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眾禍祓除 SHU-KA-FUTSU-JO  作者: タカノ
第四章
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第五十七話『スパイダー・ウェブ・ラダー・ロッタリー』

「あっさりやられやがってよお〜。使えねえ野郎だぜ」


「クモ……てめぇ……かっ……」


 新たに一人、男が現れた。

 歳はおそらく二十歳前後で、なにより目を引くのが頭部。

 スキンヘッドに蜘蛛のタトゥーが施されている。


「新手か……。つか隊長はマジでなにやってんだよ」


 その男を見て顔を顰める喬示。

 一方の怜也の視線は首にナイフを刺された男の方へ向いている。

 男は顔を真っ青にし、目を見開いたまま事切れている。


──毒か……


「仲間を殺すなんて、酷いことするね」


「使えねえ仲間なんて、いねえ方がマシだよなぁ」


 怜也の非難にそう返し、クモと呼ばれた男は一歩踏み出す。


「使えなくても頭数はいたほうが良いだろ。一人で俺らとやるつもりか?」


「俺の能力はよぉ、多人数を一人で相手にすんのがいちばん強えんだよ」


「そうかよ。涼。お前はそいつを押さえてろ」


「おっけぃ」


 喬示と怜也も一歩踏み出す。

 少しの間、睨み合う二人。

 そして、クモが動き出した。


「"ちゅうせん"」


 クモが憑霊術を発動。

 上空に巨大な蜘蛛の巣が出現する。


「なんだ?」


 蜘蛛の巣を見上げる喬示にクモがナイフで斬りかかる。

 喬示はそれをひらりとかわし、


「すっとろい動きだな」


 腹に蹴りを入れる。

 しかし、


「いったぁ!」


 なぜか後方にいる涼が痛みを訴えながら吹き飛ぶ。


「ああ?」


 それを見て怪訝な表情を浮かべる喬示。

 そこに涼の拘束が解けたことで自由の身になった少女が迫る。


「おとなしくしてなよ」


 少女の背後に怜也が一瞬で回り込む。


「はや……っ!」


 振り向く間もなく首筋に手刀を浴びる。

 しかしなんともない。


「がっ!? くそっ! ムカデ! じっとしてろ!」


「……なるほどね」


 ムカデと呼ばれた少女に手刀を浴びせた瞬間にクモが痛がったのを見て、怜也はクモの能力に勘づいた。


「なんか分かったのか?」


 喬示の問いに怜也が頷く。


「あみだくじだよ」


「あみだくじぃ?」


「そう。彼の憑霊の能力は範囲内で放たれた攻撃のダメージをくじのようにランダムで誰かに加えるんだ」


 眉をひそめる喬示に説明を行う怜也。


「つまり、攻撃した相手とダメージを受ける相手が一致しないってこと」


「……面倒な能力だな」


 説明を受け、理解した喬示だが眉間の皺はより深くなる。

 

「分かったところで、どうにもならねえよなぁ」


 クモの言葉が怜也の理解が正しいことを裏付ける。

 蛛籤の能力は有効範囲内にいる者が攻撃を受けた際、それによって生じるダメージを有効範囲内にいる他の誰かに押し付けるというもの。

 押し付けられるのが誰かは完全にランダムであり、クモ本人にもコントロールは出来ない。


 最初の喬示のクモへの蹴りは涼が肩代わりし、怜也がムカデに放った手刀はクモが肩代わりしたことになる。

 この特性上、クモ自身が言っていたように多人数を一人で相手にする状況がもっとも力を発揮する。

 そして今はまさに、そういう状況だ。

 一応はクモとムカデの二人に、喬示と怜也と涼の三人という構図だが、クモはムカデの安否など気にかけない。

 一方の喬示たち三人はそうはいかないだろう。

 クモの言ったように、能力のタネが割れたところで彼の優位は変わらない。


「今ここにいんのは五人だから、アイツに攻撃してダメージがいく確率は五分の一ってことか」


「どうかな。攻撃した本人は対象にならないなら四分の一になるね」


「どのみち運任せってことだろ。なら考えても仕方ねえ」


 喬示はそう言うと、クモと距離を詰め、殴りつける。

 

「痛い! ちょっと喬示!」


「俺に言うな」


「いってぇ! おい! クソ野郎!」


「だから俺に言うんじゃねえ! こいつの能力のせいだろ!」


 喬示がクモに浴びせた二発の拳


 それによって生じたダメージはそれぞれ涼とムカデに押し付けられた。

 彼女たちは自分の攻撃が味方にダメージを与えてしまうことを考え、蜘蛛の巣に捕らわれた蝶のように身動きが取れずにいた。

 しかし、喬示は違う。


「おらっ!」


「痛ぁい! なんで私ばっかり!」


「日頃の行いが悪いんだろ!」


 またしても自分の攻撃のダメージが涼にいくが、喬示は意に介さない。

 クモのように仲間を犠牲にすることになんの躊躇いもない──訳ではない。

 この程度で倒れるようなことはないだろうという信頼の表れだ。

 とはいえ、とばっちりを喰らう方はたまったものではない。

 

「ぐぬぬぬぬっ!」


 怒り心頭といった様子の涼。

 今すぐにでも喬示に殴りかかりたいが、この状況では喬示を殴っても彼にダメージがいく保証はない。

 

──あのスキンヘッドを倒したら覚えとけよ〜!


