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眾禍祓除 SHU-KA-FUTSU-JO  作者: タカノ
第四章
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第五十六話『南阿蘇村』

 夜の七時。

 新宿の第二部隊事務所には愛生を除く全隊員が集合していた。


「揃ったな」


 その長である嵯峨野は部下たちを見てそう言うと、右手をかざす。


「"ざやか"」


 空間にノイズが走り、やがて円形の穴が開く。 

 嵯峨野の憑霊、界清の能力は空間操作。

 今作り出されたのは、いわばワームホール。

 隔たった二つの空間を繋げることで長距離を一瞬で移動できる。

 繋げることが出来る距離は最長で百キロメートル。

 連続での移動も十回ほど可能。

 東京から熊本の直線距離は約九百キロメートルのため、ぎりぎり一息に到達できる。


「行くぞ」


 嵯峨野を先頭に空間の穴に突入する一同。

 穴の中では鮮やかな光が駆け抜けて行く。


「スターゲートみたいだよな、これ」


「なにそれ」


「2001年宇宙の旅って映画に出てくるワームホールだよ。知らねえのか」


「知らない。オタクじゃないから」


「オタク映画じゃねえよ!」


「着いたぞ」


 喬示と涼が言い合う間に早くも終点。

 着いたのは、拝揖院熊本支部。

 嵯峨野を先頭に中に入る。

 

「直に出る。待機していろ」


 出迎えの支部職員の対応をしながら、嵯峨野がそう言うと、喬示たちは頷く。

 嵯峨野をロビーに残し休憩室へ。

 ソファと自動販売機が設置された簡素な部屋だ。

 喬示は自動販売機に硬化を投入しコーヒーのボタンを押そうとする。

 しかし背後からにゅっと伸びた手が紅茶のボタンを押す。


「おい」


「にひひっ。ごちになります」


 紅茶を取り出し口から掠め取るようにして、いたずらっぽい笑みを浮かべる涼。


「ありがとう喬示。僕はお茶ね」


「奢るなんて言ってねえだろ」


 喬示はそう言いながらも、お茶を買って怜也に投げ渡す。

 その後で自分のコーヒーを買い、ソファに座る。


「結構キレイな場所だよねー。支部って大抵ボロいのに」


「熊本支部は四年前くらいに建て替えられてんだよ」


「へえ〜」


「待たせたな。行くぞ」


 休憩室で他愛もない話をする三人の元に嵯峨野がやって来る。


「目的地は?」


「愛生さんの宿泊していた旅館だ」


 怜也の質問にそう返すと、右手をかざす。


「"界清"」


 空間にノイズが走り、ワームホールが出現。

 嵯峨野を先頭に入り、辿りついたのは駐車場。

 遠くに明かりのついた建物がある。

 駐車場に突如として四人もの人間が現れたことになるが、夜であることと、昨今の社会情勢から出歩いている者はおらず、目撃者もいない。


 ここは南阿蘇村。

 世界最大級のカルデラである阿蘇カルデラの麓に位置する風光明媚な村だ。

 その村にある旅館の駐車場に四人は熊本市内からあっという間に移動してきた。

 四人はそのまま旅館に移動。

 飛び込みでの宿泊だが、パンデミックにより閑古鳥が鳴く状況の旅館にとっては有り難いようだった。


「なんで俺の部屋に集まんだよ」


 四人全員分の部屋を取っているのに、なぜか自分の部屋でくつろいでいる怜也と涼を見て、喬示は面倒くさそうに言う。


「だって暇だし」


「ねえ?」


「隊長は?」


「電話してる。情報収集じゃない?」


「愛生さんは昨日の昼に出たっきり帰ってないみたいだね」


「さっさと探しに行かねえと」


 三人が話していると、部屋の引き戸がノックされる。

 静まり返る室内。

 喬示たちは引き戸を注視する。

 理由はそこから普通の人間ではあり得ない濃度の霊気を感じるからだ。


「禍仕分手」


 引き戸の向こうから両手を叩く音が聞こえ、喬示たちは間世に転移させられる。


「寄処禍かよ」


 引き戸が蹴破られ、二人の男女が部屋に侵入してくる。


「誰だてめえら」


「"おおかぶと"」


 喬示の言葉を無視し、男の方が憑霊術を発動。

 黒煙が身体を包み、それが晴れると人間サイズのカブトムシが現れた。


「おー! デカいカブトムシ!」


「夏休みのガキ?」


 カブトムシを見てテンションを上げる涼に喬示が冷たくツッコむ。

 

