4、冷たくて
ここまでのあらすじ
ロベルティーナは暮れなずむ牧草地でルフェルと再会しました。
「お嬢さま、じいは荷物と一緒に先に参ります」
とシルザ氏が唐突に切り出したので、ロベルティーナは体ごと驚いた。
斜陽に笑い皺を深めた老庭師は明るく続ける。
「ご到着次第すぐにお食事を召し上がっていただけますからね。いや、湯浴みが先かな」
「じ、じいや……」
掠れたソプラノは勢いよく吹きつける夕焼け色の風に簡単に負けてしまった。
「とにかく、家内に早く伝えて支度をさせましょう。ルフェル、お嬢さまに粗相のないようにな」
シルザ氏はトランクを持たぬほうの腕で自分と色違いのハンチング帽を被った青年の背中を遠慮なく叩いてひょこひょこと去った。
「いつの話だよ……」
あとには頭をかきながら身内を見送るルフェル青年のぼやきと戸惑うロベルティーナが残された。
すらりと立つ彼が鳴らした鼻、そのくっきりとした鼻梁が淡く水色をほどきながら赤らんできた空を切り取っている。
鼻から始まり、顎、喉仏、幅広の肩を載せた胸板、ゆとりある衣服の線に打ち勝つ肢体の力強い輪郭。その下に貴公子も羨む立派な脹脛が備わっているのも想像に易い。
無意識に既知の少年を探したがどこにも見当たらない。
強いて言えば、少し長くなったおさげ髪と、高くなった庇の上で意志力の塊がごとく強く引かれた眉ぐらいだろうか。
「ルフェル……」
考えなしの呼びかけは草原を踏む音にさえ勝てずあっさりとかき消されてしまった。
躊躇いに足を止めた令嬢を青年が一瞥した。
少し垂れた甘い目元が冷ややかに細められてどきりとする。
「ではご案内いたします、ロベルティーナお嬢さま。お足元にお気をつけて」
彼はくちびるだけを動かして太い喉から滑らかなバリトンを取り出し慇懃に会釈すると、令嬢と目を合わせることなく背を向けて歩き出した。
***
ざくざくと大股で行くルフェルの大きな背中を道標に花畑を戻る。
あれから十分、彼は一度もロベルティーナを振り向いてはくれない。
歩幅も合わせてはくれず、燻し銀のおさげ髪が馬の尾っぽがごとく揺れるのを見失わぬようにするので精一杯だ。
これでは二人ではなく、一人と一人だ。
ロベルティーナとルフェルの間を夕暮れの冷たい風が自由自在に行き交う。
数少ない幼馴染なのだから、積もる話を交換し合うほうがよっぽど自然である。
声色こそほんのり温かい響きがあったものの、これほどまでによそよそしくされるとは。
いいえ。
ロベルティーナはくちびるを噛んだ。
話したいのであればわたしのほうから切り出せばよいのだわ。
令嬢は早足でルフェルと距離を詰めた。
お久しぶり。わかりきっているわね。
変わりはないかしら。ルフェルの成長は目を見張るもので、それを無視するような発言なんてとても。
今まで何を? さほど親密でもないのに踏み込んだ話題は避けたいわ。
このように、思いつくどれもが気の利いた台詞にはならない。
そして以前の――十四歳であった彼はこんなにも無愛想だったろうか。
ルフェル。
ロベルティーナは口の中でそっと彼の名をなぞった。
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今回はうまく都合が合って投稿がかないました。
次回更新は12月16日以降と思っていてくださいませ。




