ごそうとする僕の駆け引きで一日が終わり、二十四時間後に、ようやく元の姿と言葉に戻れた。
猫耳も「にゃ言葉」もマグノリアは喜んでくれたので、マグノリアにだけ触れさせたし話しかけた。
ただ、言葉が治った後もしばらく「にゃ」と言いかけて困った。
今日中にと数時間で書いたので、誤字脱字が多いかもしれません。




