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眾禍祓除 SHU-KA-FUTSU-JO  作者: タカノ
第三章
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第五十一話『すべての失われる光』

 純白の光が無数の羽根に変わっていく。

 それは皎の背中に収束し一対の翼となり、彼を宙に浮かべる。

 その姿はまるで天使のように見える。


「かむさび? 蠱業物にも掛祀禍終みたいなのがあるのか」


 それを見上げ、天平はやや呑気な様子で呟く。

 それも無理はない。

 莉々紗の能力が解除されたということは、喬示の能力が解放されることを意味する。

 たとえ癲恐禍霊が相手であっても、喬示が万全な状態なら時間稼ぎすら難しい。

 後数分もすれば、喬示がここに戻って来る。

 そうなれば勝利は確実だ。

 それは当然、皎も理解している。

 

──海石榴はもう祓われただろうな。


「高嶺喬示が来る前に殺してやろう」


「やってみろ!」


 明星の触手が迫る。

 皎はそれを刀で防ぐ。

 一瞬で叩き落された先ほどとは違い、しっかりと受け止める。

 神衂かむさびは蠱業物の素体となっている禍霊を擬神とする力。

 刀は神さび、担い手は神がかる。

 神の領域にあるため、擬神とも対等にやり合うことが可能だ。


「お前の攻撃など、もう効かない」


 触手を刀で打ち払い、翼をはためかせ天平に迫る。

 天平は位置交換を発動。

 対象は皎の右手に握られている甲斐無星と、自身の足元に転がる小石。

 まずは武器を奪おうという判断だが、なぜか位置交換が発動しない。


「え?」


 困惑する天平。

 それを見た皎が口角を上げる。


「おおかた刀をなにかと入れ替えようとしたんだろうが、無駄なことだ」


 そばまで迫り、刀を振り上げ、下ろす皎。

 天平は後方の石ころと位置を交換し、距離をとる。

 刀は石ころを斬り裂き、剣圧で地面をひび割れさせる。


「神衂の発動中、蠱業物とその担い手は人刀じんとう一体いったいとでも言うべき状態になる。今の俺から刀を取り上げることなど不可能だ」


「説明どうもぉ!」


 天平が叫ぶと、上空の明星、その棘だらけの触手の先端から棘が一本だけパージされる。

 次の瞬間には、その棘と皎の位置が入れ替わる。

 遅れて他の棘もパージされ、皎に降り注ぐ。


「ちぃっ!」


 両翼で身体をくるめ、降り注ぐ棘を防ぐ。

 それを触手が叩き落とす。


「"射光"!」


 落下地点に無数のレーザービームが降り注ぐ。

 数秒間降り注ぎ続け、砂塵が巻き上がる。

 その砂塵を翼が晴らす。

 棘の雨、触手による殴打、無数のレーザービーム。

 それらの攻撃を立て続けに受けても、皎は殆ど無傷だ。


「マジかよ……」


「言ったはずだぞ。お前の攻撃など、もう効かない」


 それを見て、苦虫を噛み潰したような表現を浮かべる天平。

 皎は見下すような笑みを浮かべる。


「能力を教えてやろうか? 知ったところで対策のしようもないがな」


 そう言って、見せつけるように刀を掲げる。


「甲斐無星の能力は、受けた攻撃によるダメージを半減させること。しろぼしではさらに一割まで低減する」


「いち……」


「そして、残りの九割を皨の攻撃力に加算する」


「はぁ!?」


「そら。返すぞ」

 

 皎が刀を振り抜く。

 光り輝く斬撃が走り、地表を抉り取る。


「あっぶね!」


 天平は咄嗟に浮遊し、回避。


「なんだ。お前も飛べるのか。どういう理屈かは知らんが」


 キラキラと光り輝く粒子を身に纏い、宙に浮く天平を見上げる皎。

 翼をはためかせ、彼も上空へ。

 

「明星!」


 それを明星が迎撃。

 触手を打ちつけ、叩き落とそうとする。

 皎はそれを華麗に避けながら、天平に迫る。

 皎が間近まで迫ったところで、天平は自分と明星の位置を入れ替え。

 迫る皎を明星の触手が絡め取る。

 そのまま圧力を強めるが、皎は動じない。


「無駄だ。こうやって俺にかかる圧力も低減される」


 触手による拘束を力づくで解く。


「だろうな」


 得意気な皎を強烈な光が照らす。

 光源は明星の中心部にある宇宙空間。

 そこから、極大の光線が放たれる。

 触手による拘束は、この攻撃のための時間稼ぎ。

 皎が言った通り、甲斐無星および皨に対して有効な対策はない。

 必要なのは、ただただ単純に火力。

 威力を十分の一まで低減されても尚ダメージを与えることが出来るような超高火力だ。

 放たれた光線が皎を呑み込む。

 

