28 スイの年齢※
「長が、謝罪。……人間に?」
「そう。人間に」
こくり、と神妙な顔をして頷くのはスイ。
涼しい顔で話しているが、都市の長をして新参の人間達に力業で謝らせた、張本人でもある。
あのあと、学術都市に住まうことを許された三名は魔術師の家へと移動した。
最初の丘に程近い、小さな家屋。木の柵で仕切られた庭には、敷地に入ってすぐ、右手に白やピンクのアネモネの花が揺れている。
左手は菜園。支えの棒に絡んで伸びる蔓にはふっくらとしたさや豆が幾つもぶら下がり、隣は小ぶりなトマト。こちらはまだ青い。葱や人参の細い葉もぽつぽつと生えている。土は柔らかそうな濃い色で、良い土壌のようだった。
『ジャガイモもあるよ。もう収穫しちゃったけど。裏手には鶏舎もある。卵、もらってくるね』
想像以上の自給自足ぶりに目をみはる三名に、スイはにっこりと笑いかけ―――あっという間に簡単な昼食を用意した。かれらを居間に案内し、休ませている間に。
今、居間で寛ぐのは大人が三名。スイにセディオ、それに『またあとでね』の宣言どおり、遊びに来たらしい精霊の黒真珠。
キリクとエメルダは、先に二階の部屋へ案内した。空き部屋は二つあったので、かれらには自分達の新しい部屋の掃除をお願いしている。
テーブルの上には、籠に盛られた果物にクッキー。食後、食器の片付けを皆でしながら焼いてしまうのだから、すさまじい手際の良さだ。
セディオは、さく、と手にしたクッキーをかじった。素朴な甘さと素直な食感で、何となく微笑んでしまう。―――食事ももちろん、優しい味わいだった。
「変われば変わるもんだねぇ。あの、人間嫌いの水オパールが」
「それについては……仕方がない。私がかれの立場でもそうなるよ。黒真珠」
スイの困ったような笑みに、黒真珠と呼ばれた青年は口許に紅茶の入ったカップをあてがいつつ、深みのある黒瞳を険しくした。
「また、そんな他人事みたいに……スイは誰より当事者だ。もっと怒っていい。きみが怒らないから、皆、怒れないんだよ?」
「そうなの?」
「そうだよ」
「……」
「……」
何とも言えない沈黙が居間を満たす。しかし、二人とも苦ではないらしい。なんというか
―――悩んだ挙げ句、セディオは口をひらいた。
「あんたら、似てんな」
「「え?」」
まったく同じタイミングで、黒髪の魔術師と黒銀の髪の精霊はセディオに顔を向けた。表情までほぼ同じ。思わずくすり、と笑う。
「顔の造りは、まぁ……違うんだけどさ。雰囲気とか話し方? 持ってる温度がすげぇ似てるよ。腹違いの姉弟ってぇ程度には」
「腹違い……」
「ふ、……フフフッ! そうだねセディオ。かれとは前から、話してても異種族で他人とは思えなくて」
「――……」
そのとき、ふと黒真珠の瞳が翳ったような気がした。ほんの一瞬―――すぐ、また人懐こい笑みを浮かべたが。
「……うん。正直スイを人間と思ってる精霊は、ここにはいない」
「ちょっと。いきなりそれ?!」
端から見ると、仲のよい姉弟そのもの。
しかし黒銀の髪の精霊は、真顔でさらりと告げた。
「―――だってスイ。気づいてない? きみ、三十七年前からちっとも変わってないよ」




