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翠の子  作者: 汐の音
6章 掌中に収まらぬ宝

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72 副都潜入(後)

 馴染みのある雑踏。建ち並ぶ露店。客引きの声に笑顔で手を振る異国からの一団。慣れた足どりで人混みを縫うように歩く地元の住民。

 山岳の国ケネフェルの副都――職工の街は、記憶と寸分違わぬ姿でセディオら一行を迎えた。


()()()()()()


 ぱたた……と軽い足音が背後から近づき声を掛ける。「(わり)い、つい」と、その美女は答えた。

 ふ、と小豆色のふわふわ髪、青い瞳のエメルダが笑みほころぶ。


「やっぱり、変」

「うっせえよ」


 ――変えたのはお前だろうが、の一言は寸でで飲み込んだ。文句はあとでたっぷり、彼女に指示を出したウォーラに言えばいい。


「ほら、手」

「ん」


 はぐれてしまわぬよう、今度はしっかりと手を繋いだ。仲のよい、見目よい姉妹だな――と、周囲の男性らは概ねやに下がっている。

 セディオは舌打ちし、目立たぬよう悪態をついた。


「くっそむかつく。あいつら、ちょっと見映えのいい女だとこんなにもガン見すんの? まじうぜぇ」


 ――――この豪華絢爛美女から、どこをどうすればこんな罵詈雑言が飛び出るのやら……と。

 呆れてしまったエメルダも、やはりくすくすと笑った。


「仕方ないよ、姉さん。わたしもびっくりだわ。まさか()()()()()()()()()、こうも印象が違うのかって。……どうする? ずっとそのままでもいいのよ? こっちのほうがわたしは好きかも。師匠も安全だわ」

「冗談。俺は男のほうが断然いい」

「はいはい」


 特徴ある髪色の姉妹二人連れはそれなりに目立つものの、難なく検問を抜けて街を歩いた。

 灰色の外套の下でチャリ、と学術都市の身分証(プレート)が鳴る。セディオは無意識にそれを、布地の上から握り込んだ。


 (……キリクが、事情聴取に取っ捕まったのは予想外だったけどな)




   *   *   *




 街の私設兵団は、無能ではなかった。

 ほんのわずかな時間しかともに出歩かなかったはずのセディオとスイ。そのスイの容貌は、鮮明に門を守る兵らの記憶に残っていたのだ。――連れの少年まで、ばっちりと。


 先を歩くセディオの胸の内が伝わったのか、エメルダが元気付けるように二度、いつもよりも数段柔らかな手を引いた。


 (?)

 感触につられ、セディオはちらりと後ろを眺め見る。見馴れない、自分と同じだという青の瞳と宙で視線が交わった。


「大丈夫。黒真珠さんも付いてるもの。キリクもまずいことは絶対喋らないし。門で足止めなんて可哀想だけど、私達でスイを助けましょ!」


 ぐっと握った拳も固く、高らかにエメルダは仮の姉を鼓舞した。小豆色の髪の美女は、脱力した笑みを口許に浮かべている。


「まぁ……黒真珠(あいつ)、他人を(けむ)に巻くのがやたらと上手そうだし。ひょっとすれば、あとで合流できるのかもな。

 ()()()()()()()。お前にはキツいだろうけど新式魔術師のギルドタワーはあっち……って、おい? どうした」


 くんっ、と。

 歩速の鈍った少女に引かれ、セディオは軽くつんのめった。女性の身体は未だ勝手がつかめない。妙にふわふわする。

 エメルダは気のせいでなければ少し潤んだ瞳で、頬を赤らめていた。


「やば……、女のひとのセディオさんから『おいで』だなんて。不覚にも師匠みたいでときめいちゃう」

「……」


 ――よくわからないが、著しく少女の心の琴線に掛かってしまったらしい事実は棚上げし、セディオはここぞとばかりに(あで)やかに微笑んでみせた。


「頼むから『姉さん』で宜しくな。その名前、もう知れ渡ってるみてぇだし」

「え。う、うん。ごめん。えぇと……姉さん」



 いちおう、名を問われれば『セディア』と答えることにはしてある。

 まだ赤い顔のまま、俯き加減になったエメルダの小さな手を引き、セディア姿のセディオは黙々と歩いた。


 朝陽さす街の中央。王の城のように君臨する魔術師の塔(ギルドタワー)めがけて。


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