『きらいきらい』のまゆちゃんと、ふしぎな『カナト』くん(後編)
まゆちゃんの『きらいきらい』…その文字の『い』を物理的に食べちゃうこと((笑))で、『きらきら』に変えちゃう、不思議な少年『カナト』くん…
いったい『カナト』くんの正体は?、また、まゆちゃんは無事、『きらいきらい』をなくせるのだろうか?
(いちおう)童話ジャンルなので、肩ひじ張らず、ゆっくりとお読みください~♪(*人^▽^*)
──そして、夜空を光のソリが進むうちに、
『忙しくて、ケンカ気味の大人になったパパ』
『人に合わせすぎて疲れちゃう、大人になったママ』
がゆっくりと、すれ違うように現れました。
そんな風景が流れるたびに、世界はどんどん黒くなっていき、凍えるような冷たい風が吹き荒れます。
ふたりを乗せたソリは、ぐらぐらと木の葉のように、大きく揺れます。
『パパとママなんて、だいきらい!』
その中心には、とても小さな まゆちゃんが丸くうずくまっていました。
「パパとママも…すきだけど、きらいって思っちゃうの……わたしのために、たくさんしてくれてたのに…」
その姿を見た まゆちゃんは、涙をこぼしながら言いました。
すると、まゆちゃんの胸の奥から──いちばん大きくて、重たい文字が、空いっぱいにふくらみました。
『そんなことを思うじぶんが、いちばんキライ──だいきらい!』
ほかのどの文字よりも、黒くて、重くて、大きくて、星の光さえ、はね返してしまいそうです。
まゆちゃんは、とうとう泣き出しました。
「……ひどいよね。パパもママも、がんばってるのに……それでも、きらいって思っちゃう、わたしなんて……」
涙が、ぽろぽろ落ちます。
落ちた涙は、星になるまえに、風にさらわれて消えました。
「……これが、いちばん手ごわいね」
カナトはそう言って、荒れ狂う風の中、ソリを必死に操って、文字の上へと近づけます。
「・・・カナト!? あぶない!」
次の瞬間、カナトは、ぴょん!とソリから文字へ飛び移りました。
強い風にあおられて、カナトの体はぐらぐら揺れています。
(落ちちゃうよ…!?)
まゆちゃんは、カナトが落ちてしまうのではないかと、恐ろしくて恐ろしくてたまりません。
(どうか、神さま! カナトを守ってください…!……わたしの”きらい”なんて、どうなってもいいから!)
強烈な風の中、細い足で、踏んばって、跳んで、また跳んで。
黒い文字の谷間を、ひとつ、またひとつと越えていきます。
まゆちゃんの祈りが通じたのか、ついにカナトが最後にある、大きな『い』のところまでたどり着きました。
そして、カナトは、大きな口を開けて『い』を、ぱくり。
「……っ」
でも、すぐに顔をしかめます。
「……だめだ。とてつもなく硬すぎる……」
カナトは、もう一度、もう一度と『い』にかじりつきますが、『い』はびくともしません。
まるで、長いあいだ、だれにも言えなかった気持ちが、かたまりになったみたいでした。
「……カナト」
まゆちゃんが、何とかソリを近づけて、カナトに声をかけます。
「これ……わたしの、だよね」
カナトは、少し困った顔でうなずきました。
「うん。だから……これは、まゆちゃんと、いっしょじゃないと、むりかもしれない」
まゆちゃんは、文字を見つめました。
ほんとうは、こわかった。
だって、それは――じぶんを、きらいだと思ってしまう気持ち、だったから。
胸の奥が、きゅっと痛みます。
「……でも」
まゆちゃんは、小さく息を吸って、言いました。
「……やる」
「…わかった……じゃあ、なんとか文字を小さくしてみるね」
カナトは、まゆちゃんを安心させるように、やさしく言いました。
「…だけど、文字が小さくなったら……浮くことはできなくなるから……」
カナトの言葉に、まゆちゃんは、こくんっとうなずきます。
――ふたりの視線が、強くつながりました。
カナトは、身に着けていた首輪を外します。
そして、首輪の鈴で『い』を、こん!と叩きます。
すると――大きすぎた『い』が、ひびわれるように震えて、少しずつ少しずつ、小さくなっていきました。
「……今だよ! 受けとめて!」
カナトが叫んだとたん、浮く力を失った『い』が、カナトと共に落ちていきます。
「わっーー!?」
まゆちゃんは、ソリを前に出して、両手をひろげ、カナトと『い』を受け止めようとしました。
ずしん!
