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八話



 ティアーリアの懇願するような小さな叫びにクライヴは残念そうに表情を曇らせると、ティアーリアから顔を離した。

 腰に添えられた手はそのまま離れて行かず、もぞもぞと落ち着かない気持ちでティアーリアはクライヴからそっと視線を逸らす。


 こんな風に接触するのはルール違反ではないのか、と考えるがクライヴからの接触に確かに喜んでいる自分が居て、何とも言えない気持ちになる。


「ティアーリア嬢……教えて下さい。あの日、何故貴女の口からこの顔合わせの終了を願う言葉が出たのか……」


 まるで、顔合わせを終了したくなかった、と言うようなクライヴの言葉にティアーリアはそっとクライヴの胸に手を宛てて距離を取る。


「それ、は──、」


 言ってもいいものだろうか。

 クライヴには他に好きな女性がいるのに何故自分と顔合わせを続けたいのか、と言ってもいいものなのか。

 真面目なクライヴの事だから、まさか自分に他に好きな人がいるというのを知られたら自責の念に耐えられず、更にクライヴを追い詰めて責任を取ろうと結婚を決断してしまうかもしれない。

 やはり、ここは自分が知っていると言う事を隠して他に気になっている人がいるからだ、と断るのがいい気がする。


 先程のクライヴから送られるあの熱い視線はきっと何かの間違いだろう、とティアーリアは思い込むとクライヴとしっかり視線を絡めた。


「申し訳ございません。私と、クライヴ様とはきっと性格が合わないと思ったのと……、他に、気になる方が出来てしまったのです」


 ティアーリアから視線を逸らされ、そう伝えられたクライヴはティアーリアの言葉を信じられない、というように瞳を見開いた。


「それ、は……本当なのですか……私以外に、」

「はい。申し訳ございません」


 謝罪の言葉と共に頭を下げるティアーリアにクライヴは慌てて頭を上げさせる。


「ティアーリア嬢……! やめてください、私なんかに頭を下げる必要はないんです……っ」

「ですが、私の勝手な判断でクライヴ様のお時間を無駄に──」

「──っ、無駄なんかじゃありません! 貴女と会える一分一秒が私にとってはかけがえのない大切な時間なんです……っ」


 両肩に手を置かれて強く強く掴まれ、ティアーリアは半歩後ろへと下がる。


「……申し訳ありません、ティアーリア嬢に断られても、私は貴女を諦める事が出来ない……っ」


 苦しそうに、喘ぐように言葉を吐き出すクライヴにティアーリアは混乱する。

 何故ここまで自分に固執するのか。

 自分が断ればクライヴは自分の好きな人と一緒になる事が出来るかもしれないのに、何故。


「クライヴ様……、無理をなさらないで下さい。ご自分の気持ちに正直になって頂きたいのです……」

「正直、に? 本当にいいのですか、私の気持ちに正直になっても」


 噛み合っているようで噛み合わない二人の会話に、妹であるラティリナがこの場にいたら「お互いさっさと告白しなさいよ!」と怒り狂っているだろう。

 それ程二人の会話はチグハグで、会話として成り立っているようで成り立っていない。


 クライヴは、そっとティアーリアの頬に自分の手を添えると慈しむように指先でティアーリアの頬を何度も撫でる。


「私は……、初めて貴女と出会った時から貴女しか見えていないんです。あの日、初めてあの領地で出会った時に、貴女が言ってくれた言葉が忘れられなくて」

「──え、」

「私の瞳の中には虹が閉じ込められてるみたいだ、と言ってくれましたよね。私は、幼い頃から特殊な瞳を持つ自分のこの顔が嫌いでした。だけど、貴女が綺麗だと言ってくれたから、私は恐ろしかったこの瞳を好きになれたのです」


 クライヴのその言葉は、幼い頃に自分がクライヴに伝えた言葉だ。

 あの日々を、クライヴは覚えてくれていたのか。

 ティアーリアは信じられない思いで自分の口元に手を持っていく。


「貴女は覚えていないかもしれません……だけど、私にとってはあの一週間がとても尊い物になった、すぐに貴女を探し出す事が出来ずにこんなに時間が掛かってしまいましたが、私は貴女以外と人生を共にする気持ちはありません」