 復讐を誓う涼の心情などつゆ知らず、喬示はクモの能力に辟易していた。


「クソみてえな能力だ。クモじゃなくてクソに改名しろよ」


「嫌だねえ」


「喬示」


 クモと睨み合う喬示に、今まで棒立ちだった怜也が声をかける。


「変わろう。そろそろ温まってきた(・・・・・・)


「あん? ……ああ」


 要領を得ない言葉だったが、喬示はしばらく考えて納得したように下がる。


「なんだぁ? 選手交代かぁ? 誰がやろうと一緒なんだがなぁ」


「そうでもないさ」


 クモに言葉を返し、目にも止まらぬ速さで怜也は拳を繰り出す。


「ぺがっ!?」


 奇っ怪な声をあげるクモ。

 鼻が潰れ、血が噴き出す。

 怜也の拳はクモに見事ダメージを与えた。


「ぐ、くそっ……! ごべあっ!?」 


 今度は腹に蹴り。

 これも見事にクモにダメージを与える。


「くそおっ! 運の良い野郎だなぁ!」


「そう。今の僕は運が良い」


「ああ!?」


 激昂するクモに怜也は肩をすくめる。


「僕の能力、教えてあげようか。君と同じで分かったところでどうにもならない」


 クモは続きを促すように無言。

 怜也は薄く笑みを浮かべて、言葉を続ける。


「僕の憑霊──千年鷹せんねんだか。その能力は僕のあらゆる能力を時間経過とともに際限なく向上させること」


 怜也の言葉にクモが顔を顰める。


「膂力、速力、敏捷性に跳躍力。もちろん五感も。一つ一つ挙げていくのも面倒な数の能力が際限なく向上していくんだ。ああ。際限なくと言っても能力を発動している間ね」


「その能力と運がなんの関係があんだぁ?」


「分からない? 運気も向上していくんだよ」


「なにぃ!?」


「運が個人の能力に含まれるのかは意見の分かれるところだけど……少なくとも僕に憑いてる霊は含まれると考えてるらしい」


 そこまで説明して、怜也は見下すような笑みを浮かべる。


「君の能力はいわゆる運ゲーだ。そして僕は能力を発動している間、延々と運が良くなる。勝負は見えたかな?」


「ぐっ!」


 クモが勢いよく振り向いて走り出す。

 しかし振り向いた先には怜也。


「はい。おつかれ」


「ぷげらっ!」


 怜也はクモに平手打ちを浴びせる。

 千年鷹を発動してからずっと上昇し続けている膂力で放たれたそれは、クモを数十メートル吹き飛ばし、意識を刈り取った。

 怜也が手を叩き、一同は現世に戻る。

 その瞬間──


「うらぁーーーーー!」


「うおっ!?」


 涼が喬示に飛び蹴りを浴びせた。


「いってぇな! なにすんだよ!」


「さっきのお返しじゃ!」


「だから、あれはアイツの能力のせいだろ!」


「それでも許さん! バカ喬示!」


「うっせー! アホ涼!」


「はいはい喧嘩しない。まだ敵残ってるのに」


 怜也の言葉に二人はピタッと動きを止め、視線を動かす。

 その先にはムカデと呼ばれていた少女が不機嫌そうに突っ立っている。


「そういやいたな……。やるか?」


「やらねえ……。三人相手に勝てる訳ねえし……」


 拗ねた子供のように口を尖らせるムカデ。

 

「殺すなりなんなり好きにしろよ……。どうせアタシみたいなのはこうなる運命だったんだ……」


「……なんかお前も色々大変みてえだが、俺らも立て込んでんだよな。とりあえず、逃げる気がねえなら俺らと来い。素直に投降するなら悪いようにはしねえよ」


 喬示はそう言うと、庭から部屋に向かう。

 怜也と涼もそれに続き、ややあってムカデも後を追った。


「隊長はマジでなにしてんだ?」


「出かけたのかも」


「俺らになにも言わずにか?」


 部屋に戻ってから、旅館内を探索する四人。

 旅館内は至って普通で荒らされた痕跡はない。


「お行儀が良いじゃねえか」


 喬示の言葉はムカデに向けられたものだが、分かっていないのか無視しているのか彼女はなにも言わない。

 嵯峨野の部屋やロビーも探したが彼らの上司は見当たらない。


「電話も出ねえな」


「じゃあ、先に局長に連絡しよう」


「あ? なんで?」


「敵は僕らの居場所を知ってたんだよ?」


「内通者がいるってこと?」


 涼の言葉に怜也は黙って頷く。

 喬示は言われた通り局長の新倉に電話をかけ、事情を説明。


「それで、俺らがここにいること知ってる人間を洗ってください」


『いや……』


 喬示の説明を受けた新倉が深刻なトーンで言葉を返す。


『お前たち第二部隊の居場所を知っているのは、私以外にはお前たち第二部隊の人間だけだぞ……』


「………………え?」


 スピーカー状態のスマホから届く新倉の言葉に、喬示たち三人は顔を見合わせる。

 自分たちの居場所を知っているのは、ここにいる三人と、電話の向こうの新倉と、あと一人。

 喬示たちは殆ど同時に、同じ人物を思い浮かべた。

 誰かが最初に、その名を口にしようとしたその瞬間─


「"界清"」


 喬示の目の前の空間にノイズが走り、捩じれ裂けた。


「隊……長……?」

 

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