第四十九話『愛よりも大きな痣』
上空の莉々紗に向けて無数の花びらの刃を放つ。
莉々紗はヘレルベンサハルを振り、払いのけ、そのまま純礼へ攻撃。
「"臈闌花・刳為咲"」
花びらのドリルで応戦。
迫りくる巨大な星型の鉄球にぶつける。
「ぐっ!」
しかし打ち負け、ズルズルと後退。
それでも倒れたり、吹き飛んだりするようなことはない。
それを見た莉々紗はヘレルベンサハルを引き、もう一度振り上げる。
そこで純礼は先ほどよりも大量の花びらを出現させ莉々紗にけしかける。
「こんなもの! "星に願いを"!」
上空から星が降り注ぐ。
花びらをすべて撃ち落とし、純礼にも降り注ぎ、防御と攻撃を同時に行う。
純礼は自身の頭上を大量の花びらで覆い尽くし、なんとかしのぐ。
「"臈闌花・感電若"」
星の爆撃が止んだタイミングを見計らい、抖擻発動。
周囲の花びらが収束し花冠に。
そこから大量の花粉が上空の莉々紗に向かって噴射される。
「けほっ! なにこれ……花粉?」
莉々紗の動きが麻痺したように緩慢になる。
純礼は跳躍しハイキックを喰らわせる。
「わあっ!?」
蹴り飛ばされ、地面に落ちる莉々紗。
純礼は着地もそこそこに駆け出し、追撃をしかける。
「こ……のっ!」
莉々紗は痺れる感覚を無視して強引に腕を振り抜き、ヘレルベンサハルで迎撃し純礼を後退させる。
──効き目が薄い。あの強化フォームとやらのせいね。
「サテライト!」
完全に身体の自由を取り戻す莉々紗。
彼女の叫びに合わせ、ヘレルベンサハルの星型鉄球と同じ物が四つ出現する。
高速で回転し、純礼に迫る。
純礼は花びらをぶつけるが勢いを止めきれない。
「"臈闌花・刳為咲"──"大輪"」
巨大な花びらのドリルを生成。
星型鉄球を四つまとめて押し返す。
「"星に願いを"!」
またしても空から星が降り注ぐ。
「くっ!」
純礼は巨大な花びらのドリルを自分の頭上に配置し盾にする。
爆撃を受けて、爆ぜる花びらのドリル。
さらにそこに、星型鉄球も突撃してくる。
「あああっ!」
星型鉄球にぶち当たられ吹き飛ぶ純礼。
「くっ……あっ……!」
「純礼ちゃん!」
叫ぶ天平に「大丈夫」と言うように手を挙げる。
「仕方ない……アレを使うとするわ」
ひとりごち、左手を前に出す。
手の平を上にして、
「"花呪言"」
そう呟いた。
すると、手の平に花が咲く。
ミニチュアの造花のようなソレを見て純礼は微笑む。
「『触れないで』」
そう呟き、手を握りしめる。
純礼の身体を紫色の光が包む。
すると、彼女に迫っていた星型鉄球が当たる直前で逸れた。
「え?」
莉々紗が困惑の声をあげる。
彼女は今、確実に当てるつもりだった。
ミスをした訳でもない。
これは臈闌花の能力によるものだ。
花呪言。
臈闌花の抖擻発動の一つであり、その能力は花言葉を現実にするというもの。
ただし発動には面倒な条件があり、まず一つに手の平に咲いた花の花言葉を言わなければならない。
純礼は殆どの花の花言葉を記憶しているため、これは問題にならない。
問題なのはもう一つの条件。
手の平に咲く花は完全にランダムであるということ。
つまり、その場の状況に必ずしも適した能力を発動出来る訳ではない。
完全な運任せ。
それ故に純礼はあまりこの抖擻発動は使いたくない。
しかし、地力で上回る相手には運にも頼るしかない。
そして少なくとも、今回に関しては運に恵まれた。
手の平に咲いた花はアザミ。
花言葉は純礼が言った通り。
その能力はあらゆる接触の拒絶。
「なんなの!?」
何度も何度も星型鉄球をぶつけようとするが、当たる直前で逸れてゆく。
その間にも純礼は莉々紗に迫る。
「"星に願いを"!」
星の爆撃を浴びせる。
しかしそれも、純礼を避けるようにして降り注ぐ。
「ふっ!」
「かっ!?」
ついに莉々紗のそばまで迫った純礼。
浮遊して逃れようとする彼女の肩を押さえ、そのまま腹に膝蹴りを喰らわせる。
悶絶する莉々紗。
純礼は容赦なく、今度は平手打ちを浴びせる。
「っ! ママにもぶたれたことないのに!」
莉々紗がヘレルベンサハルを振りかざす。
タイミングを同じく純礼の身体を包む紫色の光が消える。
花呪言の能力は一定時間しか保たない。
「ぐうっ!」
ヘレルベンサハルに殴り飛ばされる純礼。
攻撃を逸らさせていた力が無くなったことに気づいた莉々紗は一気に攻勢をかける。
四つの星型鉄球が迫る。
純礼は花びらでガードしながら、再び手の平を上にして左手をかざす。
「"花呪言"──『親愛』」
花言葉を唱え、手を握りしめる。
しかしなにも起こらない。
咲いた花はオジギソウ。
オジギソウに親愛という花言葉はない。
つまり誤答だ。
ただし、あえて。
状況に適さない花が咲いた場合、誤答してリセットする。
誤答した場合、ペナルティとして数分間新たな花を咲かせられないが、花言葉の能力の持続時間よりは短い。
花言葉の能力は発動したら任意では解除できないため、あえて誤答したほうが良いという訳だ。
「ううっ!」
星型鉄球による猛攻を花びらでなんとかしのぐ。
そうやって時間を稼ぎ、新たな花を咲かす。
──きた!
