第四十四話『お別れ』
島根県は出雲市の郷土料理、出雲そば。
その代表的な食べ方の一つである割子そばの店に天平たちはいた。
移転前の児童養護施設を調査しに来たのだが、護送車襲撃の件から戦闘が発生する可能性が高いと考え、腹が減っては戦はできぬということで腹ごしらえにやって来たというわけだ。
四人掛けのテーブル席に着き、全員同じメニューを頼む。
間もなく運ばれてきたのは、朱塗りの丸い漆器が三つ積み重ねられたもの。
出雲そば独特の、色の濃い蕎麦が少量ずつ、その小さな器に盛られている。
添えられた土瓶には、濃いめのそばつゆ。
そして、海苔、ネギ、大根おろし、もみじおろしといった薬味が小皿に数種類。
割子そばには特有の食べ方がある。
天平はテーブル脇に立てかけてある食べ方が記された表を見て、その通りに食べ始める。
器を一番上から外し、目の前に置く。
香りの強い蕎麦の上に、まずは刻み海苔とネギを散らす。
続いて、土瓶からつゆを注ぐ。
一段目を平らげ、残ったつゆを二段目の器へと移す。
二段目には白い大根おろしをたっぷりと乗せ、さらに土瓶からつゆを数滴追加する。
そして最後の三段目。残ったつゆを注ぎ入れ、今度はもみじおろしと鰹節を試す。
三段すべてを食べ終え、残りのつゆが器の底に僅かに残る。
最後にそば湯を貰う。
湯呑みに注がれた白濁したそば湯を、ゆっくりと飲み干した。
「はぁ〜美味かった」
「ご馳走様でした」
「やっぱ出雲っつったら蕎麦だな」
「てか皆メシの時喋らんタイプ? 静かすぎてびっくりしたわ」
ほぼ同じタイミングで食べ終わる四人。
夏鳴太の言う通り、食事中は終始無言の空間だった。
「野津さんから折り返しこないの?」
「うん」
隣でスマホをチェックする天平に純礼が声をかける。
天平は莉々紗についての報告をするため野津に電話をかけたが、応答がなかった。
その折り返しを待っているが、それも無いようだ。
「莉々紗ちゃん、大丈夫かなぁ。んん?」
「どうしたの?」
なんの気なしにSNSを開いた天平。
そこである動画を見つけた。
「これ、さっきの!」
スマホの画面を三人に見せる天平。
そこには、護送車が火球で吹き飛ばされる瞬間の動画が。
「マズくないですか?」
「いや。そりゃ拝揖院が流してんだよ」
「え!?」
喬示の言葉に驚く天平。
「普通の人間には車がいきなり爆発したようにしか見えねえだろ? 火球に吹き飛ばされてるって分かるのは霊能者だけだ」
「そう言われるとそうですね。でもわざわざ流す必要あるんですか?」
「霊能者を探すためさ。それをリポストして火球が見えるなんて言ってる奴がいたら、そいつは霊能者だ。アカウント特定して勧誘すんのさ」
「そんなんやってるんすか」
夏鳴太が感心したように言う。
「ここ数年、拝揖院に新しく入ってくる奴の大半がそのルートだ。ま、時代だな」
☆
山の洋館。
皎たちの根城であるそこに莉々紗はいた。
赤く錆びた門を出ると、黒塗りのセダンが二台。
一台は先ほど勝部が乗ってきたもの。
もう一台は今しがた到着したものであり、運転席の扉が開き一人の女性が降りてくる。
「莉々紗ちゃん!」
「野津さん……」
現れたのは野津。
彼女が車内から電話をかけ、莉々紗に外に出てきてもらった。
「どうしてここが分かったの?」
「それは……」
「スマホに位置情報アプリでも入れられているんだろうさ」
野津が良い淀んでいると、莉々紗の背後から皎が現れる。
「そうなの?」
野津はなにも言わないが、皎の指摘は正しい。