想像していたよりも、ずっと重たい。
「…ま、まゆちゃん……ごめん、大丈夫!?」
倒れてしまったけれど、カナトも『い』も、無事でした。
まゆちゃんに覆いかぶさるようなってしまった、カナトがあわてて飛びのきます。
「…う、うん……わたしは、だいじょうぶ…」
まゆちゃんの心臓が、どきんどきん、と大きく鳴っていましたが。
「…あの、その……まゆちゃん、ぼくといっしょに食べてくれる?」
すこし赤い顔をしたカナトが、『い』をバキリっと半分に割ります。
「…うん…カナトといっしょに、半分こする…」
ふたりは、顔を見合わせました。
『い』を受け取った、まゆちゃんの瞳に、心配そうな カナトの瞳が映ります。
「…だいじょうぶ! がんばるから!」
まゆちゃんは、えいっと目をつぶって、『い』を、口に入れました。
「……っ!!」
とたんに、ものすごい味が広がります。
にがくて、えぐくて、
ざらざらして、ねばねばして、
胸の奥まで、ぎゅうっとしめつけられるよう。
「……うぇ……」
涙がにじみ、今にも吐いてしまいそうになります。
でも、そのとき――
カナトが、すぐそばで言いました。
「だいじょうぶ。まゆちゃんは、ひとりじゃない」
その声は、いつも、やさしくて、まっすぐでした。
まゆちゃんは、ぐっと歯を食いしばります。
「……うん……!だいじょうぶ!わたし……のみこむ……!」
ごくん。
生まれて初めての苦しさが、胸いっぱいに広がって――
次の瞬間。
ふしぎなことが起こりました。
まゆちゃんの胸の中で、あの『い』が、やわらかくほどけていったのです。
『い』は、どんどん重なって、『いい』になり、
『いい』は、あたたかい光に変わって――
『いいきらきら』 になりました。
「あ……」
まゆちゃんの胸から、やさしくて、ぬくもりのある光があふれ出します。
その光は、吹き荒れていた風と、うずくまっていた小さな まゆちゃんを消してくれました。
「……これ……」
「うん」
カナトは、ほっとしたように笑いました。
「じぶんを、ゆるした光だよ」
そして、『いいきらきら』は、空をふわふわとただよい、遠くへ、遠くへ――落ちていきました。
――そのころ、地上では――
忙しい仕事の合間、偶然、同じ場所で足を止めた、大人になったパパとママがいました。
「……あれ?」
「……今、なにか……」
ふたりの目の前に、ふわりと、『いいきらきら』が舞い降ります。
光は、小さな女の子の姿をしていて、やさしく、ふたりを照らしました。
心の奥にしまいこんでいた、だいじな気持ちを――そっと、思い出させるように。
きらきらが消えたあと、少しの沈黙。
そして、パパが、照れたように言いました。
「……よければ……もう少し、話しませんか?」
ママは、驚いたあと、ゆっくり、微笑みました。
「……はい」
ふたりは、イルミネーションが輝く街路をゆっくりと、いっしょに歩き始めました。
――夜空の上で、それを見ていた、まゆちゃんは、小さく、胸に手をあてました。
「……よかった……」
カナトは、『い』の消えたあとの文字をやさしく触れました。
「これで、ぼくは、ほんとうの『イカナト』になれる……」
カナトは大きく息を吸って――月までひゅーっと飛んで、くるんと宙返り。
リンリンリーン!リンリンリーン!リンリンリーン!
鈴の音が、夜空いっぱいにひびきます。
その音はまるで、星が笑っているように優しくて、澄んでいました。
文字は、ぱあっとほどけて、裏返り、光になり――
『そんなことを思うじぶんだけど……わたしは、わたしのままで──”きらきら”にできる!』
新しい言葉になって、まゆちゃんの胸に降りそそぎます。
「……あ……」
まゆちゃんの目が、大きく開きました。
「あたし……きらい、だったんじゃない……さみしかっただけ……」
その心に閉じこめた『きらいきらい』は──ほんとうは『さびしい』からでした。
「そう。“きらい”の中には、いつも、“だいすきになりたかった気持ち”が、かくれてるんだよ」
光の中で、カナトの姿が、ゆっくりと変わっていきました。
小さな角がのびて、
ふさふさのしっぽがふくらみ、
茶色の毛並みは、黄金の粉をかぶったみたいに輝き、
首元の鈴は、星のかけらで作ったように透き通っていました。
カナトは、もう子どもの姿ではなく──
”本当のトナカイの姿”に戻ったのです。
「…ありがとう、まゆちゃん。まゆちゃんのおかげで、ぼくの”きらきら”も戻ったよ」
トナカイは、誇らしげに胸を張ります。
まゆちゃんは、そっとカナトの茶色の毛並みに、手を押しあてました。
「カナトは…サンタさんのトナカイだったの…?」
まゆちゃんが名前を呼ぶと、トナカイは、ゆっくりうなずきました。
