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六話



「お嬢様、お客様がいらっしゃいましたよ。入りますね」


 クライヴを案内してくれたメイドがある一室の前で足を止めると、扉を控え目に数度ノックすると、そっと扉を開けた。


 部屋の主から入室の許可を得ていないのに大丈夫なのか? と驚くクライヴに、メイドは悲しそうに微笑むと教えてくれた。


「お嬢様は、お声を出すのもお辛い日もございますので……私達使用人共はお声を掛けた後に入室する許可を頂いているのです」

「……そうか」


 クライヴはどう答えれば正解なのか分からず、短く一言答える事しか出来なかった。


 メイドが開いた扉の奥、少女の室内は昼間というのに窓のカーテンが閉められ、明かりは室内に置かれた小さいランプのみだった。

 その光が薄ぼんやりと室内の狭い範囲を照らしており、ベッドの上で体を横たわらせる少女が辛うじて薄い光に照らされている。


 そっと室内に音を立てないように入室するメイドに倣い、クライヴもなるべく足音を立てないように入室すると、静かにメイドがお茶の準備をし終わるとそっと扉の傍に控える。


 その姿を横目で見ながら、クライヴは足音を控え目に立てながらベッドに横たわる少女に近付いて行った。


「──っ」


 クライヴは、自分の目に飛び込んで来た少女の姿に驚きに微かに目を見開いた。

 八歳と言うには線が細過ぎて、体の成長も病に侵されているせいか、体も小さくとても八歳の子供だとは思えない程弱々しかった。

 顔色も青白く、唇も血の気が失せ薄らと開いている目も窪み生気を感じない。


 その開かれた目から瞳がゆっくりと動き、自分を見た。

 少女の瞳に自分の姿が映った事に肩を跳ねさせるとクライヴは慌てたように唇を開いた。


「僕はクライヴ・ディー・アウサンドラ、って言うんだ。君は?」


 咄嗟に自分の名前を名乗ると、目の前の彼女に話し掛ける。

 クライヴは話し掛けてから、自分の失態にしまった、と胸中で舌打ちをしたい気持ちに駆られる。

 先程メイドが「声を出すのも辛い日がある」と言っていたのに、わざわざ名前を聞いてしまっては彼女は自分の名前を名乗らなくてはいけなくなってしまう。

 クライヴは、わたわたと慌てながら両手を自分の胸の前に持ってきて続けて声をかける。


「いや、えーっと、君を何て呼べばいいかと思って……!」

「──ふふ、」


 正式な名乗りは上げなくていい、と言うように慌てて言葉を紡ぐクライヴにベッドの少女は控えめに微笑むとゆっくりと唇を開いた。


「……ティー、って呼んで下さい」


 かさかさに掠れた声で少女がそう答える。

 クライヴは明るく笑うと、「可愛い名前だね」と少女に向けて言葉をかける。

 "ティー"というのは少女の正しいファーストネームではない事は分かった。

 恐らく、家族や親しい人間から呼ばれている愛称なのだろう。通常、初対面の人物に愛称を伝える事は殆どない。

 だが、正しい自分の名前を伝える程の気力や体力が無いのだろう事を察したクライヴはにこやかに少女に話し掛ける。


「ティーは、どんな動物が好き?」

「動物……?」


 少女がうろ、と視線を空中にさ迷わせているのが分かる。

 クライヴは焦らずティーの回答を待つ。

 程なくして、好きな動物──正しくは、自分が知っている動物、ではあるがティーは唇を開いた。


「鳥さん……、私は鳥さんが好きです」


 かさかさの声でそう答えるティーに、クライヴは笑う。


「僕も好きだな。小さい鳥も可愛いけど、おっきくてかっこいい鷲や鷹も好きなんだ」

「……大きい鳥さんは、見た事がないです」


 ケホケホと咳き込みながら「見てみたいなあ」と微笑むティーに、クライヴはそっと近寄るとお水飲む? と聞いてやる。

 ティーが小さくこくり、と頷くのを確認すると扉の傍に控えていたメイドが硝子のグラスに水を注いだ物を持ってくる。

 クライヴはそのグラスを受け取ると、一緒に渡されたストローを差してティーに「飲める?」と聞いた。