莉々紗のスマホは島根支部に貸与されているものでおり、それにインストールされている位置情報アプリによって位置を常に把握されている。
「私聞いてないよ!」
沈黙を肯定と受け取り、莉々紗が叫ぶ。
「あなたを守るためなのよ」
「それは、そっちの勝手な理屈だな」
「君は誰なの?」
口を挟んでくる皎に野津が語気を強めて問う。
「莉々紗の仲間さ。新たなね」
「どういう……」
「ちなみに、本多樹も俺たちの仲間だった。捕まってしまったので死んでもらったが」
その言葉に野津の表情が変わる。
「莉々紗。今ここではっきり決めよう。俺たちと禍霊を根絶し、君のような不幸な境遇の者を生み出さないという大義を成すか、拝揖院に戻り、堕落した世界で両親のことも忘れ安穏と生きるか」
莉々紗の横に並び、顔を見ながら皎は言う。
「今、ここで決めるんだ」
莉々紗は俯き、しばし沈黙。
そして意を決したように顔を上げ、口を開く。
「私は皎たちと行く」
「莉々紗ちゃん!」
「ごめん野津さん。今までありがとう。もうお別れだよ」
「だそうだが?」
嘲笑うような皎の言葉は、悲痛に顔を歪める野津へ。
「皎。お願い。野津さんは逃がしてあげて」
皎の顔を見上げながら莉々紗が言う。
「俺は構わないが……向こうはおとなしく引き下がるつもりはなさそうだ」
皎が言うように野津は既に戦闘態勢に入っている。
「オン・ソンバニソンバ・ウン・ギャリカンダギャリカンダ・ウン・ギャリカンダハヤ・ウン・アナウヤコクバギャバン・バザラウンハッタ。つなぎ留めたる津まかいの綱、行者解かずんば、とくべからず」
凄まじい早口で呪文のようなものを唱え、右腕を突き出す。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
九字を切り、皎を指差す。
すると、皎はたちまち身体の自由を失う。
「へえ。修験者か」
皎は冷静さを失わず、そう呟く。
修験者とは修験道を実践する行者のこと。
野津は修験道の秘術を扱う霊能者なのだ。
今発動したのは、対象の自由を奪う不動金縛法。
それを野津独自に簡略化したものだ。
「莉々紗ちゃん! こっちへ!」
野津が叫ぶ。
しかし、莉々紗は動かない。
「莉々紗ちゃん!」
「分からない奴だな。莉々紗は俺を選んだんだ」
皎は不動金縛法を自身の霊力で力ずくで解く。
それを見た野津は懐から小刀を取り出す。
刀身には摩利支天の四文字が切り離して掘られている。
その小刀を構え、素早い動きで皎に斬りかかる。
「良い動きだ。勝部より余程な」
皎は腰の刀を抜き、野津の刀を受ける。
「支部長……?」
「そこにもう一台車があるだろ。勝部が乗っていたものだ」
「どうして支部長がここに……!」
「奴は俺たちの協力者だった。もうずっと前からな。用済みになったので死んでもらったが」
「なんですって!?」
言葉を交わしながら鍔迫り合う二人。
野津は一旦距離を取り、
「オンアニチマリシエイソワカ」
呪文を唱える。
これは摩利支天の真言であり、敵から自分の姿を隠す効果がある。
野津の姿が消える。
そのまま莉々紗を連れて逃げようと、皎の脇を抜けようとする。
しかし、
「くだらない」
「ああっ!?」
容易く場所を突き止めた皎に斬り伏せられる。
「マジックショーでもしにきたのか?」
斬られて血を流しうずくまる野津を見下ろし、冷たく吐き捨てる。
「皎!」
「莉々紗。大義を成すには犠牲が必要だ」
静止しようとする莉々紗の叫びにそう答え、刀を振り上げる。
「これは、その一つだ」
そして、野津の首を斬り落とさんと振り下ろす。
その刀身を、一筋の光線が弾いた。