姿は変わったけれど、その目と声は同じでした。
まゆちゃんの『きらいきらい』を飲み込んで、胸の奥にひっそりと寄りそってくれた、あの優しさのままでした。
あったかい。
まるで、自分の中のいちばん重かった石が、すこしずつ溶けていくようでした。
「ぼくたち、サンタさんのトナカイはね、“良い子がいる場所”を、いちばん先に見つける役目なんだ」
「……だから、先に来たの?」
まゆちゃんの頭に、”夜道を照らす赤鼻トナカイの歌”が、思い浮かびました。
「うん。それでね。良い子ってね、“えらい子”とか、“がまんできる子”じゃないんだよ」
カナトは、まゆちゃんをまっすぐ見ました。
「さみしくて、くるしくて……それでも、ちゃんと自分の気持ちを持ってる子」
「……それが、良い子」
まゆちゃんは、ぎゅっと胸をおさえます。
「じゃあ……『きらいきらい』を『きらきら』にしたのも……」
「もちろん」
カナトは、ちょっと誇らしそうに言いました。
「『い』はね、ぼくたちトナカイにとって、だいじなごはんなんだ」
「え……?」
「『い』は、“こころのいたみ”のかけら。それを食べて、食べて、食べきって……やっと、立派なトナカイになれるんだ」
カナトは、くるりと首を動かします。
リンリンリーン♪リンリンリーン♪
「だけど、それは”きらきらを取り戻すためだけ”じゃない…」
トナカイの鈴が、心地よい音をひびかせます。
「君がずっと抱えていた、いちばん大きな『きらい』──それを誰かと分け合って、軽くしてあげたかったんだよ」
まゆちゃんの目に、涙がたまります。
「…カナト、ありがとう…」
まゆちゃんは、カナトの柔らかい毛並みに、ひしっと顔をうずめました。
――ホウ、ホウ、ホウ。
『トナカイよー、トナカイよー、戻っておいでー』
しばらくすると遠くから、やさしい声が呼びました。
赤い光が、空に揺れています。
「……行かなきゃ」
カナトは、まゆちゃんを見つめて言いました。
「まゆちゃん。きみはね――パパとママが、やっと見つけた、いちばんの“きらきら”だよ」
「……え?」
「だから、ちゃんと……おかえり、って言ってもらって」
トナカイと、まゆちゃんを乗せた光のソリは、ゆっくりと地上に降りていきます。
「また、きらいが出てきたら、空を見て。鈴の音を、思い出して」
夜は、そっと息をひそめて、まゆちゃんの街をやさしく包んでいました。
「……もうすぐ、クリスマスの夜だね」
カナトは、少しだけ大人びた声で言いました。
「うん」
まゆちゃんは、小さくうなずきました。
雪は音もなく、星はひかえめに、でも確かにそこにありました。
「でもね、きらきらって、まだ全部じゃない気がするの…」
まゆちゃんの言葉に、カナトは、驚いたように目を丸くします。
けれど――何か気付いたかのように、すぐに微笑みました。
「いいよ、全部じゃなくて……」
イルミネーションが地上の星のように、輝いてみえます。
「…きらきらは、ゆっくり集めるものだから」
まゆちゃんは、胸の中をそっと確かめました。
あんなに重たかった『きらいきらい』は、もうありません。
かわりに、あたたかくて、まぶしいものが、静かに光っていました。
「だいじな人たちはね、ちゃんと、出会うところへ戻れるんだよ」
ふたりが地上に降り立った、そのとき、遠くから声がします。
「まゆーー!」
「まゆちゃーん!」
まゆちゃんが振り向くと、必死な顔をした、パパとママが走ってきました。
ふたりが降りたのは、まゆちゃんのパパとママが出会った広場だったのです。
もう、大人のパパとママです。
でも、その目は――昔、きらきらを忘れかけていた、あの頃とはちがっていました。
あちこちと一生懸命に探し回ったのでしょう──いつものピシっとした感じではありません。
「……まゆ、寂しい想いをさせて……ごめん!…」
パパは、まゆちゃんを強く抱きしめ、
「……よかった……無事で……」
ママは、その背中を、ぎゅっと包みます。
「…ごめんなさい……パパ…ママ…ただいま……」
まゆちゃんは、そのぬくもりの中で、カナトの言葉を思い出しました。
(まゆちゃん。きみはね――パパとママが、やっと見つけた、いちばんの“きらきら”だよ)
(わたしは……きらいきらい、なんかじゃなかった)
(わたしは――このふたりの、“いいきらきら”だったんだ)
――それは、まゆちゃんがはじめて迎えた、本当のクリスマスの始まりでした。
「ひとりで、危なくなかったかい?」
「まゆちゃん、ひとりで、ここに来たの?」
でも――ふたりの目は、カナトを見ていません。
「……あ……それは……」
まるで、そこにトナカイなんて、いないみたいに。
