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リュスティック・ラブストーリー〜追放令嬢は自然豊かな農村の屋敷で幼馴染の魔法使いに溺愛される〜  作者: 響 凛音


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7/8

6、躓いて

あらすじ


ルフェルとともに別荘へ戻るロベルティーナは、道中ぼんやりと十年前のことを思い出していました。

 ロベルティーナの前に突然現れた男の子、それがルフェルだった。

 出会ったときには、尋ねる前に家庭教師に呼ばれてしまったので、名前は聞けずじまいだった。

 それでレッスンが終わった休憩時間にシルザ夫人に打ち明けてみると、彼はルフェルという名の孫息子であることを聞いた。

 大好きなばあやの家族!

 令嬢はそのとき初めて使用人にも血を分けた家族がいると知った。

 ルフェル少年は祖父の手伝いにやって来たのだそうだ。


「一緒にいられて嬉しい?」


「それはもう」


「ここで働くの?」


 寝椅子に腰掛けるばあやのふわふわの膝へ飛び込むようにしてロベルティーナが前のめりに尋ねると、シルザ夫人はたっぷりと頷いてくれた。


「ええ。まだ見習いですから、草抜きぐらいですがね」


「また会えるかしら」


「そうですね。でもばあやと一緒にいるときにしましょう」


「どうして?」


 ロベルティーナの問いは曖昧な微笑みで有耶無耶にされた。

 けれど、二〇歳になった今ならよくわかる。

 箱入り娘のロベルティーナの、その純潔を守るためだったと。

 しかし十歳の、まだほんの子供だった令嬢は流れ星より珍しい同年代の少年にたちまち夢中になってしまった。

 珍しさで言えば、陽だまりで銀色に輝く髪と翠の瞳のなんと神秘的なこと。

 少女は気づけば彼のことばかり考えるようになっていた。

 そしてロベルティーナの気持ちが伝わったのだろうか、庭での邂逅かいこうからルフェルと顔を合わせる機会が増えた。

 ばあやに言われたとおりにするつもりだったにもかかわらず、彼と会うときはなぜか二人きりだった。

 そして決まって小さな花束を捧げてくれた。


「これを君に」


 その時は、濃い桃色の薔薇の周りを白い小さな花が取り囲んだものをくれた。

 実際に見たことはないけれど、花嫁のブーケとはこういうものかしらという風貌である。


「ありがとう。なんていい香りなの! この小さなお花は?」


「ハゴロモジャスミンというんだ」


 ロベルティーナに敬語を使わない使用人など初めてだったが、ことルフェルにおいてはまったく不快感を覚えなかった。

 むしろ、生き別れた兄のように優しく語りかけてくれる声に耳が蕩けてしまいそうだった。


「花言葉は優美、愛らしさ。愛される女の子のための花だよ。プリンセスのティアラにしてもいいものだ。きっといい夢が見られるよ」


 ルフェルはこんなふうに花の名前などを教えてくれた。

 歯が浮くようなセリフも、彼のまっすぐな瞳から聞こえると陳腐に聞こえなかった。

 女の子が夢見る口説き文句の数々、甘い言葉を、彼はロベルティーナのためだけに紡いでくれた。

 当時おべっかを知らぬ令嬢は、自室に活けた花束を眺めながら本当にプリンセスになる夢想をしたものだった。

 長年ロザリンド家に仕える祖父の教えが行き届いていたのだろうか。

 ルフェルの所作は洗練されていて、庭師というよりもまるで小さな貴公子のようであった。

 屈託のない笑顔が眩しい男の子に会えるのが毎日の楽しみになった。

 あれ……?

 ロベルティーナは回想にふけりながら訝った。

 初恋と呼べるときめきと思い出がこんなにあったのに、どうして今まで忘れていたのかしら。

 今、前をゆく青年のそっけない大きな背中が突然恋しく思えてくる。

 彼の名も、素敵な横顔も、すべてが夏の日にきらめいて永遠を願うほどだったというのに。

 確かに同時期、悲しい出来事がいくつも重なって記憶が曖昧である。

 その締めくくりに登場二八歳のコルヴァーン公爵フィルコとの出会いがあった。

 そうだわ。

 それが縁で二回り以上年上の貴公子に見初められ、許婚の関係になった。

 デビュタントまで修道院に入る、と言ったのに、君以外に考えられない、と豪語されて……。


「きゃっ」


 と、そのとき、ロベルティーナの視界がぐらりと揺れて体勢が大きく崩れた。

 小さな階段につまづいて足を踏み外したのだ。

 雑草に紛れてまったく気づかなかった。

 落ちる!

 負傷を覚悟してロベルティーナはぎゅっと目を瞑り体を強張らせた。


「っと」


 しかし、衝撃は想像していたものよりも弾力があった。

 頬に当たっているのは草や土ではないし、鼻をくすぐるのは温かくて甘塩っぱい匂いだ。

 緊張と混乱で何が起こったかわからないでいると、ぐいっと体を引き剥がされた。

 目と鼻の先に端正な顔立ちがある。ルフェルだ。


「足元にはお気をつけください」


 転げ落ちるロベルティーナを彼が抱き止めてくれたのだ。

 どきりとしたあまり、息が詰まる。


「……感謝するわ」


 新たな動悸に心臓が喉から飛び出しそうになるのをぐっと抑えつけて、令嬢は庭師から離れた。

 埃を払うふりをして気持ちを整える。

 結構高いところから落ちたはずだが、デイドレスは破けていなければちりひとつついていない。

 一人でずいずいと先に行っていたはずなのに、悲鳴を聞き止めて戻ってきてくれた。

 瞳が泳ぐのを努めて抑えつけて、淑女らしく首を伸ばす。


「お変わりありませんね」


 ルフェルはそう言いながら、無感動にハットを差し出した。

 落ちた拍子に飛んでいったのを拾ってくれたようだ。

 それを受け取って被り直している間に、庭師は再び先行した。

 向こうに屋敷が見えてきたが今はそれどころではない。

 少しかちんと来て、ロベルティーナは小走りで追いつく。


「冷たいのね」


 思った側から口走っていた。

 それはとても久しぶりで、懐かしい感覚だった。


「周りはよくご覧になることです」


 ルフェルが振り向かずに答える。


「あなたがエスコートしてくれたらいいのよ」


「それは俺の役目じゃありません」


「いいえ、あなたの役目だわ。だってあなたはわたしのーー」


「お嬢さま!」


 と、突然、第三者の声が横入りして白熱するやりとりに水が差された。

 ロベルティーナが驚いて立ち止まるのと、令嬢の体に大きな柔らかい塊が飛びついてきたのはほとんど同時であった。

 温かくて安心する匂いに確信を持って彼女を引き剥がす。


「ばあや!」


「ああ、ご立派になられて! なんて素晴らしい淑女レディにおなりかしら!」


 ロベルティーナはシルザ夫人の顔をよくよく確かめてから今度はこちらから抱きしめた。

大変お待たせしました!

最新話をかきおろしました。

ちょっと全体像に悩んでいますが、じりじりと丁寧に書きながら考えていきます。


おかげさまでコミケ新刊を無事刊行出来ましたのでお知らせします。

12月31日水曜日コミックマーケット107二日目

創作文芸【西1む08a】黒井吟遊堂

少年王が国を取り戻す群像戦記『黒獅子物語』の最終第6巻が4年ぶりの改訂復刻です。

よろしくお願いしますー。

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