「──っ、」


 クライヴから聞かされる言葉達が飲み込めず、ティアーリアはかくり、と自分の足から力が抜けるのを感じた。


「ティアーリア嬢っ」


 咄嗟にクライヴがティアーリアを支え、ぐっと腰に自分の腕を回して自分の胸へと抱き込む。


「申し訳ありません……、こんな、何年も執着している男など気色悪いですよね……ですが、私はもう貴女を諦められない」


 ぎゅう、と強く抱きしめられ、ティアーリアは混乱する。


 では、何故あの日、あの時に妹のラティリナと自分を間違えた、と言ったのか。

 クライヴの言葉に嘘は感じられずティアーリアはクライヴの言葉達に湧き上がる嬉しさを感じながらも不安も同時に感じる。

 何故、あんな会話をしていたのか。


「クライヴ、様っ」

「すみません、ティアーリア嬢……貴女が嫌だと言っても離したくない」


 更に強く抱きしめられ、ティアーリアはぐっと息に詰まる。


 聞かなければ。

 あの会話は、何だったのか、とクライヴに確かめなければいけない。


 ティアーリアはクライヴの腕の中からそっとクライヴの顔を見上げると、自分の唇を怖々と開いた。


「では、何故──、何故あの日、クライヴ様と侍従の方は私と妹を間違えた、とお話されていたのですか」


 ティアーリアからの言葉にクライヴは驚き咳き込むと、抱き締めていた体勢から素早く体を離すとティアーリアへ視線を移す。

 そのクライヴの慌てた態度に、ティアーリアはやはり何か疚しいことがあるのかと眉を下げて悲しい表情をした。


「待っ、違っ! 違うんですティアーリア嬢!」

「何、が違うと言うのですか……このように慌てる態度から、クライヴ様は知られたくない真実があるのではないのですか……っ」


 瞳一杯に涙を溜めてクライヴを責めるような視線で見つめるティアーリアにクライヴは咄嗟にもう一度ティアーリアを強く抱き締めた。

 再度抱き締められた事に最初は驚きに硬直していたティアーリアだったが、我に返ったのだろう必死にクライヴから体を離そうと腕の中で暴れる。


「こうやって……! すぐに誤魔化そうとされるクライヴ様を信じられませんっ」


 信じられない、と言うティアーリアの言葉がぐさり、とクライヴの胸に突き刺さる。

 本気で嫌がるように自分の胸の中で暴れるティアーリアに、それでもクライヴは自分の胸の中にいるティアーリアを逃がしたくなくて更に強く抱き込む。


「違うんです、ティアーリア嬢……っ。確かに、あの場所で貴女と妹君を間違えて求婚した事を侍従と話してしまいました……」

「──やっぱりっ、本当は妹のラティリナを伴侶に、と望んでいたのでしょうっ!」


 ティアーリアの悲痛な心からの叫びにクライヴは唇を噛み締めると、ティアーリアの後頭部に回した自分の腕で更にティアーリアを引き寄せる。

 縋るように抱き込むようにして、クライヴは続けて言葉を続けた。


「……確かに、最初は貴女と妹君を間違えていました。……昔、貴女とお会いした時は病の療養であの土地に訪れていて、名前もティー、と呼んでいました。正しい名前を知らなかった、その為に私は勘違いしていたのです。あの日、あの場所で会ったのは病弱な妹君のラティリナ嬢だと……そもそもがそこから私は間違っていたのです」


 ゆっくりとクライヴの唇から紡がれる言葉達にティアーリアは抵抗を止め、ただただクライヴの言葉を聞く。


「だから、あの日……顔合わせ初日に病気とは無縁そうな、健康そうな見た目の貴女に……貴女の名前を聞いた瞬間に私が間違えて顔合わせを申し込んでしまったのだと知り、とても辛くなりました……」

