1、クラベール駅にて
都会から十時間乗り続けた蒸気機関車からロベルティーナは降り立った。
ここに来るのも十年ぶりだわ。
令嬢は記憶の光景と重ねながら駅のホームを見渡した。
ここはリュスティック村のクラベール駅、ロザリンド領アロンドラの最北端に位置する終着駅であった。
窓を額縁にして都市風景が街並みへ、家並みが農村へと景観が緑にほぐれていくのを見ているのは楽しかった。
けれども、悲しいかな、背中や肩は凝り固まっているしお尻の感覚がほとんどない。
デイドレスの許す限りでこっそりと体をほぐす。
長旅になるだろうと髪結いを低めに、コルセットを緩めにしてきたのは慧眼であった。
それにしても第二等級客室のクッションのなんとうすいこと。
ボックス席を用意されただけまだましだとは思うけれど、以前まで家族で乗っていた第一等級とは比べようもなかった。
駅舎は掘建小屋が一つあるばかりでホームには屋根などない。
だから青空と太陽は何者にも遮られずにロベルティーナを明るく見下ろしてくれるのだ。
ロベルティーナは胸いっぱいに深呼吸をした。
なんて空気が綺麗なのかしら!
心の称賛を聞き止めてくれたのだろうか、風が気前よく吹きつけてロベルティーナの金髪を梳いてくれる。
おまけに春の花の香りさえも運んでくれて、なんという歓迎だろう。
あまりに心地よくて薫風に身を任せていると、視界の端で何かが動いた。
首を回すと、そこにはロベルティーナへ手を振る老人がいた。
十年ぶりに会うけれど間違いない、彼だ。
「じいや!」
荷物の重たいトランクに阻まれながら駆け寄り、ロベルティーナは少女時代のように彼へ抱きついた。
「ようお越し下すった、ティーナお嬢さま!」
彼はアルマヴィーヴァ伯爵家本邸の庭師だった男で、名をシルザと言った。
別れた時はまだ子供だったので皆が呼ぶ名前しか知らない。
けれどロベルティーナにとっては実の父親よりも親しみやすいもう一人の祖父、大切なじいやであった。
「会いたかったわ! ねえ、ちょっと萎んだのではなくて?」
「お嬢さまがご立派になられたのです。見違えましたぞ」
「背丈だけよ」
「いいえ。目に入れても痛くない素晴らしいレディになられました。妻も迎えに来たがっておりましたが……」
ロベルティーナは微笑んだ。
「わかっているわ。またいつものお掃除でしょう。凝り性なんだから」
「言ってやってください」
シルザ氏がじいやなら、シルザ夫人はばあや。
令嬢にとって彼女はもう一人の祖母のような人だ。
大好きな二人に再会できる今日が天気に恵まれて本当によかった。
「ささ。参りましょう。日が落ちる前に」
と、シルザ氏はロベルティーナのトランクを持って先導してくれた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次回更新は2日後を希望しています。赤ちゃんの都合で前後する可能性大です。
ブックマークしておいて読めるようにしてもらえたら嬉しいです。
赤ちゃんがよく眠ってくれるのをお祈りしていてください……!




