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翠の子  作者: 汐の音
4章 枷と自由

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46 地の小人(ノーム)の洗礼

 一行は坂道を下る。傾斜は緩いが長く、終わりが見えない。水晶(クォーツ)の浜辺を抜けてからおよそ三十分経った頃合いか、さすがに緊張感は薄まっていた。

 通路は再び洞窟のような様相を呈し、ごつごつとした岩壁がぼんやりと光を放っている。


「地の司どののお住まい……というくらいですし。結構深いんですね」


 最初は元気よく先頭を歩いていたキリクだが、今は三番手。殿(しんがり)のセディオのやや斜め前をきょろ、と辺りを見渡しながら歩く。


「まぁね。地の司(アーシィ)は、偏屈ではないけど属性には忠実なひとだから」

「属性? 大地の……という以外にも、何かあるんですか?」

「そう。“地”のもつ要素。安定、基盤、堅実、不動、あとは実り、安らぎーーかな。でも、ちょっとお茶目なひとではある」


 (……スイみたいだな)


 ふ、と口許を綻ばせたセディオの気配を察してか、先頭を歩くスイが肩越しに、わずかに後ろへと視線を流した。

 「どうした?」と、めざとく青年は問う。

 「いいや?」と答えて(かぶり)を振り、スイは再び前を向いた。


「なにも……ただ、アーシィのことだから。人型で、手ぐすね引いて待ってる気がする。そろそろ迎えが来るよ」

「迎え? ……あっ!」


 師と手を繋いで歩いていたエメルダが、目を丸くしてちいさく叫んだ。

 ぴたり、と足が止まる。予期していたのか、スイは動じず囁いた。


「わかる? エメルダ」

「う……うん。たくさんの、地の元素(エレメント)が動いてる。でも地震とか落盤とかじゃないの。これは……昇ってる。ここ、向かってる??!」


 滔々と感覚を表現した少女に、魔術師はにっこりと微笑んだ。


 「正解」



  ぼこん!


 「!!!」


 突如、目の前の地面が崩落し、大人が楽に落ちられるだろう穴が開いた。

 後方の男子らは、ぎょっとする。

 ーーが、(トラップ)の落とし穴というわけではなさそうだ。


 何か複数の生き物の蠢く気配がする。

 セディオ、キリク、エメルダが息をひそめて見つめるなか。それらは順に穴から這い上がり始めた。


“よいしょ”


“よいしょ。よいしょ……っと! 着いた?”


“着いた。当たり”


“当たった! やった!!”


「「「…………」」」


 三名は唖然とするなか、スイだけが動いた。

 二番弟子の手を放して四歩。穴から現れた茶色い巻き毛、人の子でいうと三歳児ほどの身の丈の生き物達に話しかける。

 声を掛けつつ目線を合わせるため、スッと片膝をついた。


“やぁ地の小人(ノーム)。久しぶり”


“久しぶり! 地の司の愛し子!”


“僕らみんなの愛し子!”


“命令なの。迎えに来たよ?”


 合わせて三体の地の小人(ノーム)はそれぞれ、よく似た面差しだった。三つ子といっても通じそうだ。

 ただ、年の頃は三歳とは言い難い。顔立ちは十四、五歳とも三、四十代ともとれた。凄まじく年齢不詳だ。

 耳は細貝のように長い。

 が、妖精(ピクシー)ほど上端が尖っているわけでもなく形状は獣のそれと近い。身近なものではロバの耳と酷似していた。


「かわいい…」


 エメルダがぽつん、と呟く。

 膝をついたままのスイが振り向き、にこっと笑んで後方の三名を左の手のひらで差し示した。


“紹介するよ。エメルダとキリク、それにセディオだよ。きのう上層の街に引っ越して来たんだ”


「こんにちは!」

「は……初めまして」

「宜しくな」


 “失われた言語(ルーン)”のなかに自分達の名を聞き取った三名は、仲良く三等分したかのような短い挨拶を添えた。

 地の小人達は好奇心いっぱいの黒い瞳をきらきらと輝かせている。


”よくわかんないけど、いらっしゃい!“


”いらっしゃい翠の子!“


”よく来たね、人の子!“


 ただ一人、この場で両方の言葉を理解するスイは、くすくす……と(こら)えきれず俯き、肩を震わせ始めた。


「なんて? スイ」

「ふふ……『いらっしゃい』『よく来たね』って。あ、貴方達ときたらお互い言葉は通じてないのに、ちゃんと会話が成立してるものだから。可笑しくて」

「へぇ」


 笑われてもいっこうに構わない。むしろ慣れたーーという風情。セディオはまじまじと三体の高位精霊を眺め見た。


 すると、それが合図だったかのように小人達はパッと動き出した。

 エメルダ、キリク、セディオの三名にそれぞれ一体が近寄り、強引ながら手を繋ぐ。


「えっ」


 さすがに動じる人の子ら。エメルダは嬉しそうににこにことしている。

 魔術師の女性は優雅な仕草で立ち上がり、ぱんぱん、と控えめに膝の土埃(つちぼこり)を払った。


“準備よさそうだね。じゃ、ノーム。あとはよろしく。先に行ってる”


“いいよー”


“任せてー”


“あとでねー?”


 ふわり、と柔らかな笑みを溢したスイはそのままひらり、とーーー



 目の前の、ぽっかりと空いた穴に身を投じた。


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