「──だから、あの日クライヴ様はあんな表情をされたのですね」

「ええ。自分の愚かな間違いで貴女方の名前を間違えて記載してしまった事に絶望しました……ティアーリア嬢が病を克服している、とはまったく知りませんでしたから」

「でもあの日、初日に間違いを伝えてくだされば妹へ改めて顔合わせの申し込みを行えたはずです。何故なさらなかったのですか」

「──失礼ながら、それも考えましたが貴女の笑顔があの日のティーの笑顔と重なったのです」


 ゆっくりと体を離したクライヴが微笑みながらティアーリアの頬をゆっくりと撫でる。


「貴女の笑顔に、違和感を覚えて……あの日会ったティーはティアーリア嬢ではないか、と」


 愛おしそうに自分の頬を撫でるクライヴに、ティアーリアはただじっとクライヴを見つめ話しを聞く。


「二回目の顔合わせで貴女の口から私の瞳を、虹を閉じ込めたように輝く瞳が好きだ、と言われて確信しました。後にも先にも私の瞳をそう表現してくれたのは貴女だけです。だから、私はどうしても貴女との顔合わせを続けて、婚約を結びたかった……探し続けた貴女と結婚したい、愛しい貴女と結婚したい、と思っていつも貴女に会いに来ていました」

「……ならば、何故あの日あの場所で侍従の方と」

「ティアーリア嬢は、前半だけ会話を聞いてしまったのですね。あの後私達は、あの時の少女はティアーリア嬢だったんだ、と話していて……侍従には二回も同じ女性に惚れたのか、とからかわれたんですよ」


 クライヴの話しを聞いていたティアーリアの瞳にじわじわと涙の膜が張っていく。


「では、全て私の勘違いだったのですか……? あの日ラティリナと熱く見つめ合っていたのも、私の勘違いなのですか?」

「妹君と……? いつの話ですか?」

「あの日、私がクライヴ様に顔合わせのお話をお断りした日です」


 ティアーリアのその言葉に、あの日ラティリナ嬢と会った事があるか? と思い出そうとする。

 あの日はティアーリアに断りの言葉を告げられて記憶が曖昧だ。

 暫し無言で考えていると、クライヴは薔薇園でラティリナと会った事をやっとの事で思い出した。


「あ、ああ! 確か薔薇園で妹君とお会いしましたね。ですが、見つめ合った記憶がどうにもありません……その、妹君にはとても失礼な事なのですが……噂では妹君はとても儚げで美人と聞いていたのですが、私にはティアーリア嬢の方が美しく可憐で愛らしい女性だ、と考えておりましたので」


 世の中の男性は自分と妹を見ると全員が全員、妹の美しさに視線が釘付けとなるのが常だった。

 美しい、と賛美を受けるのは毎回妹で、自分は健康そうですね、と体の丈夫そうな面しか褒められた事がない。

 それなのにクライヴは今、妹よりも自分の方が美しい、と。愛らしい、と言ったのだ。


「──っ!!」


 ティアーリアは嬉しさと恥ずかしさに顔に熱が溜まるのを感じた。

 そのティアーリアの表情を見たクライヴはうっとりと瞳を蕩けさせるとティアーリアの頬にまた触れる。


「──分かって下さいましたか? ティアーリア嬢。私が愛しているのは、女性として意識しているのはこの世でティアーリア嬢ただ一人なのです」


 まるで砂糖をまぶしたようなどろっと甘い声音に、ティアーリアもクライヴの言葉が疑いようのない事実なのだと身をもって知る。

 これが演技なのであれば自分はもう一体何を信じて生きていけばいいのか分からない。

 もうやめてくれ、という気持ちを込めてティアーリアは必死に首を縦に振る。


 ティアーリアが分かってくれた、自分の気持ちを間違いなく理解してくれた事にクライヴは嬉しくなり、またティアーリアを自分の腕の中に閉じ込める。

 縋るように、愛が伝わるようにぎゅうぎゅうと抱き締める。


 そこで、クライヴは思い出したくない先日の事を思い出した。

 自分の侍従と抱きしめ合っていたあの状況は何だったのだろうか。

 クライヴは、抱き締めたままティアーリアに向かって唇を開く。


 もし、少しでもティアーリアがイラルドに心惹かれてしまっている、と言うのであればイラルドには申し訳ないが配置換えを行わねば。

 ティアーリアの心からイラルドの存在を消し去ってしまわないといけない。


「ティアーリア嬢……、先日私の侍従と抱きしめ合っておりましたよね? あれは?」



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