 顔のすぐ側まで持っていったグラスのストローにティーは唇を寄せると、そっと水を何口か飲み込みほう、と息を吐いた。

 枕に深く頭を預けるティーの髪の毛を指先で梳いてやりながら、クライヴは今日はここまでかな、と眉を下げる。


「ティー、また明日会いに来てもいい? 辛かったら頷くだけでいいよ。……僕はまたティーとお話したい」


 クライヴの言葉にうっすらと目を開けたティーは、嬉しそうに微笑んでこくり、と頷いた。

 クライヴはそのティーの微笑みに嬉しそうに笑うと、そっとティーの額に口付ける。


「お母様がよく眠れるおまじない、って言って額に口付けてくれるんだ。ティーもよく眠れますように」


 クライヴはティーの前髪をそっと直してやると、また明日ね、と言い手を振る。

 驚きに僅かばかり目を見開いたティーは、照れくさそうに笑うとそっと小さくクライヴに手を振ってくれた。





 きっと、初めて会ったこの時に自分は既にティアーリアに惹かれていたのだろう。

 儚げに微笑む少女に。全てを諦めたような瞳をしているのに、けれど瞳の奥底には生への執着があった。

 その強い生への執着が、本当は生きたいと願う強い気持ちが隠れた瞳に惹かれた。

 何か自分が少女の生きたい、と願う気持ちの後押しに、手助けを出来たらいいと思ったのだ。


 だから、クライヴは自然と明日も来るよ、と伝えてしまった。

 父親の了承も得ていないのに勝手にこの地に留まり、明日も会いに来ると約束をしてしまった。


 クライヴはティーの自室から出たあと、父親に何と説明しようか、と頭をかいた。





 クライヴがどう父親を説得しようか、と悩んでいたのが嘘のようにこの伯爵領への滞在延長はあっさりと認められた。


「え……いいのですか、父上」


 あまりにもあっさりと許可をくれた父親にクライヴは驚き、思わず聞き返してしまう。

 そんな息子に苦笑しながら、父親であるアウサンドラ公爵は頷いている。


「構わないよ。今の所急ぎの仕事も無いし、一週間程であれば滞在も可能だ。その間、私は伯爵と話も出来るし街を視察する事も出来るから気にしないでクライヴは自分がやりたいと思った事をやりなさい」

「──ありがとうございますっ」


 一週間、一週間も時間を取って貰えた。

 クライヴは嬉しさに笑顔を輝かせると、近くにいたメイドに声を掛け、絵本や動物の図鑑がないか聞いている。

 その息子の後ろ姿を見ながら、アウサンドラ公爵は微笑むと自分の前にいるクランディア伯爵に笑って見せた。


「どうやら私の息子はクランディア伯爵のご令嬢に夢中になってしまったみたいだ、ご令嬢のご負担にならないように言っておくよ」

「いえ、いえ……っありがたい事です。ティアーリアの妹も体が弱く、母親は妹の体調を見る為にこちらに連れて来れずティアーリアは寂しい毎日を過ごしていたと思うんです……っ同じ年頃の、しかもアウサンドラ公爵のご子息と共に過ごす事が出来て娘も嬉しいでしょう」


 くしゃり、と表情を歪めて礼を述べるクランディア伯爵にクライヴの父親はそっと彼の肩に自分の手を乗せた。

 クランディア伯爵も辛い毎日を送っていたのだろう。愛する自分の子供が病に侵され、日々弱っていく姿を見るのはどれだけ辛かっただろうか。


 自分の息子が関わる事で、少しでもティアーリア嬢が元気になってくれればいい、とアウサンドラ公爵はそっと窓に視線を向けた。

 窓の外は夕日が落ち、夜空に煌めく星々がこの邸を見守るように輝いていた。







 翌日からクライヴは、手に沢山の図鑑や絵本を持ってティーの自室へと通うようになった。


 翌日ティーの自室にお邪魔した時は、前日と変わらない様子でベッドに深く沈みこんでいたので、クライヴは無理に喋らなくていい、と伝えて絵本に出てくる動物や、図鑑を広げて様々な動物を説明した。

 「この動物は見た事がある?」と聞けばティーは頷くか、首を振るかのどちらかで答えて、クライヴはその後にその動物が何処で会えるかや、自分が会った事のある動物だった場合は様子を面白おかしく語ってティーを微笑ませた。