まゆちゃんが、そっとカナトを見ると、カナトは、やさしく笑いました。
「だいじょうぶ」
「……パパもママも……カナトのこと……」
「うん。もう、大人だからね」
カナトは、静かに言います。
「大人になると、トナカイの姿も、声も、見えなくなることが多いんだ」
カナトの言葉に、まゆちゃんの目に、涙がたまります。
「……じゃあ……まゆも……」
声が、ふるえました。
「大人になったら……トナカイも……サンタさんも……見えなくなっちゃうの……?」
今にも泣き出しそうな顔で、まゆちゃんは聞きました。
カナトは、少し考えてから、そっと、こう言いました。
「“見えなくなる”んじゃないよ」
「……え?」
「“信じなくなる”と、見えなくなる」
カナトは、まゆちゃんの額に、鼻先をそっと触れました。
「でもね。きらきらを、忘れなければ――」
チリン。
鈴が、ちいさく鳴ります。
「たとえ姿が見えなくなっても、ちゃんと、君のそばにいる」
まゆちゃんは、涙をこらえて、うなずきました。
「……うん……ぜったい、忘れない……」
「それでいい」
カナトは、ゆっくりと夜空へ向かいます。
「まゆちゃん」
最後に、振り返って。
「きみは、サンタさんが、いちばん先に知りたかった、“きらきら”だよ」
「……ありがとう、カナト……!」
カナトは、星の道を走り出しました。
リンリンリーン……
鈴の音は、雪空に溶けていきます。
まゆちゃんは、パパとママのあたたかい腕の中で、空を見上げました。
(…もしも、サンタさんが、わたしのほしいものをくれるなら……)
もう、トナカイの姿は見えません。
でも――
胸の奥で、なにかが、やさしく光っていました。
それはきっと、いつまでも消えない、『きらきら』。
――それから、長い時間がたちました。
まゆちゃんは、大人になりました。
名前は、もう『まゆちゃん』とは呼ばれなくなりました。
忙しい毎日の中で、
たくさんのひととふれ合って、
たくさんのことを知り、
たくさんのことを忘れそうになりながら――
それでも、胸の奥のきらきらだけは、
手ばなさずに生きてきました。
――ある冬の夜。
街が静まり、雪がやさしく降るころ。
マユは、ふと、空を見上げました。
すると――
リン……
懐かしい音が、聞こえたのです。
「……まさか」
次の瞬間、夜空の端から、光る影が、ゆっくりと近づいてきました。
大きな角。
やさしい目。
首には、あの金色の鈴。
「……カナト?」
トナカイは、にっこりと笑いました。
「ひさしぶり、マユ」
その声は、あのころと、同じでした。
「……どうして……?」
カナトは、星の光を背に、答えます。
「だって、マユちゃん――ううん、マユは、ちゃんと“願い”を忘れなかったから」
マユの胸が、あたたかくなります。
そう。
あの夜、サンタさんに願ったこと。
プレゼントでも、しあわせでもなく。
――わたしが、サンタになりたい。
――カナトといっしょに、
子どもたちの『きらいきらい』を
『きらきら』に変えたい。
それが、マユの願いでした。
「……やっと、時間が追いついたんだ」
カナトは、そう言って、空を指さします。
そこには、光の流れ――星と星をつなぐ光が、川のように流れていました。
「さあ」
カナトは、背を低くします。
「いこう。良い子たちのところへ」
マユは、迷いませんでした。
白い息をはきながら、カナトの背に、そっと乗ります。
「……ただいま、カナト……会いたかったよ……」
カナトは、うれしそうに言いました。
「おかえり、サンタさん」
リンリンリーン!
鈴が鳴ります。
光るストリームが、ふたりを包み、夜空へと、舞い上がっていきました。
これからも、どこかで――
だれかの「きらいきらい」が、
そっと、「きらきら」に変わる夜が、
きっと、つづいていくのです。
──むかしむかし、いまよりも、すこし未来のおはなし。
(おしまい)
ということで、『きらい』の『い』をいっぱい食べて、『きらきら』にしちゃう『カナト』⇒『イカナト⇔トナカイ』という、言葉あそびのような童話でした!(*人´▽`*)<クリスマスのサンタさんは、配るおもちゃを準備したりして忙しい…ならば、その間、トナカイさんは何をしているのだろう?…ということを考えたのですw
設定|*´艸`)<まゆちゃんがサンタになれたのは、サンタさんに目をかけられるほどの『きらきら』を宿していて、また他の子たちの『きらきら』を感じることができる能力があったからです~♪
カナトと一緒に地上に降りるときが、その伏線でありました。
童話じゃない童話でしたが、お読み下さり、ありがとうございました!(*人´ω`*)




