7、迎えられて
ここまでのあらすじ
ルフェルとの甘酸っぱい思い出をなぞったロベルティーナでしたが、現在の彼があまりに冷たくて戸惑ってしまうのでした。
シルザ夫人が出てきたのは緑色の別荘ーーアイビー・コテージだった。
建物はその名の通り、屋根まで壁面を這いあがったアイビーと花を咲かせる蔦植物に覆われている。
この家は、亡きロベルティーナの祖父のものだった。
先代伯爵の彼はリュスティック村をこよなく愛し、晩年もこの別荘にて過ごした。
現在名義を現アルマヴィーヴァ伯爵である父が引き継ぎ、保全をシルザ夫妻が請け負っている。
彼らはこの仕事のために離れに住むことを許されていた。
ここにまさかルフェルがいるとは思いもしなかったけれども。
記憶違いでなければ、彼は二四歳の結婚適齢期。
ロベルティーナと同じく縁談があってもおかしくはないのだ。
ましてや、貴公子もかくやという美丈夫ぶりである。
彼が結婚していないのが不思議なくらいだ。
とにかくシルザ一族のおかげで、別荘は当時の姿のままロベルティーナを迎えてくれた。
庭師による熟練の技の賜物だろう。
本当に戻ってきたんだわ。
ロベルティーナが懐かしさに瞳をしばたたかせているうちに、シルザ夫人はどんどん話を進めていた。
「お嬢さま。長旅の後に夕暮れの風で冷えましたでしょう。お食事の前に温まりましょうね。ルフェル! ぼーっと突っ立ってないで、お前はお湯を運ぶんだよ!」
「聞こえてる。覚えてる。今行く」
ルフェルは吐き捨ててロベルティーナを一瞥すると足早に家の裏手へと消えた。
銀色の尾っぽが夕暮れに消えていくのを見送るしかできない。
「あ……」
売り言葉に買い言葉、さきほどは気持ちが昂るままに口走ってしまった。
彼はきっと気分を害したに違いない。
あれは淑女の態度ではなかった。
いいえ。
ロベルティーナはくちびるを噛んだ。
わたし、甘えてしまったんだわ。
子供時代を知る、数少ない彼に。
それであんないじっぱりをーー。
知ってか知らずか、恥じ入る令嬢の肩をシルザ夫人が抱いてくれる。
「ではお部屋に参りましょうね。主人が荷物を運んでありますから」
ロベルティーナはシルザ夫人のエスコートで懐かしのアイビー・ハウスに入った。
絨毯敷きのこぢんまりとした玄関ホールから、階段を二階へ上がって行く。
二階の一番奥の部屋、そのドアを開けてもらって入室する。
草花が幾何学模様を描く瀟洒な壁紙、薄紅色の天鵞絨が典雅で愛らしい天蓋付きベッド、蓋付きの書き物机、そして一人用の丸テーブルとゴブラン織のシックな一人がけソファ。
それらは十年前と同じ姿でロベルティーナの前に佇んでいた。
窓辺でレースのカーテンも令嬢を歓迎してくれている。
何もかもが当時のままで、まるで時間に取り残されてしまったかのよう。
しかし、こつこつと床を鳴らすヒールと、見下ろした書き物机の低さで流れた月日を突きつけられる。
ここにただ一つ欠けているものを思うと胸が締め付けられた。
お母さま。
と、令嬢の両肩に温かいものがのせられた。
シルザ夫人の両手だ。
「今日からここをご自分の家と思ってごゆっくりお過ごし下さい」
「……ええ。ありがとう」
滲んだ涙をまばたきで乾かしているロベルティーナの背中を、シルザ夫人がどんどん押す。
「まずは旅着をお着替えください。コルセットも髪結も長くするものじゃありませんからね。お風呂の後にお食事にしましょうね。そうそう、キルトを出しておきませんとね。夜は冷えますから。サシェも要りますね。ルフェルに持たせます。それで夜の御本はどうしますーー?」
「ばあやったら」
一つ吹き出してしまうと、もう止まらなかった。
この人も昔と変わらないんだわ!
ロベルティーナはくすくすと笑った。
「わたし、もう子供じゃないわ」
「ええ、そうでしょうとも。では食後にカスタードプディングは必要ありませんね」
「そんなのってずるいわ!」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今日みたいな寒い夜に、寝る前のお布団での読み物に最適な作品になったらいいなあと思いながら筆を取っています。
ブックマーク、ご感想、とっても嬉しいです。
次回更新は明日12月18日の真夜中を目指しています。
赤ちゃんがぐっすりしますようにお祈りしていてくださいな。
またお会いしましょう〜。