 顔を合わせるようになって数日目には、ティーは少しの時間であればベッドに上体を起こせるようになったので、少しだけカーテンを開けて一緒に窓の外を見ながら鳥があそこにいる、と眺める事が出来た。


 少し話が出来る時にはカーテンから差し込む光がクライヴの瞳を輝かせて、虹色に煌めく珍しいクライヴの瞳をティーは眩しそうに瞳を細めて「瞳の中に虹が閉じ込められているみたい」と微笑んだ。


 クライヴが話す物語達を嬉しそうに、楽しそうに微笑みながら聞いてくれるティーに、クライヴはティーと共に過ごす毎日がとても楽しくていつまでもこの時間が続いてくれればいいのに、と願う程だった。

 けれど楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 滞在期間の一週間がもう残す所あと一日となってしまった。


「ティー……僕は明日帰らないといけないんだ……」

「え……っ」


 いつものようにティーの部屋で話をしていたが、クライヴはティーの手を握り会話が途切れた瞬間にそう切り出した。

 肉の付いてない皮と骨だけの細いティーの手を握り、クライヴはそっとティーの甲を撫でる。

 悲しそうに瞳を細めるティーの表情を見て、クライヴはくしゃりと自分の表情を歪めると「帰りたくないな、ティーのそばに居たい」と駄々をこねるように言葉を零す。


「まだ、沢山ティーに話せてない物語もあるし、この窓から雀に餌やりも続けたいし、ティーと外を散歩したいのに……」

「……そうしたら雀への餌やりも、私が続けます。お外へも、頑張って行けるようにしておきます」


 決して次会う時には、という言葉をティーは使わなかった。

 クライヴが居なくなってしまった後は代わりに自分が続けるから、と。だから気にするなと言うように微笑まれる。

 その微笑みが悲しい程美しくて、クライヴは耐えれなくなって涙を零した。


 ──明日会うのが最後かもしれない。


 そんな恐ろしい想像をしてしまって、クライヴは恐怖でその日眠る事が出来なくなってしまった。

 そうして、クライヴは翌日ティーと共に最後になるかもしれない時間を共に過ごした。









 ──ガチャン、と硝子が落ちて割れる音に反応して、クライヴはのそり、と突っ伏していた自室のテーブルから顔を上げた。


 懐かしい夢を見ていた。


「もう、九年も経つのか……」


 長い長い九年だった。

 ティー、ことティアーリアの療養する領地から戻り程なくして母親が体調を崩し、病に倒れた。

 今では元気に回復したが、倒れてから2年間慌ただしい毎日だった事を思い出す。

 母が回復してほっとしたのも束の間、国の貴族が他国と通じていたらしく国境で争いが起きた。大きな戦争には発展しなかったが、事後処理や、国を裏切った貴族達が複数いたらしく、その事後処理に追われ父親は慌ただしい日々を送っていたし、公爵家も慌ただしい毎日を過ごしていた。

 事後処理が終わって、家が落ち着いたのが母が回復してから四年の月日が流れていて、ティアーリアと過ごした日々から六年もの月日が流れていた。


 落ち着いた日々になり、あの時の少女は今も元気に過ごしているだろうか、と少女を探そうとしたが、あまりにも月日が経っていたのであの日自分が訪れた領地がどの貴族の領地で、その領地を治める貴族が誰だったのか、家名をすっかり失念してしまっていた。

 覚えているのは少女の顔と、「ティー」という愛称のみ。


 父親に聞けば分かるだろう、と思い確認しに向かったが、「覚えていない」と言われてしまった。

 今思えば父親は自分で思い出し、思い出せたら求婚しなさい、と思い手助けをしなかったのだろう。

 探し出せなかったらそこまでの気持ちだったのだから潔く諦めろ、と言いたかったのだと思う。


 クライヴは、それから3年掛けてティーという少女を必死に探した。

 結局は、世間の噂に踊らされ姉と妹を勘違いしてしまっていたが結局間違えて名前を書き込んだティアーリアがあの時の少女本人だった。

 今では間違えて記載して良かったとさえ思う。そうしなければ、自分はティアーリアと再会する事が出来なかったのだから。


「……ティアーリア、お願いだから……もう一度会って話をしたい……」


 クライヴは項垂れて再度テーブルへと突っ伏した。



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