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七話


 散々自棄酒を呷り、無茶な酔い方をして寝てしまったクライヴは夜中に自室のテーブルで目を覚ました。

 ギシギシと軋む体に、ガンガンと痛む頭に顔を顰める。


「──くそっ、みっともない……」


 酷く痛む頭と胸に広がる不快感に、テーブルに置いてあった水差しからグラスに水を注ぎ勢いよく呷る。

 昨夜、自室でイラルドと話終わった後に酒を飲み始めて。

 それから記憶がない。


「ティアーリアが……例えイラルドを慕っていても……また俺を好きになって貰えばいいんだ……」


 よたよたとソファから腰を上げベッドへとのろのろ移動する。

 首元を緩め、ベッドへと突っ伏すと枕をぎゅう、と抱き締めて唸る。


「伯爵から手紙が届いたら……、もう一度……」


 そこまで呻いて、クライヴは再度寝息を立てて眠りに落ちた。

 もう、自分はティアーリアを諦める事なんて出来ない。

 胸を焦がすほどの執愛を、ティアーリアを渇望して止まないこの渇きを癒してくれるのはティアーリア本人だけだ。






 翌日、クライヴは酷い頭痛に苛まれ目を覚ます。

 ガンガンと痛む自分の頭に低く唸り毒づいた。

 記憶を無くしてしまう程酒に酔ってしまう自分が情けなく、こんな事だから自分はティアーリアに愛想を尽かれたのだ、とどんどんと悪い方向に気持ちが落ち込んでいく。


 本当にもうティアーリアは自分の事等どうでもよく思っていて、二度と顔を合わせたくない、と思われていたらどうしよう、と自分の考えに泣きそうになる。

 こちらからティアーリアに連絡を取ることが出来ない為、頼みの綱は彼女の父親である伯爵のみだ。

 伯爵から手紙が届いたらもう一度面会の申し入れをお願いしよう。

 例えイラルドを慕っていても構わない。もう一度だけ顔を合わせて話がしたい、と請おう。


 まだ、諦めるには早いだろうとクライヴは自分で自分を励ましながら伯爵からの手紙が届くのを今か今かと待ちわびていた。




 翌日。

 クライヴの元へと待望の手紙が届いた。


「ティアーリア……っ、」


 急ぎクライヴはその手紙の封を開けると、伯爵からの手紙を取り出す。

 手紙に記載されている文章を目で追うと、クライヴは一抹の希望が残された事に目を輝かせた。


「ティアーリアが誤解しているかもしれない……!」


 伯爵からの手紙には、何故か自分には他の女性を想っているとティアーリアが思っている事、そしてその事から今回の顔合わせを断るという結論に至った事が書かれていて、一度ちゃんと話し合いをすべきである、と書かれていた。


「ああ、良かった……! 本当に良かった……!」


 これでもう一度ティアーリアと会う機会が作られる、とクライヴは喜色に満ちた声音を上げる。

 相手方のクランディア伯爵家から面会を許可する旨の手紙が送られてきた。

 クライヴは急ぎクランディア伯爵家へと面会を希望する旨の手紙を認めると使用人へ伯爵家に急ぎ届けるように伝え、手紙を持たせた。


 ティアーリアと会ったら、その時には自分はティアーリアが好きなんだと、子供の頃から探していた女性は君なんだと伝えよう。

 それでも──、それでも自分の侍従が好きだと言うのならば仕方ない。

 ティアーリアを説得して、もう一度チャンスを貰おう。再度の顔合わせは断られるかもしれないが自分を知ってもらって、最初は友人からでもいい。それでも、自分の事を意識して貰えるように友人として今度は会えるようにお願いしてもらおう。


 クライヴはそわそわと落ち着かない気持ちで日々を過ごし、クランディア伯爵家からの返答を待った。





 クライヴが面会の申し入れを行ってから五日後。

 クランディア伯爵家から了承の返事が届いた。

 向こうから定時された候補日は三日間あり、クライヴは自分の予定を確認しつつ、仕事の入っていない二つ目の日にちを記載して手紙を送った。


 もうすぐ狩猟祭が始まってしまう。

 狩猟祭の準備が始まってしまっては中々時間が取れなくなってしまう、と危惧したクライヴは狩猟祭が始まる前までに何とかティアーリアとやり直したい、と考えたのであった。








 ティアーリアは自室の椅子に座り、部屋に付いている窓からぼうっと外を見下ろしていた。


 クライヴから再度面会の申し出があった、と今日の朝食時に父親から聞かされティアーリアは信じられない気持ちでいっぱいになっていた。


 何か誤解があるんだろうから二人でしっかり話しなさい、と言われたが話す必要等あるのだろうか?

