35 翻弄する乙女たち
サブタイトルを改めました。
階段は、ずっとずぅっと下まで続いていた。一行が降りて数分と経たぬうち、一歩先は真っ暗闇となる。
その絶妙のタイミングで、スイの声が、螺旋を描いてほぼ縦穴に近い洞窟内部に響いた。
“おいで。明かりの子”
途端にふわり、と周囲がやわらかく照らし出される。
「ごめん、私は慣れてて――その、つい忘れてた。怖かった?」
後ろを振り仰ぐ、白い面が温もりをともなう小さな明かりに浮かび上がる。先頭を行くスイの前に一つ。横並びに立つ兄妹弟子の左右に一つずつ。殿のセディオの傍らにも一つ。計四つの明かりが揺れている。
「いや、大丈夫。階段は真っ白だし、何となくわかる」
「わたしも。平気よ? 元々、真っ暗ななかで長いこと過ごしてたし」
「え。僕は……」
一同の視線が集まった。それを感じ、かれは少々ばつが悪そうに頬を赤らめる。
「……えぇと。はい、少し。でもあの、普通……初めて通る真っ暗なところって怖いですよね? しかも洞窟ですよ? これ、僕がおかしいわけじゃないと思うんですけど……っ?!」
少年は力強く言い募った。師である女性はうんうん、と腕を組み、神妙な顔で頷いている。
「……ん。キリクは正しい。ひとは、暗闇を怖れるように出来てるからね。何ら恥じることはない。
それに、確かそのうち明るくなるはずだ。降りきるまでの辛抱だからね。もうちょっとだけ我慢して」
何とか持ち直した少年と涼しい顔の青年は、それぞれ一つずつ頷き、翠の少女は「はーい」と、どこかのんびりとした様子で答えた。
魔術師に率いられた一行は闇のなか、ほのかに照らされた階段を再び降りる。
――――やがてスイの言うとおり、いくらも経ったろうか。ぽつ、ぽつと色とりどりの光が顕れ始めた。
ふわふわと舞い飛ぶ黄色や水色、白に桃色。多様な色や動き、輝きのそれに、三名は思わず目をみはる。
“ありがとう、明かりの子。もういいよ”
スイが失われし言語で口ずさむように礼を述べると、四つの灯火はひときわ明るく瞬き、すぅ……っと姿を消した。
既に、辺りはそれとは異なる幻想的な光の坩堝と化している。とても地の底とは思えない。
若干目映いものも混じっているものの、目を射るほどではないそれらに―――「ん?」と、何かを察したセディオは足を止めた。
「スイ。この光……生きてんの? なんか蝶とか蛍とか、そんな感じがする」
「あ、すごいね、わかるんだ? じゃあ……ちょっと待って。今、見えるようにする」
言い終えるが早いか、魔術師が指を小気味よくパチン! と、鳴らした。すると―――
「……っ!」
「わぁ……」
「!!」
次の瞬間。
三名はそろって、驚愕や感嘆の表情を浮かべた。
むき出しの黒っぽい岩肌。階段の終わりを示す平らな道。鍾乳洞のように水の滴る天井。そのあちこちに、透ける羽を生やした小さなもの達が飛んでいる。
「まさか、妖精……?」
「正解。本当に詳しいね、セディオ。しかも、もてもてだ」
姿が見えるようになった彼女らは、実に積極的だった。
セディオの灰褐色のマントのフードを勝手に外し、小豆色の頭に寝そべるもの。肩に座るもの。わざと顔の前を行き来し、ちらちらと光の燐粉を散らすものなど容赦ない。
みな、色とりどりの薄い花びらのような衣装をまとった麗しい乙女だ。正直、目のやり場に困る―――いや。目の保養なのだが内心恋人と定める女性の側で、これはいただけなかった。
少し前まで《女たらし》と名高かったはずの細工師の微妙な表情を、ほぅ……と、キリクは感慨深げに見上げる。
「意外ですね。セディオさんが女性からもてて、そんなに困った顔するなんて」
「うるせぇ、黙れ。惚れた女に好かれなきゃ意味ねぇんだよ……やっと目が覚めたってのに。つうか、こいつら全員お前にくれてやる。引き取れ」
「え……いりません。歩くの大変そうだし。……って、お師匠さま! エメルダ!? ~~ほら、置いてかれちゃったじゃないですか、セディオさんっ」
「は? 何だよ、俺のせいかよ!?」
平らになった道の先、女性陣の姿はとうにない。
辛うじて「おーい、キリク! 先に行っちゃうよ~」と、曲線を描く一本道の向こうから澄んだ少女の声が響いた。
キリクは「えぇっ?! ちょ、待って、エメルダ!」と、返事をしつつ慌てて駆け出す。
ぽつり、と。
「スイ、無視かよ……」と漏らされた青年の嘆きは、周囲を飛び交う妖精乙女らによって、くすくすと聞き流された。




