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翠の子  作者: 汐の音
6章 掌中に収まらぬ宝

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73 捕らわれのスイ※

「わたし、ここ嫌い」

「だろうな」


 大通りに面した巨大な石造りの塔は、地元民の間では側で見上げ続けると首が痛くなることで有名だ。

 入り口の真ん前。

 歩道のさ中に立ち、姉妹は仲良く揃いの姿勢で、痛くならない程度に塔を見上げた。


 大陸中の「もの作り」を束ねる職工の大ギルド連合。

 その、膝元たるケネフェルの副都で、じつは影の権力者なのでは……? と、日ごろ噂されているのが目の前の新式魔術師ギルドだ。


 別名「付与魔術師のギルド」。塔は六階建て。他の家屋は二階建てか平屋が主であることを考えると、突き抜けた馬鹿でかさだった。


 世の注目を集める花形産業ということもあり、ひとの出入りは多い。客層は何らかの事業主や、黒ローブをまとった同業の魔術師らしい姿が目立つ。



 現在は午前十時より少し前。

 街の入り口で呼び止められ、キリクの尋問に至るまでの時間を取られたのは痛かった。

 ギルドの受付開始時刻は九時。スイは、もうすでに最上階だろう。

(まだ吹っ飛んでないし。大丈夫だよな?)


 歩き出そうとすると、エメルダにまた袖を引っ張られた。


「ね、セディ……ア姉さん」

「ん?」

「おかしいわ。ここ、すごく変」

「……どの辺が?」


 眉をひそめる。

 エメルダの勘は鋭い。短い期間だが経験上、身を以てよく知っている。


 エメルダは、くしゃりと顔を歪めた。見上げる瞳にも口調にも、先ほどまでの余裕は何処にもない。

 どころか、喉を詰まらせたような潤みがある。


 ――泣き出す、一歩手前の。


「いないの。()()()()()()()()()誰もいない。この塔の中も。周りも」

「? 『誰も』? ……うじゃうじゃいるぜ?」

「違うの、そうじゃなくて!」


 ぶんぶん、と頭を横に振ったエメルダが焦れたように叫んだ。

 何だ何だ、と周囲の耳目を集めたことに冷や汗を垂らした()()()()は「ちょっと」と言いつつ細い腕をとり、歩道脇の植え込みへと身を寄せる。

 屈み込み、顔を寄せた。


挿絵(By みてみん)


「――どうした」


 そぅっと、頭を撫でると泣きそうな碧眼と目が合う。

 ふいに翠の色が恋しくなった。

(やっぱり、こいつには極上の緑柱石(エメラルド)が一番映えるよな……)


 思考も脇道に逸れたが、きちんと訊くべきことだった。元々、新式魔術師の塔(ここ)はまともな場所じゃない。

 人間に見えず、宝石の精霊にしか見えない何か――となると、ある程度を予想できた。


 どこか怯えをまとった表情で少女は告げた。


「精霊が……いないの。元素霊(エレメンタル)じたい、とっても少ない。息が苦しいわ。すごく悲しい。こんな――……こんな場所に、師匠は入っちゃったの?」




   *   *   *




 塔の最上階で、スイは少なからず驚いていた。

 言い方はよくないが、ばっくれようとした。門の子を喚び出してそのまま去ろうとしたのだ。なのに。


「……結界? 私が王城に張り巡らせた守護の術とは違うね」

「えぇ。前回のように鮮やかに逃げられては悔しいので。色々考えたんですよ」

「暇だね」

「何とでも」


 ソファーに掛けたまま、スイは口許に指をあてて思案した。逃げられないことはない。はず。


 でも――たしかに、それじゃ何の解決にもならない。

 ヨーヴァは(ねじ)れてしまった。説得は無理でも打開策は得られないだろうか。

(もうちょっと、頑張るか)


「……何が目的? 私を閉じ込めてどうしたいの。なぜか、誰かさんのおかげで不老なだけで、何処もかしこも人間の体なのに」


 捻れと狂気をまったく感じさせない爽やかさで、ヨーヴァは笑った。軽やかですらあった。


「私の願いは昔と変わらない。貴女を手に入れたいんです、スイ」

「だから。仮に、魔術の使えない無力な私を『手に入れ』たとして、いったい何がしたいの? 悪事のあらかたに手を染めて、もう老い先短い崖っぷちのくせに。

 いい? “時の子”は厳正なる摂理の担い手。どこであろうと“門”の内側なら必ず作用する。愛情を以て看取って欲しかったのなら、もう少し良い子でいるべきだったね」

「ひどいな」


 言葉とは裏腹に、ちっとも非道と(そし)る気配のない表情。スイは首を傾げ、ますます怪訝顔となった。

 ヨーヴァはやさしげに積年の想い人へと囁きかける。


「三十七年前、貴女を作り替えるためにオニキスに魂を移したでしょう? 似たことで、同じことです。

 ……気づきませんか。ここの、女。地道な努力が実を結んだ第一号なんですが」


 いけしゃあしゃあと『努力』を口にする厚顔無恥ぶりに、思わずまなざしが氷点下となる。

 横っ面を(はた)き倒したい衝動を堪えつつ、スイは苦労して口をひらいた。


「? この女性(ひと)……たぶん、琥珀(アンバー)だよね。でも何か変。精霊の気配じゃない」

「そう」


「…………、え」


 沈黙のあと。

 みるみるうちにスイの顔が青ざめた。とっくに真っ黒な瞳が、限界までみひらく。


 うそ。

 嘘だと言って欲しい。意思を奪われ、傀儡(くぐつ)とされたのだと思っていた。騙されることは本来大嫌いだが、気づいた真実に震え、戦慄が走る。


 おかしい。目の前の男はやっぱりおかしい。狂ってる――――!!



「長年、私に仕えた秘書の魂が入っています。体は()、琥珀の精霊体でしたが」


 同じことですよ、貴女と。


 ――と。

 とても嬉しそうに、ヨーヴァは告げた。


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