2、馬車にゆられて
ここまでのあらすじ
十時間も蒸気機関車に乗って片田舎の駅に辿り着いたロベルティーナは、なつかしのじいやにお迎えして貰ったのでした。
ロベルティーナはシルザ氏の馬車に乗ってリュスティック村を目指していた。
そこにはロザリンド家の別荘があるのだ。
「揺れますぞ」
とシルザ氏がロベルティーナに言ったとおり、一頭立ての小さな馬車はあぜ道の凹凸を素直に受け止めていた。
がたがたという激しい音を含めて、衝撃が一つある度に車輪が外れやしないかとひやひやさせられる。
引き続きお尻が痛かったけれど、乾いた泥の道を歩くことを思えば目をつむれた。
ロベルティーナ本人のケアはなんとかできていたが、トランクが飛び跳ねるのにはほとほと困らされた。
石ころを弾けば首を傾げ、轍を乗り越えたときには勢いよく弾んで馬車から飛び降りようとする始末。
ある程度の揺れは覚悟していたがこれほどとは。
最終的に上体を捻ってトランクの取っ手を掴むことにした。
上下左右に激しく揺さぶられながら見る景色も味わいがあった。
オークやバーチが重なる森の影に水鏡がちらほらと透けたり、緑の匂いが溶け込んだ青い風に吹かれる。
野花の数々も可憐で、名前がわかるのならばそれぞれ列挙して褒めたいし、この風にならさらわれてもいいとさえおもえるほど、うっとりとしてしまう。
偏在する家々も牧歌的で、青空を侵食するつもりの都会の家々とは大違い。
ほら、石垣の向こうには羊が一匹、二匹、三匹……。
幼い頃は声に出して数えてはおじいちゃまに笑われたものだわ。
ロベルティーナが微笑みを噛み殺していると、手綱を握るシルザ氏と目が合った。
いけない。淑女が歯を見せて笑っては。
お母様に怒られてしまう。
「お気に召しましたかな」
「ええ」
つとめて大人らしく答えると、彼は両眉を上げた。
「お懐かしいですな。先代様と一緒に羊を数えられていたのが昨日のことのようです」
「覚えていたの!」
言い当てられてどきりとした拍子にくちびるを突き出してしまった。
それをまた笑われてしまったので、慌てて表情を引き締める。
「そんなことしないわ。わたし、もう子どもじゃないのよ」
「そうでしょうとも。しかしあんまりお可愛らしかったものですから、先代様と折に触れて思い出していたもので」
「おじいちゃまと?」
思わず子ども時代の言葉を使ってしまったロベルティーナは、今度は自ら破顔した。
笑い声を交換しあううちに、シルザ氏が満面の笑みを見せてくれた。
「よかった。じいはそのお顔が見たかったのです」
「わたし、そんなに面白くなさそうだったかしら」
「疲れがでているのでしょう。しばらくこちらでお休みになればまた元気になりましょうて」
「そう、そうね……」
しばらく休む。
ロベルティーナの心がちくりとする。
休むとはつまり、戻ることが前提の言葉だ。
わたしに戻るところなんて。
令嬢は小さく唇を噛んで微笑んだ。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
ワンライって大変ですね。
赤ちゃんがねてくれたので今日も執筆と投稿ができました。
運が良ければ、また明日投稿できるかと思います。
ブックマークに入れて待っていて下さいね。




