第四十八話『心的外傷ラブソルト』
時間は少し戻り、洋館前。
天平と純礼、皎と莉々紗が向かい合っている。
「莉々紗。君は俺と一緒にいろ」
「うん」
「"明星・射光"!」
「おっと」
上空に浮かんでいる莉々紗を見上げ声をかける皎に天平が不意打ち。
しかし、あっさりとかわされる。
そこに、花びらのドリルを携えた純礼が突撃。
「"明星・射光"!」
刀とドリルで打ち合う皎と純礼。
天平は皎に再びレーザービームを放つ。
純礼への対応で反応が遅れ直撃するが、やはりダメージは見られない。
「やっぱ駄目か。うおっ!」
莉々紗が上空からヘレルベンサハルを振るう。
「莉々紗ちゃん……」
莉々紗を見上げる天平。
一方の莉々紗は天平への攻撃を続ける。
「莉々紗ちゃん。アイツになにを言われたの? なんでそっちにつくのか教えて」
刺激しないように穏やかな口調で問いただす天平。
莉々紗はややあって口を開く。
「……皎の組織は禍霊の発生そのものを止めるために活動してるの」
「……ええ?」
「私は禍霊を根絶して、私みたいな思いをする人が生まれないようにしたい」
「禍霊の発生そのものを止めるって……」
莉々紗の話に困惑が隠せない天平。
禍霊の発生そのものを止める手段があるなど、天平には聞いたことがなかった。
そしてそれは、純礼も同じだ。
「出鱈目を……」
「出鱈目ではないさ」
純礼が睨みながら言うと、皎は薄い笑みを浮かべながら、そう返す。
「もしそんなことが出来るなら、拝揖院がやってる筈だよ。莉々紗ちゃんは騙されてるんだ」
「拝揖院は禍霊がいなくなったら困るから、あえてそれをやってないって」
「なにを……」
「禍霊がいなくなったら、拝揖院の必要性は落ちるでしょ! 拝揖院にとっては禍霊が発生し続けるほうが都合が良いんだよ!」
言い聞かせるような天平に言葉に、莉々紗は聞く耳を持たない。
「とんだ陰謀論だわ」
「陰謀論ときたか。だが、これは真実だ。隠されたね」
「隠された真実。陰謀論者の常套句ね」
皎の言葉にまともに取り合わず、ドリルで攻撃を続ける純礼。
「仮にそれが真実だとして、なぜ貴方なんかが知っているの?」
「仲間になるなら教えてやろう」
「話にならないわね……」
純礼は左手にも花びらのドリルを生成し、手数を増やす。
「疑問に思ったことはないのか? なぜ禍霊なんてものが存在するのか。なにが理由で発生するのか。なにも疑問に思わず拝揖院の命令のままに戦うのか? そこまでの隷属をよく自分に許せるものだな」
見下すように言う皎。
さらに弁舌は続く。
「そもそも、一般社会の連中からすれば、俺たちのこの戦いや禍霊の存在こそが当に隠された真実だ。その只中にいて、まだなにか奥底に隠されたものがあるとは考えないのか? 拝揖院がそれを知っていて、お前たちには教えていないとしたら?」
「よく喋る男ね……」
攻撃を捌きながらべらべらと喋り続ける皎に辟易する純礼。
「生憎、私が戦う最大の理由は拝揖院からの命令じゃなく個人的なものなのよ」
「それはなによりだ」
皮肉めいた言葉を返す皎に、純礼はギアを上げて攻撃を続ける。
「莉々紗ちゃん。アイツの言葉に信じられるだけの根拠があるの? ちゃんとよく考え……」
「もう! うるさい!」
必死に説得を試みる天平に叫ぶ莉々紗。
拒絶の意思を示すようにヘレルベンサハルを振るう。
「くっ!」
手で銃を作り、照準を合わせる。
しかし、攻撃には二の足を踏む。
対する莉々紗は攻撃に一切の躊躇がなくなっている。
さらなる攻撃を加えるべくステッキを振り上げる。
その莉々紗に向かって、洋館からなにかが飛び出してくる。
「わっ!?」
「なっ!?」
現れたのは巨大なカマキリの禍霊。
莉々紗に体当りして、そのまま落下。
目をぎょろぎょろとさせている。
「禍霊か。こんな時に」
天平は手で作った銃口を禍霊に向ける。
しかし禍霊は天平には目もくれず、離れた位置でこちらを見ている皎に突進。
「こいつは……」
自分へ向かってくる禍霊。
それが放つ霊気に皎は覚えがあった。