 クライヴは、妹のラティリナが好きで、恐らくラティリナもクライヴが気になっているのだろう。


「何も話す事など無いのに……」


 ティアーリアは、自分宛に届いているクライヴ以外の男性からの顔合わせの申し込みに視線を向ける。

 父親の手前、もう一度クライヴと話すと言ってしまったが結果は明白なのだ。

 ティアーリアは複数の顔合わせ申し込みの中から数枚手に取ると中身を確認し始めた。






 あれから数日後。

 クライヴとの約束の日が訪れ、ティアーリアは気持ちが晴れないままその日を迎えた。


 もうすぐ、あの門の向こうから自分が恋焦がれた男性が自分に会いに姿を表す。

 そわそわと落ち着かない気持ちになりながら、ティアーリアは浮き立ってしまう自分の心に嫌になる。

 もう、クライヴは諦めなければいけない事は頭ではわかっているのに気持ちが追いつかない。

 ふらふらとどっちつかずなままこの日を迎えてしまい、ティアーリアは溜息をついた。


「もう……物理的にクライヴ様から離れないと駄目ね」

「──お嬢様?」


 ぽつり、と呟いた言葉が自分の近くに控えていた使用人に聞こえてしまっていたようだ。

 ティアーリアは誤魔化すように微笑むと「何でもないわ」と侍従に向け言葉を返す。

 不思議そうな表情をしながらも、侍従は口を噤むと真っ直ぐにクライヴが来るであろう方向へと向き直った。


 それから程なくして、クライヴが到着するのを視線の先でティアーリアは見つめた。

 邸の門の前で馬車から降り立つと、ふ、とこちらに視線を向ける。

 ティアーリアの姿に気付いたのだろうか、クライヴは嬉しそうに瞳を細めて微笑むと足早にこちらに向かってくる。


「ティアーリア嬢、本日はお時間を頂きありがとうございます」

「いいえ……こちらこそ先日は申し訳ございませんでした」


 クライヴがティアーリアの目の前でぴたり、と立ち止まると自分の胸に手を添えて軽く腰を折る。

 顔合わせ相手への最上の礼に対してティアーリアは驚きに微かに目を見開くと自分も謝罪の言葉を伝える。

 自分の手のひらを流れる動作で掬い取ったクライヴは、恭しくティアーリアの手の甲に口付けを落とすと驚きに目を見開いたティアーリアに蕩けるような視線を向けて微笑んだ。


 クライヴの行う動作は、顔合わせが続いている令嬢相手への動作だ。

 その事から、しっかりとクライヴの意識が伝わってきてティアーリアは混乱する。

 クライヴはまだ、ティアーリアとの関係を続けたい、という確かな強い意思表示。


 ──何故、ラティリナはいいの


 ティアーリアが混乱している内にクライヴはティアーリアの手を取ると、そっと腰に手を添えエスコートの態勢を取る。


「ティアーリア嬢、私達は言葉が足りなかったようです……クランディア家の素晴らしい庭園を歩きながら少しお話致しませんか?」

「え、ええ……分かりました……」


 どろっと蜂蜜を煮詰めたような甘い視線にひたり、と見つめられクライヴに甘く囁かれてティアーリアは目を白黒させる。

 視線と声音が今まで感じた事のない程に甘い。

 胸焼けしてしまいそうな程のクライヴの態度に、言われるがままティアーリアは頷き、クライヴにエスコートされるがままゆっくりと庭園へと向けて歩き出した。


 こちらの会話が聞こえない程度の距離を取り、使用人達がそれとなく二人の後を着いてくる。

 ティアーリアは自分の家の使用人達に真っ赤に染まった自分の頬を見られたくなくて必死に熱を冷まそうとするが、後から後からクライヴに話しかけられて上手く行かない。

 今日の自分達の様子を報告する義務のある使用人達に見られているのがとてもいたたまれなくて、ティアーリアはそっとクライヴから視線を逸らした。


「ティアーリア嬢、何故私から目を逸らしてしまうのですか? 私の顔をもう見たくない、とそこまで思う程に私はあなたを傷付けてしまいましたか?」


 悲しそうに眉根を寄せてそっと頬を滑るクライヴの指先にティアーリアは羞恥心で自分の顔が真っ赤に染まるのを感じる。

 何故、突然態度が豹変してしまったのか。

 今までだってクライヴはとても優しく微笑んで会話をしてくれていた。

 思いやり溢れる態度や行動で時には自分の事を話し、こちらに自分を知ってもらおうと様々な話しをしてくれていた。

 だが、そこでティアーリアははたり、と気付いた。


 通常の顔合わせはお互いの事を知ってもらう為に物理的にも、精神的にも距離を保ち顔合わせに臨む。

 柔らかい好意の色を相手に向ける事はあるが、ここまで愛情を顕にして行動をする事がとても珍しいのだ。

 重い愛情は時として相手に避けられる危険性がある。忌避される可能性があるのだ。

 それなのに、何故クライヴは今自分にこんなにも甘ったるい視線を向けるのか。


「ク、クライヴ様……っ、お顔が近くて……、少し離れて下さい」

「──今あなたを離したら、私は一生後悔するでしょうね。あの日のような絶望を味わう位なら、あなたに恋焦がれて哀れな姿を見せるのも厭わない」


 そっと耳元で囁かれてティアーリアは全身を駆け巡る何とも言えない甘い痺れにぶるり、と体を震わせる。


 これ、は誰なのか。


 全身で逃がしたくないと言うようにティアーリアの腰に添えられたクライヴの手のひらに力が籠る。


「クライヴ様から、離れませんので一回お顔を離して頂きたいのですっ」


 ティアーリアは泣き出しそうな気持ちになりながら、か細く悲鳴を上げるようにクライヴに懇願した。


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