むしの構成員かな? 隊長はなにを……っと」


 男の方が怜也に突進。

 そして女の方は喬示に迫る。


「おいおい。まだガキじゃねえか」


 十七歳の自分よりさらに歳下であろう少女を見て喬示は顔を顰める。

 少女はそれに構わず、喬示に殴りかかる。

 それを左手で受け止める喬示。


「"蜈厘ごりあて"」


 接触と同時に少女が憑霊術を発動。


「ん? おおおおおおおおっ!?」


 左手に連続で衝撃が発生。

 喬示はまるで左手に引きずられるかのように後退して窓ガラスを突き破り、庭に飛び出て行った。


「なんだこりゃ」


 ようやく衝撃のおさまった左手を見る喬示。

 手の平が何度も殴りつけられたかのように赤くなっており、内出血を起こしている。


──触れた場所に衝撃を与える能力か……?


 少女は涼の脇を抜け、庭に出る。


「涼てめえ。スルーしてんじゃねえよ」


「だって敵二人だし。喬示と怜也に譲るよ」


「なにが譲るだ」


 涼に悪態をつく喬示を少女が襲う。

 

「"翳月"」


 喬示は憑霊術を発動。

 漆黒の靄を全身に纏う。

 その状態で再び左手で拳を受け止める。

 今度は衝撃は発生しない。

 翳月の生み出す靄は触れたものを消し去る。  

 その力が連続で発生する衝撃を消し去り続けている。

 少女の拳そのものが消えないのは、喬示がそうしているから(・・・・・・・・)

 敵である以上は不要な配慮だが、自分より歳下の少女の手を消し飛ばすのは、流石の喬示にも忍びないようだった。


「そら」


 喬示は少女の右手首を掴み、投げ飛ばす。


「いってえな!」


 すぐに立ち上がり再び殴りかかる。

 何度も何度もパンチを繰り出すが、喬示には通じない。


「よっと」


「うわっ!」


 足を引っ掛け、少女の体勢を崩す。

 前のめりに倒れ込もうとする少女の腹を、思いっきり蹴り上げた。


「ごはぁっ!」


 数メートル上空に蹴り上げられ、落下。


「がはっ……!」


「涼。押さえろ」


「ほいほい」


 地面に倒れ込む少女を涼が拘束する。

 

「向こうはどうなって……お?」


 部屋を確認しようとする喬示。

 そこに怜也が吹き飛んで来る。


「おいおい」


 横に移動しかわす喬示。

 怜也は先ほどまで喬示のいた位置に着地する。


「なにしてんだよ」


「意外と強くてね」


「代わってやろうか?」


「それには及ばないよ」


「死ねオラァ!」


 男が部屋から飛び出て、怜也に迫る。


「"千年鷹せんねんだか"」


 怜也が憑霊術を発動。

 黄金の光が怜也の身体を包む。

 男は角を前に突進。

 怜也はそれを片手で止める。


「なにっ!?」


 止められた男は尚も進もうとするが、怜也は角を抑えたまま微動だにしない。


「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっ……!」


 力を振り絞る男。

 それでもやはり、怜也を吹き飛ばすことは出来ない。


「もう良いかな?」


 怜也が角の先端を握り潰す。


「てめえ!」


 激昂する男。

 怜也はそれには構わず、握り潰した角の破片を見る。

 

「ダメージは無いのか……。カブトムシの角は空洞だって聞いたことあるけど……本当だったね。それとも君の角がそうなだけ?」


「クソ野郎があっ!」


 角を失った男は今度は前足での攻撃を行う。

 先端の鋭く尖ったそれは殺傷力抜群だが、当たらなければ意味はない。

 怜也は素早い動きで回避し、カウンターで殴りつける。


「ごあっ!」


 頭部が砕け、中が丸見えになる。

 そこには先ほどの男の顔が。


「ああ、なるほど。カブトムシに変形したんじゃなくて、カブトムシの鎧を纏ってるのか。そりゃあダメージはないよね」


 怜也はさらに踏み込み、素早い動きで何発ものパンチを浴びせる。


「あばばばばばばばばばばばばばっ!」


 カブトムシの鎧が完全に砕け、男は生身をさらけ出し吹き飛ぶ。


「ぐ……くそっ……! ぶち殺す……! ぶち殺してやるっ!」


「投降しなよ」


「誰がするか! ボケッ!」


 部屋まで吹き飛ばされた男は、よろめきながらも立ち上がり、まだ戦う意思を見せる。

 しかし、


「がっ!?」


 突如ナイフが飛来し、男の後頚部に突き刺さった。

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