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それは2025年のクリスマスイブだった。ここは大阪。今年の大阪は、万博の1年だったと言っても過言ではない。今年は日本で20年ぶり、大阪では55年ぶりの万博、大阪・関西万博が行われた。今年は大阪に世界のいろんな人々がやって来て、大盛況だった。様々な言語が飛び交い、様々な国の、日本の企業のパビリオンなどが集い、それは大盛況だった。そして、多くの人がたくさんの夢を見て、笑顔を見せた。
4月13日から始まった万博も、10月13日に終わった。夢洲の会場はその間、多くの人々で混雑していた。夢洲に乗り入れる唯一のアクセス鉄道である大阪メトロ中央線は、いつもとは明らかに違う盛況ぶりだった。森ノ宮や長田までの区間運転も多く設定され、万博機関の輸送力増強のために導入された電車も走ったぐらいだ。そんな万博も終わり、夢洲には会場の解体で多くの人が出入りしていて、物々しい雰囲気になっている。万博の建物は次から次へと解体されていき、万博のシンボル的な存在だった大屋根リングも解体が進んでいる。大屋根リングをすべて残してほしいという声もあるのに、とても残念だ。
大学生の敬一郎と安子は中央線に乗っていた。中央線は万博を前に車両ががらりと変わり、まるで宇宙船のような近未来的な外観のに変わった。これに乗るたび、万博に行った日々を思い出す。だけど、もうそれは遠い夢のようだ。あの日の盛況ぶりがまるで嘘のように、夜の中央線の車内は静まり返っている。
「静まり返っとるね」
「うん」
敬一郎は東京の出身で、長い夏休みを利用して、万博に行った。だが、万博は大盛況で、行けなかったパビリオンが多数あった。特に、予約制のパビリオンは抽選で落ちてばかりで、どれも行けなかった。行けた人はとても幸せそうな表情だ。自分も体験したかったのに。本当に残念でたまらなかった。今日、啓一郎は大阪に住む恋人の安子とデートをするために、大阪にやって来た。
「夏はほぼ満員やったのに」
敬一郎は今年の夏を思い出した。中央線の夢洲行きの電車は、いつも超満員で、みんな万博目的の人ばかりだ。グッズを身につけ、万博会場に向かっていた。今ではあの日々がまるで嘘のようだ。グッズはまだ売っているものの、年の初めで終わるかもしれないとのうわさもある。
「今年の夏は大阪・関西万博やったね」
「私も行ったわ」
安子も行ったようだ。だが、企業パビリオンには全く行けていない。どれも予約制で、行くのが大変だったようだ。自分と同じだな。だけど、あの日々はもう戻ってこない。もう企業パビリオンは解体されただろう。もう元の日々は戻ってこない。もう万博は戻ってこないんだ。
「僕もだよ。でも、予約がなかなか取れなくて大変だったわ」
「ほんまほんま。私も大変だったわ。特に、企業パビリオン、全く行けなかったもん」
2人は後悔していた。もっともっと行きたかったパビリオンがあったのに。とても悔しかった。どうしても行きたかったのに。泣きそうになった。行けた人がうらやましいよ。インターネットで体験動画があって、見たけれど、やっぱり自分で体験したいよ。
「僕もやわ。行けた人がいて、彼らの笑顔を見ていると、とてもうらやましく思えて、何とも言えない気持ちになったわ」
「そうそう」
夢洲行きの中央線の電車は阿波座駅を過ぎて、地上に出た。大阪の素敵な夜景が広がる。夜景はまるで蛍のようにきらきらと輝いている。そしてその先には、咲洲、そして夢洲がある。
「もうあれは、夢でしかないんやね」
「うん。いろんな国のパビリオンやブースに行けたのはええけど、心残りやわ」
敬一郎はいまだに後悔していた。とてもつらい思いをした。閉幕のニュースを知った時には、泣きそうになった。
「でも、あの日はもう帰ってこないんやね」
「うん。あれはもう夢でしかないんやね」
もう、万博の日々は夢でしかなくなった。そして、その思い出も徐々に壊されていく。万博の思い出は、徐々に消えていき、元の大阪に戻ってしまうだろう。残るものもあるらしいが、それでも万博は遠い思い出になってしまうだろう。
「夢洲まで行く電車は少なくなったし、谷町線に行った電車もあるし」
万博期間中、多く設定されていた夢洲行きの電車は、閉幕と同時に削減され、1つ手前のコスモスクエア行きが多くなった。今年の初めに夢洲まで延びる前は普通に見られたコスモスクエア行きが、多く見られるのを見て、元の生活が戻ってきたんだなと予感させる。
万博期間中に中央線で活躍していた電車も、閉幕してしばらくは中央線で活躍していた。だが、それらはみんな谷町線に転属になり、色も谷町線の紫になった。
「だんだん万博の記憶は薄れていくんかな?」
「そうかもしれん。寂しいけど」
疲れてきたのでちょっと寝よう。
「疲れた・・・。寝よう・・・」
敬一郎は寝てしまった。そして、安子もいつのまにか寝てしまった。
「次は、いよいよ、夢洲です!」
敬一郎と安子はその声で目を覚ました。それは、万博期間中に聴けたアナウンスだ。もう終わったのに、どうしてそれが聴けるんだろう。2人は驚いた。そして、次に流れてきたのは、大阪・関西万博のオフィシャルテーマソング、コブクロの『この地球の続きを』だ。そして、多くの人が乗っている。彼らは、2人を見ている。どうしたんだろうか?
「あれっ!?」
「たくさんの人が」
2人は戸惑った。もう万博は終わったのに、どうしたんだろうか? 夢でも見ているんだろうか?
「敬一郎、安子、待っとったで!」
人々の目は、きらきら輝いている。まるで輝く命のようだ。どうしてだろう。
「えっ!?」
「万博へ行こう!」
彼らは嬉しそうだ。まるで、今も万博が続いていて、それを楽しんでいるようだ。
「もう、終わったんじゃ?」
敬一郎はアワアワしている。どうしたんだろうか?
「これからだよ! さぁ、行こう!」
「うん・・・」
電車は夢洲駅に着いた。そこにも、多くの人が来ている。彼らは、スタッフだ。僕らを出迎えているようだ。彼らの目も、きらきら輝いている。
「あれっ、多くの人が!」
「敬一郎、安子、待っとったで!」
みんな、2人を待っていたようだ。どうしたんだろうか? 2人はホームに降り立ち。驚いている。
「あれっ、万博やっとる! なんで?」
「さぁ、行こう!」
2人は改札を出て、東ゲートに向かった。そこには、開催していた頃と同じ風景が広がっている。本当にやっている。2人は信じられなかった。まだやっているとは。
「どこに行こか」
だが、2人は戸惑っていた。突然言われても、どこに行こうか考えていない。もう閉幕したのだから、全く考えていなかった。
「好きな所で!」
だが、彼らは勧めている。まるで、今日は楽しんでよと言っているようだ。
「うーん、予約制で行けなかった所いっぱいあるけどな」
「どこも賑わっとるな。行けんかもしれん」
そんな2人の様子を見ていた隣の男が肩を叩いた。その男は万博のスタッフのようだ。
「大丈夫大丈夫。今日は君たちのためにやってるんだよ」
2人はそれを聞いて、驚いた。今日は君たちのためにやっているんだ。そう思い、2人は笑顔になった。
「ほんま?」
「ええよ」
2人はゲートをくぐって、万博会場に入った。万博はまるで開催されていた頃のように、大盛況だ。みんな、嬉しそうだ。