禍霊がカマを振り上げる。
純礼が皎から距離をとる。
皎は刀でカマによる攻撃を防ぐ。
「まさか、勝部か?」
皎の言葉に禍霊はなにも返さない。
だが皎の推測は正しく、この禍霊は勝部が死後に転じたものだ。
皎に殺された後、しばらく間世を彷徨った後に禍霊化した。
「ああ、そうだな。禍霊になるだろうさ。お前のような奴はな」
嘲笑うように言う皎に、禍霊勝部は何度もカマで斬りかかる。
「記憶なんて残ってないだろうに、復讐のつもりか?」
「ギッ!」
カマによる攻撃を捌き、顔面を蹴り飛ばす。
飛んで行った先には天平。
標的をそちらに変える。
「今度は俺かよ!」
「やはり、支部長が内通者だったのね」
勝部を内通者としてにらんでいた純礼は、一連の流れから事情を察する。
「拝揖院について、ある程度情報は持ってるわけね。だからといって、禍霊根絶云々の信憑性が高まるわけじゃないけど」
「別に信じてくれなくていい。仲間にならないなら殺すだけだ」
禍霊勝部を天平に押し付け、再びやり合おうとする純礼と皎。
「カシコミ……カシコミ……」
禍霊勝部は胸の前でカマを揃える。
まるで祈りでも捧げているかのような姿勢から、カマを擦り合わせる。
次の瞬間、カマを擦り合わている部分から全方向に斬撃が放たれた。
「おっと!」
「っ!?」
斬撃は洋館を斬り裂き、地面を斬り裂き、周囲の木々を斬り裂く。
皎と純礼は互いに距離を取り、それを回避。
一方の莉々紗は唐突に放たれた斬撃に完全に反応が遅れた。
しかし、傷はない。
なぜなら、
「くっ……あっ……!」
天平が咄嗟に盾になったからだ。
背中に傷を負い、血を流し、自分にもたれかかる天平を見て莉々紗の脳内にある記憶がフラッシュバックする。
「あ…あああああ」
「莉々紗ちゃん?」
「あああああああああああっ!」
「うわっ!」
もたれかかる天平を払いのけて立ち上がる莉々紗。
「禍霊なんて……禍霊なんてものがいるからっ!」
叫び、浮遊。
ステッキを真上にかざす。
「"星乙女の落涙"」
巨大な星が燃えながら降る。
「おい嘘だろ……!」
「ギィッ!」
隕石が落ちてくるのを見て驚愕する天平。
しかし、禍霊勝部は臆さず突っ込む。
「はは。随分と勇敢になったじゃないか。まさに蟷螂の斧だな」
それを見て嘲笑う皎。
禍霊勝部は隕石に触れた瞬間に蒸発し消滅。
尚も隕石は落下を続ける。
「天平くん!」
膝をついたままの天平を純礼が抱きかかえ落下地点から離れる。
さらに大量の花で壁を作り上げた。
そして隕石が落下。
凄まじい轟音が響き、衝撃が吹き抜け、洋館も周囲の木々も吹き飛んでいく。
「素晴らしいね」
衝撃の中でも微動だにせず立っている皎が呟く。
隕石の衝突で景色は完全に変わり果ててしまった。
「くっ……天平くん、大丈夫?」
「うん。ありがとう」
吹き飛ばされ、抱き合うように倒れていた天平と純礼が立ち上がる。
二人とも全身に砂埃を浴びているが、ダメージは無かったようだ。
「莉々紗ちゃん……」
宙に浮いたままの莉々紗を見上げ、天平が呟く。
彼女を庇い背中に傷を負い、あまつさえ隕石攻撃の巻き添えを受けても、未だ莉々紗に対して僅かばかりの敵愾心も抱いていないようだ。
そんな天平を見て、純礼は呆れたような、しかし安心しているようにも見える笑みを浮かべる。
「天平くん。莉々紗ちゃんとは私が戦うわ」
「え?」
「貴方、彼女に攻撃出来ないでしょう」
「いや……でも……話し合って……」
「そんな段階は過ぎてるわ。大丈夫。ちょっとお仕置きするだけよ」
純礼はそう言って歩を進める。
莉々紗はじっと、それを見下ろす。
「私と一対一で戦いましょう。貴方は邪魔をしないで」
最初の言葉は莉々紗に。
その次の言葉は皎へ。
彼は相変わらず笑みを浮かべたまま「どうぞ」とでも言うように手を差し向ける。
莉々紗がヘレルベンサハルを振りかざす。
純礼はさらに歩を進める。
「覚悟してね。莉々紗ちゃん」
花びらを舞わせながら、莉々紗を見上げる。
「私は天平くんほど優しくないから」