「ぐっ!」

  

 ややあって、光線から皎が脱出。

 身体には僅かな火傷、翼は黒ずんでいる。

 しかし今なお、間世の夕空を残光で照らす光線の直撃を受けたことを考えれば、与えたダメージとしては小さすぎる。


「あれでも駄目なのか……」


 それを見て呟く天平。

 一方の皎は天平ではなく、地上を見下ろしている。

 眼下にいるのは、純礼と莉々紗。


「俺の身体に火傷を負わせた罪を、あの女に贖わせてやる」


 純礼に向けて刀を振り下ろす。

 光り輝く斬撃が放たれる。


「させるかよ!」


 天平は位置交換能力で純礼と莉々紗を、有効範囲限界の位置に退避させる。

 その直後に斬撃が地上に到達。

 皎が本来負う筈だったダメージの九割が攻撃力に加算された斬撃は、山に深い亀裂を入れる。

 大規模な破壊がもたらされたが、純礼たちがいる場所にはぎりぎり届いていない。

 それを確認した天平は安堵のため息を吐く。

 そこに皎が迫る。


「うおっ!?」


 振るわれる刃を寸でのところで回避。

 皎は舌打ちしながら追撃をかけるが、天平は位置交換能力で逃れる。


「ふん」


 翼をはためかせ、天平の元へ飛行する皎。

 しかしたどり着く寸前で天平は再び位置交換能力を発動する。


「ちょこまかと……!」


「"射光"!」


 明星から無数のレーザービームが放たれる。

 その直前に触手の棘がパージされ、宙に舞う。

 天平はその棘をレーザービームと入れ替える。

 その結果、あらゆる方向にレーザービームが乱れ飛ぶ。


「ぐおおっ!」


 高速で曲芸飛行する皎だったが、四方八方から飛んでくるレーザービームを回避しきれず、身体や翼に直撃を受ける。

 しかし、皨の能力によりダメージは殆どない。

 

「この程度なら避けるまでもないか」


 皎は回避行動をやめ、天平に向かって飛ぶ。

 次々とレーザービームが被弾するが、ダメージは低減される。

 そして低減されるダメージは刃に攻撃力として加算される。


「いい加減に死ね!」


 無数の斬撃を四方八方に放つ。

 位置交換で逃れた先をも狙った攻撃。


「やなこった」


 天平は自分ではなく、自分に向かってくる斬撃をレーザービームと入れ替える。


「そろそろ俺の能力理解しろよ」


「お前もな」


 レーザービームに構わず天平に突っ込む皎。

 しかし、先ほど自分が放った斬撃と入れ替わる。


 戦いは、完全に膠着状態にある。

 皎は天平の位置交換能力の前に、まともに攻撃を当てることが出来ない。

 天平も皎のダメージ低減能力の前に、有効打を与えることが出来ない。

 しかしある要因・・が少しずつ、戦況を皎の優勢に変えていく。


「どうした? ずいぶん辛そうだ」


 もう何度目かも分からない位置交換能力の発動で追いやられた先から復帰した皎が言う。

 彼の言う通り、天平は先ほどまでと比べて明らかに顔色が悪い。


「俺と違って攻撃は受けていないのに。ああ、いや、受けてたか」


 わざとらしい口振りで、思い出したように言う皎。

 彼の言う天平の受けた攻撃とは、禍霊勝部の攻撃から莉々紗を庇った際に背中に負った傷だ。

 出血は止まっているが、傷は深く、天平をじわじわと苦しめている。

 その蓄積が、もう無視出来ないレベルに達している。


「心配には及ばねえよ……!」


 言葉を返しながら、迫る皎を位置交換で遠ざける。

 精一杯の虚勢を張っているが、限界は近い。

 このまま戦いが長引けば、不利なのは間違いなく天平だ。


──身体もだけど、掛祀禍終の発動もそう保たない。その前に最大出力の攻撃をぶち当てて勝つ!


 指で銃の形を作り、皎に向けようとする。

 その些細な動きで、天平の全身を激痛が襲う。


「──っ!?」


 一瞬。

 ほんの一瞬だけ、天平の意識が遠のく。

 その隙を、皎が見逃すはずもない。


「がっ!? あっ……!」


 ここに来て最高速度を出した皎が、天平の懐へ。

 そのまま心臓を刃で貫いた。

 天平の身体を包んでいた光が消え失せる。


「天平くん!」


 天平は聞いた。

 自分の名を呼ぶ、純礼の悲鳴のような叫びを──ではない。

 刃に刺し貫かれた自分の心臓。

 それの発する、異様な鼓動を。 


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