「"花呪言"──『あなたとの戦いを宣言する』」
手の平にタンジーが咲く。
花言葉を唱え、手を握りしめる。
黄色い光の膜が純礼と莉々紗を囲う。
純礼が莉々紗へと駆け出す。
莉々紗はヘレルベンサハルを振るおうとするが、持ち上がらない。
「えっ!? っ!」
動揺する莉々紗の頬を鋭くぶつ。
「このっ! なんでっ!?」
星型鉄球で攻撃しようとするが、四つすべて静止したまま動かない。
「私がこの力を使っている間、攻撃も防御も自分の身体でしか出来ないわよ」
「うっ!」
また平手打ち。
「来なさい」
指をくいくいと動かし挑発。
「うううっ!」
頬を赤くし、涙目になりながら殴りかかる莉々紗。
しかし、ひらりとかわされる。
肉弾戦をやるには身体能力も戦闘経験も差が大きすぎる。
「あの男の言葉に信じられる根拠があるの? もっとちゃんと考えなさい」
先ほど天平が投げかけた言葉を純礼が言う。
莉々紗はなにも答えず殴りかかる。
しかし掠りもしない。
「あの男について拝揖院と戦うなら、今よりもっと傷付くことになるわよ。貴女のご両親はそれを望むの? そんなことをさせるために、ご両親は貴女を守ったの?」
「〜うるさいうるさいうるさいうるさいっ!」
叫びながらやたらめったらに拳を振り回す。
もはや、純礼を見てもいない。
「そんなこと分かってる! アンタなんかに言われなくたって!」
そう、莉々紗は分かっている。
こんなこと、両親は望まないだろう。
ただ平穏に幸せに生きていてほしいと願ってくれているだろう。
莉々紗を庇って死んだが、それを莉々紗のせいだなんて思わないだろう。
死の間際でさえも、愛してくれていたのだろう。
分かっている。
それでも。
莉々紗は自分のせいだと思ってしまう。
その罪悪感から、なんとしても逃れたい。
それだけが、莉々紗を突き動かしている。
皎の言葉も完全に信じている訳ではない。
彼が善人ではないことも気付いている。
だが彼に提示された、禍霊根絶という可能性が甘い毒となって莉々紗を蝕んでいた。
禍霊を根絶出来れば、この罪悪感から解放されるはず。
「私はっ! 禍霊を根絶するのっ! そしたらもうっ……もうっ!」
「罪悪感を拭いされる?」
純礼の言葉に莉々紗は答えない。
黄色い光の膜が既に消えていることにも気付いていない。
「貴女が罪悪感を覚える必要はないのよ」
「あるよ! 私のせいで死んだんだもん!」
「違う。貴女のせいじゃない」
「じゃあ誰のせいなの!」
莉々紗の拳が純礼の頬を初めて捉えた。
純礼はわざとかわさなかった。
「そうね……。私のせいにして」
「……え?」
「だから、私のせいにすればいいわ」
「なんでっ……意味分かんない!」
さらにもう一発。
純礼はまたもかわさない。
「私がその場にいたら、助けてあげられた。ごめんなさい」
「そんな話しても意味ないよ! 思ってもないことを言わないでっ!」
「思ってる!」
莉々紗のパンチを手首を掴んで止める。
「前の私なら思わなかったわ。どこか私の知らない場所で禍霊に襲われている人がいても、私にはどうしようもないし、関係ないことだって、知らない顔して生きていたわ。自分をそういう冷たい人間だと思ってたから」
「ならっ!」
「でも今は違う。私はそんな人間じゃないって言ってくれる人がいるから」
手首を握る力が強くなる。
「だから、ごめんなさい。その場にいてあげられなくて。助けてあげられなくて。本当にごめんなさい」
「そんなことっ……そんなこと言われたって……」
両親が死んだ時も、葬儀の時も莉々紗は泣かなかった。
そんな資格はないと思ったからだ。
誰もが君のせいじゃないと言ってくれた。
その言葉が嫌だった訳ではない。
だが、大切な人を自分のせいで死なせてしまった罪は、咎められるよりも許されるほうが辛いのだ。
「私のせいだもん……ママとパパは私のせいで死んじゃったんだもん……」
「違う。その場にいてあげられなかった私が、助けてあげられなかった私のせいよ。私のせいにして。自分のことは許してあげて」
莉々紗が力なく崩れ落ちる。
純礼はそれを、そっと抱きとめた。
「貴女は悪くない」
「うっ……うっ……うわぁぁぁぁん!」
莉々紗が堰を切ったように泣き出す。
純礼は優しく抱きしめ、あやすように頭を撫でる。
「貴女が感化されたのが、別の星だったら良かったのにね……」
莉々紗の能力は解除され、魔法少女から一人の普通の少女に戻っている。
その彼女に白刃が迫る。
「期待外れだよ。莉々紗」
皎が莉々紗ごと純礼を刺し貫こうと迫る。
それを、
「知ったことかよ。お前の薄汚い期待なんて」
天平が立ち塞がり、阻んだ。




