52 細工師の拘り
――もう、かれこれ五分は経ったろうか。
翠の髪の精霊の少女と、細工師の青年が果てしなく口論している。
「お前なぁ……ふざけてんの? 却下だ、却下」
「! 何でよ? よく見なさいよこの可憐な出来映え! すごく可愛いじゃない!」
「あーうるせぇ。いや、可愛いのはわかる。女子だもんな、お前一応」
「一応じゃないわよ……!」
「うーん……」
両者、一歩も譲らない。
いち早くプレートのデザイン画が描けたと、ほくほくとセディオのもとにそれを見せに行ったエメルダだったが。
ちなみに、キリクは我関せずと腕を組み、ときたま唸りつつ自身のデザイン画と向き合っている。なかなか出来ることではない。凄まじい集中力だ。
ギィッ……と椅子を軋ませつつ、片腕で頬杖をついたセディオは少女に半身を向けた。目許には言いようのない呆れが漂っている。
「いいか? 別に趣味がどうの、技術的にどうのって話をしてるわけじゃねぇんだ。用途としておかしいだろ、これ」
「どこがよ」
ふて腐れている少女に、青年はトントン、と人差し指で机に置かれたデザイン画を叩いてみせた。
半紙には、のびのびとした筆致で装飾的なプレートが描かれている。五枚の花弁を広げた花の形。中央に日光石。ブルーブラックのインクでくるん、と弧を描いて引かれた線の先には、“石は端っこでもいいのよ!”と走り書きがあった。
……やっぱり可愛い。
まじまじと半紙を眺め、うんうんと頷いたエメルダは小さな顔を上げると、じとり、と横目で青年を睨んだ。
「わかるように言って。納得できれば直すわ」
「まぁ……そうだよな。悪ぃ。例えばこれ。形だが」
ちょっと大人げなかったか――と、冷静になったセディオは言葉を区切り、なるべく穏やかに説明を始めた。
「あとで都市の長……ウォーターオパールに《認証》の魔法を刻印してもらうんだろ? その媒体が、図案化された梟の紋様とルーン文字だと聞いた。その花とあの梟じゃ、合わねぇよ。あと花弁が小せぇから文字がバラバラになる。まず、これで一点」
「え。……まだあるの?」
こくり、と青年は頷いた。
「次。スイは、『別にプレートでなくとも構わない。要は本人が納得して……』とか言ってたが。これ、罠だぞ」
「罠って」
エメルダは狼狽した。あのスイに、その単語はどうなの? ……――と。
対するセディオは真面目くさった顔でさらに説く。妙に実感の籠った表情と声だった。
「罠だろ。……考えても見ろ。性質上、ずっと身に付けてなきゃいけねぇんだ。原石のままで守り袋とかに入れても、持ち運びに不便だろ。適当な研磨じゃ、鎖に通して首から掛けても肌を傷付けるし一々邪魔だ。小振りな正方形、ないし長方形のプレートが一番用途に合ってる。これで二点」
「! 何よ、まだあるの…………??!」
翠の少女は涙目になった。
(もうやだこの大人。子どもにも精霊にも、全然容赦ない……!)
内心白旗をあげているというのに。
青年はお構いなしに、きっちり止めを刺しに来た。ことさら優しく丁寧に、一音一音区切って話す。
「三点目。これで終わりな。お前さ、ずぅーっと『若い精霊』でいるわけじゃねぇだろ? いずれ、なりたい精霊のイメージとかあるよな?」
「え? えぇ。それはもちろん――……あっ……」
「気付いたか」
セディオは青い目をすがめた。
エメルダは少々ばつの悪い顔。しかし、ぽつり、ぽつりと言葉を溢す。
「……ほんとは、スイみたいに……なりたいの。あと、地の司様にも憧れるわ。そうよね、あのひと達ならもっと、実用的なものにするわよね……」
(すっげぇ規範、持ち出してきたな……)
この際、浮かんだ感想は引っ込めておくことにした青年は、くしゃりと少女の髪をかき混ぜる。
「ん。じゃあ、もっかい描いてみろ。さっきのイメージは、加えられそうならこっちで適当に足しとくから」
「……うん」
心持ち肩を下げたエメルダは、再び隣の椅子へと戻った。
が、明るい翠の瞳には、先ほどと異なる真剣さが宿っている。
(もう、大丈夫だな)
ふぅ、と吐息して机上の置時計を見ると、すでに九時半。そろそろ茶でも淹れるか……と腰を浮かせた時。ふいに話しかけられた。
「あの、セディオさん。これでいけますか?」
「ん? あぁ」
再度椅子に座り、少年が持ってきた半紙にざっと視線を走らせる。
思わず、にやりと唇の片端が上がった。
「……いーぜ、これで研磨してやる。彫金の道具も出しとく。……あ、あと。悪ぃ」
「?」
きょとん、と瞬きをする少年。
青年はにっこりと告げた。
「何でもいいからさ、茶、淹れて来てくれるか?」
ちら、とエメルダに目線を流すと、キリクは直ちに意図を察した。空色の瞳がふわり、と和らぐ。
「……いいですよ。何か――果物もあったかな。つまめるように用意して来ますね。待っててください」
「あぁ。頼む」
閉扉のあと、遠ざかる控えめな足音に。
セディオは使い込まれた木の椅子に凭れて、ぐうぅっ……と大きく背伸びをした。
「―――……っは……。じゃ、やりますか」
愉しげな、独り言。
仕事を前に嬉々とする、どうしようもない特級細工師の顔だった。




