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翠の子  作者: 汐の音
4章 枷と自由

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54 女王からの通達?

「じゃあ、組立式の寝台と絨毯三枚……と。こちらなんていかがです?」


 結局、若手の従業員がまごまごしている間に店の女主人らしき人物が現れ、無難な接客で、今回の買い付け最後の品定めが始まった。スイと黒真珠の二人は、いかにもマダムと呼べそうな恰幅の良い婦人に連れられ、店の奥へと案内される。


 色とりどりの毛織物。単色で染めのないシンプルなものから、様々な色糸を用いて複雑な幾何学模様を描いたもの、タペストリーのように風景を描いたもの。大小の程度はあれど、どれも質の良いものとわかる。山岳地帯の民の手仕事だろう。それらが、所狭しと陳列されていた。

 スイは、そっと手を触れ、確認し――あっさりと頷く。


「わかった。ではこのデザインで色違いを。青系と黄から(だいだい)系、それに深緑か黄土色のものはある?」


 即決の気前よさが伝わったのか、店の女主人は思わず相好を崩す。


「ございますよ。ただいま、店の者に用意させますので……寝台もご覧になりますか? そちらに展示してあるのが組み立て済みのものです。丈夫な逸品ですよ」

「ふうん……」


 これもまた、スイが一人であちこち触り、確認する。やがてにこり、と微笑んだ。


「ありがとうマダム。とても良い品だ。ついでに幅の細い荷車も見立ててくれると助かる。見てのとおり……買いすぎちゃって」


 両の手のひらを天に向け、おどけたように肩をすくめる魔術師に、斜め後ろの青年がぶふっ! と吹いた。


 きょとん、と瞬いたマダムが再び笑み綻ぶ。「もちろん、結構ですよ」と請け負い―――商談成立。

 チリンチリン……と、来たときよりも賑やかに扉の鈴を鳴らし、黒髪の二人連れは家具店をあとにした。





「で、どうする? スイ。帰る?」

「んー……そうだなぁ……」


 今は四つの車輪を付けた小型の荷車を、公共の荷トカゲに曳かせている。一人掛けだが御者席もあり、手綱を黒真珠が握る。

 スイは荷台の隙間にちょこんと収まっている状態だ。これはこれで、楽しい。


 ただし王都の旧商工会が所有するトカゲなので、使役できるのは都の中だけ。出口の関所で返却せねばならない。荷車はこれから使うこともあろうかと、思いきって購入したが……

 つかの間、スイは思案した。


「とりあえず、関所の手前で甘いものとか買って帰ろう。トカゲ君は返しても大丈夫」

「さすがに僕は曳けないよ」

「ふふっ! わかってる、そこまで無茶ぶりはしない」

「どうだか……」


 拗ねた口ぶりだが、黒真珠の表情はふわふわと幸せそうだ。後ろから身を乗り出してそれを確認したスイは、困ったように笑んだ。


「あのさ、さっきの守護の件だけど――」


 と、耳許で切り出したとき。

 ふと、車道の前方が騒がしくなった。


「? 何だろう……検問?」

「かも。この先は宿場街と南の関所しかないはず……っとと」


「おい! そこのトカゲ車、しばし待て。通達がある」


 びりり、と大音声を響かせて、大柄な騎士が部下を数名引き連れてやって来た。関所の方向からだ。

 スイと黒真珠は大人しく指示に従う。周囲の馬車や荷車も同様に止まった。歩道を行き交う民びとも、何だ何だと騒がしく集まる。


 騎士は、辺り一帯の衆目を集めたことを目視で確認すると―――ごほん、と咳払いを一つ。辞令らしき紙を広げ、先程より落ち着いた声音で話し始めた。


「知っての通り、ここは我らが敬愛すべきケネフェル女王の膝元。王家の方々も暮らす古き街。だが……由々しきことにお一人、(かどわ)かしに遭われた。第二王子セディオ様だ。これは、議会よりの正式な通達である」

「……!」


 ざわ、と周囲の人びとがさざめく。第二王子――? と、皆、口々に囁きながら。

 それはそう。公式通達で、この国に王子は一人しかいなかったはずだ。


「静粛に!」


 パン、パン! と手を打ち、一同を静まらせた騎士は再び声を張る。辞令書はすでに丸められ、小脇に抱えられていた。騎士はぐるり、と面々を見渡す。


「皆の驚きも(もっと)もだ。女王陛下と大公閣下より、第二王子殿下は外部にお命を狙われる立場にあったため、隠されていたとの公表も併せてあった。御年は二十六歳。最後にお姿が見られたのは副都……職工の街だ」


 どきり、とスイと黒真珠の心臓と……おそらくは核が跳ねた。

 いや、まさか……と。そっと外套の上から胸元を押さえ、魔術師は騎士の次の言葉を待つ。この通達は―――()()()()、と言った?


「何でも、姿を消される前日、長い黒髪の女性とともに居たのを何名かが目撃したそうだ。よって、今から少々改めさせてもらうが……関連の情報があれば教えてほしい。以上だ!」


 黒真珠は、ちらっと後ろを窺った。(どうする?)と唇の形だけで問いかける。

 荷台で、幸い深くフードを被ったままだったスイが素早く左右に視線を走らせる。

 ……さすが王都直属騎士団。早い。あとわずかでこちらにも検分の者が訪れそうだ。


「ふぅ……しょうがないなぁ……」


 スイは観念のため息を小さく溢すと―――はらり、と、みずからフードを取り払った。


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