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翠の子  作者: 汐の音
2章 学術都市へ

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14 兄弟子、妹弟子※

「あっあの、お師匠さま!」

「うん? なに、キリク」


 金茶の髪の少年が挙手し、師を呼んだ。

 師である女性は殊更(ことさら)おっとりと答える。

 翠の子――であった少女は未だにスイにしがみついたまま。

 細工師の青年は、口許を右手で軽く覆ったまま固まっている。


 ――無理もない。

 が、スイは弟子の言葉を辛抱づよく待った。

 手はゆっくりと少女の髪を撫でている。

 ふわふわ。つやつや……上質な絹糸のような手触りは、思わずうっとりするほど。造作はそれこそ特級の人形師が精魂込めて作り上げたビスクドールのような、精緻なうつくしさだ。


 エメルダは、スイの手を心地良さそうに受けている。猫であれば、ごろごろ…と咽を鳴らしていたかもしれない。目を閉じて嬉しそうに、にこにこと大好きな魔術師にすり寄っている。


 キリクはしばらく、呆気に取られたようにその光景を眺めていたが――やがて、ハッと我に返った。


「その子……エメルダ? は、つまり………」

「なるほど、()()()()()()、か」

「セディオさんっ!! 僕が言おうとしてたのに!」

「なかなか言わないお前が悪い。……な、スイ。どうすんの。さすがに騒がれるぞ、これ」


 言いたかったことを奪われた少年は、青年に噛みつくように訴えたが見事に流された。 

 名を呼ばれたスイは、もっともな問いに答えるべく口をひらいたが……言葉を発する前に先んじられた。ぱっと顔を上げて振り向いたエメルダが素早く言い放つ。


「あなた、ばっっっかじゃないの?! わたしを誰だと思ってるの。精霊よ? 人の子と一緒にしないで。姿くらいどうにでもできるわ!」

「……なっ…え?」


 それまで、スイに張り付いたようにくっついて離れなかった少女が、つかつかと青年に歩みよる。左手を腰に。右手の人差し指でぴっ! と指さした。


「第一ねぇ、あなた。わたしが喋れなかったのをいいことに好き放題言ったし、やろうとしてたでしょ! そうはいかな―――」

「これ、エメルダ」


 「ぼふっ!」と音がしそうな勢いで翠の頭に白い手のひらが落とされた。スイだ。

 それこそ音もなくエメルダの背後に迫った美女が、黒紫の双眸を渋く半眼にさせている。


「人の世には言うべきこと、言ってはならぬことがあると学ぶ必要がありそうだね……決めた。貴女は今この時より私の弟子。キリク」

「はい?」

「エメルダを君の妹弟子にする。面倒見てあげて。エメルダ」

「なぁに? スイ」

「……まずは、そこからかな。私のことは“師匠”と呼びなさい。あと、初対面の人に突っかかっちゃいけない。セディオが居てくれたから貴女は生まれられたんだ。わかるでしょ?」


 それまでのおっとりさが嘘のような、甘さのないきびきびとした物言いだった。

 ひょっとして、エメルダが泣くのでは…と、兄弟子は早速はらはらと両者を見守ったが―――そんなことはなかった。


「ぐぅ、わかったわよ…。持ち主(あるじ)にそんなこと言われちゃ逆らえないじゃない。えーと……セディオさん?」

「あ、あぁ?」

「研磨してくれて有り難う。私の《核》を寸分(たが)わずぴったり切り出してくれたんだもの。あなた、いい腕の職人よね。……それに免じて、師匠に手を出そうとしてたのは見逃してあげるわ。さっきはご免なさい。そのことに苛々してたの。あなたに師匠は百万年早いわよ」

「……」


 エメルダは言うだけ言うと腕を組み、つん!と顔を逸らせた。

 スイは苦笑を湛え、「こら」と再び翠のふわふわ頭に手のひらを置く。そのままくしゃくしゃと適当に混ぜた。


「ごめんね、セディオ。うちの弟子が失礼を」

「いや。まぁ……ちょっと驚いたが別に構わない。なかなか珍しい体験をさせてもらえたし、あんたに手を出したいのも事実だし」


 ばん! と側のテーブルを叩く音がした。キリクだ。


「事実なんですか!! しかも過去形じゃない進行形っ! 勘弁してくださいよセディオさん!」

「あ、えぇと……キリク、よね。あなたも師匠が好き? 良かった! ね? あいつに師匠は勿体ないよね??」


 エメルダがスイの手から逃れ、嬉々として兄弟子に走り寄る。緑柱石(エメラルド)の瞳にはきらきらと親愛の情が宿り、実に慕わしそうだ。

 キリクの頬は、少し赤らんだ。


「いやその、勿体ないというか……あり得ない。あのひと腕はいいけど女たらしだって、細工師ギルドで太鼓判押されてたんだよ? お師匠さまはお師匠さまで、見境のない人たらしだし……」


「「人たらし」」


挿絵(By みてみん)


 セディオとエメルダの声が重なった。

 ただし青年は色々と思い返しつつ納得の苦い笑みを。少女はぽかん、と口を開けて刮目(かつもく)している。


 スイだけが、おやおやと表情を曇らせた。


「聞き捨てならないねぇ」

「残念ながら、事実です」


 尊敬する師を容赦なく断罪する愛弟子。

 ――あたらしい弟子が増えてもこればっかりは変わりそうにない、師弟の(つね)がそこに在った。


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