表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翠の子  作者: 汐の音
3章 人の子の禍福

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/88

33 ちいさな守護者

「下層部分?」

「そう。この食事が終わったら行こうかって、今朝キリクと話してた。行くでしょう?」


 時刻は午前七時二十分。

 パリパリの、こんがり焼けたパイ皮を突き崩してスープに浸し、ご満悦になっていたエメルダはもちろん、元気よくこれに答えた。スプーンを持っていない左手を挙げて、はいはい! と大きく自己主張する。


「行く行く、師匠。ここの地下、初めて来たときからすっごく気になってたの」

「ふうん? どんな風に?」

「どんな…? そうね。とっても大きくて、暖かいものや静かなもの。広くて大きいもの……そういう、つよくて豊かなものがたくさんいるってわかるの。地下に降りたらわたし、うっかり本体(エメラルド)に戻って寝ちゃいそうよ」


 黒髪の魔術師は、素直な精霊の少女の闊達(かったつ)さにくすくすと笑った。


「さすがだね、概ね合ってる。……セディオは? 四人で行った方がいいと思うよ」

「俺? …あぁ、もちろん。必要なことなんだろう? さっさと済ましちまえばいい」


 そう言うと、意外に綺麗な仕草で焼きたてのベーコンエッグをナイフで適当に切ると、くるくると器用に巻いてフォークに刺した。そのまま、すっと口に運ぶ。



「何? なんか、付いてる?」


 視線を感じたのか、セディオは訝しげに青い目を細めた。

 スイは頬杖をつき、「いいや? 何も」と言いつつ、正面に座る青年を眺めている。にこにこと、どことなく嬉しそうだ。


「……」

「…」


 四角いテーブルの両隣に座る少年と少女からも、空色と翠色の視線がそれぞれの温度で突き刺さる。あんまりなので文句を言おうか……そう考えた瞬間。

 青年は、はたと気がついた。


 (いや、こいつらは本当に刺してるつもりなんだよな。師匠(スイ)に手を出すなって、釘を)


 ようやく心当たりに思い至った青年は、にこっと微笑んだ。――実に、非の打ち所のない好青年の表情で。


「悪いな。お前らの大事なお師匠さまを、昨夜(ゆうべ)貰っちまって」

「!」

「えぇ?! 何それ、聞き捨てならないわ! 師匠、ほんとなの?」


 スイは、変わらずにこにこと笑んでいる。

 が、エメルダの皿にさや豆のサラダを取り分け、自家製ドレッシングをかけてやると……コトン、と彼女の目の前に置いた。


「さぁ? どうだろう。今日の予定にはあんまり関係ないことだよね。…ね、セディオ?」


 迫力の黒紫の視線が、エメルダの方に向けた綺麗な顔から、すぅっと流された。青年はこれを真正面から受け止め、にやりと片頬を緩める。


「そうだな、スイ。口が過ぎたし、色々と嬉しすぎた。以後気をつける」

「気をつけるも何も、実際なにもないんだから…()()()()()()それ以上、大事(おおごと)にしないでくれる? 行けばわかると思うけど、これは貴方のためでもある。――忠告だ。照れじゃない」


 青年は、ふーん…と考える素振りで腕を組むと、神妙な顔で天を仰いだ。「なるほど」と、小さく呟いている。

 おもむろに姿勢を正した。


「わかった、スイ。おっかない後見に挨拶を済ませるまでは、ちゃんとお利口さんにしとくよ」

「えぇ。そうしてください」

「「………!」」



 どうしよう。まるで秒読み段階だと、特に翠の少女は焦った。


 (師匠ったら…! どうして、そう()()()()()()()()()()()()方向にばっかり、行くのよ…!! 人間だよ? セディオさんだよ? そりゃ、ちょっとは恩人だけど! 悪気なく、いつ、めちゃくちゃ痛い目に合わされるかわからないってのに)


 ―――ここの、多くの精霊達がそうであるように、エメルダにとってもまた、スイは純粋な人の子とは到底呼べない。


 うつくしい紫水晶(アメシスト)の輝きは今でも彼女を包んでいるし、反面、“核”と呼べそうなものは時を止めてしまっている。

 生きている、とも言いがたい()()を、紫の淡い光が何とか活かし、動かしている状態。


 ……危ういのだ。とても。

 だから放ってはおけない。


 (だから、わたしはスイをひとめ見て持ち主(マスター)に定めたんだわ。…今ならわかる。この綺麗なひとを――()()()()()()())


 元気で、素直で、伸びやかな若い緑柱石(エメラルド)である少女は、意図せず核心を見抜いてしまう。


 そして。

 まだそれを、誰にも告げてはいない。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