第四十三話『合流』
松江市の中心部。
先ほど起きた護送車襲撃事件により、規制線が張られ物々しい雰囲気に包まれている。
そこに近づく二人の男。
間世から帰還した天平と夏鳴太だ。
「ほんで隊長が自分も後で島根行くゆうから、俺も行かせてくださいて頼んだわけや」
「ふ〜ん」
道すがら、なぜ自分がここにいるのかを説明している夏鳴太。
「でもお前まで来たら、向こうは大丈夫なのか?」
「第四から二人応援に来てくれてんねん。せやから大丈夫やろ。そんなこっちに長居することもないやろし」
話しながら規制線に近づく二人。
そこで警官に止められてしまった。
「君たち、ここから先は入れないよ」
「え? いや、あの……」
どう言ったものかと考えあぐねる天平。
夏鳴太は対応を天平に丸投げするつもりなのか、明後日の方向を見てあくびをしている。
「おーい。そいつらは入れて良い」
そこに規制線の内部から声がかけられる。
警官は一瞬戸惑いを見せたが、素直に従い、規制線を上に引っ張りくぐるように促す。
天平と夏鳴太は軽く会釈をして規制線をくぐり、内部へ踏み入る。
「隊長! こっちにいたんですね」
声をかけた人物──喬示に天平が歩み寄る。
「護送車がふっ飛ばされたのは普通にニュースでやってたからな。夏鳴太置いて先に来たんだよ」
「空港着くなり速攻で置き去りや」
「悪かったよ」
「そういえば、純礼ちゃんは?」
「いるわよ」
「うおっ」
三人が立ち話をしていた直ぐ側の車両の影から純礼がひょこっと現れる。
「なんか顔色悪くない? あのゴスロリの子は?」
「死んだわ」
「えっ!?」
「殺したんか?」
驚く天平と夏鳴太に純礼は力なく首を横に振る。
「自分の憑霊の力で死んだわ」
「どういうこと?」
顔を見合わせる天平と夏鳴太。
そんな二人に純礼は熟との戦いの詳細を話す。
「なんやけったいな話やな」
「そっちはどうだったの?」
「タンクトップの男には逃げられたよ。向こうに増援が来たんだ」
「一人は蠱業物持ちや」
「本当に?」
「やっぱ、それなりの組織があるみてえだな」
敵に蠱業物持ちがいるという話に食いつく純礼と喬示。
そんな中で天平は言いにくそうに言葉を続ける。
「それと……莉々紗ちゃんもいた」
「え?」
今度は純礼が困惑する番だった。
「莉々紗ちゃんて誰やねん? あのフリフリの服着とった女の子か?」
莉々紗のことを知らない夏鳴太と喬示に天平が説明を行う。
聞き終わるなり喬示はため息を吐く。
「なんか面倒なことになってやがるな」
「なぜ莉々紗ちゃんはその蠱業物持ちの男と行動を共にしてるの?」
「分からない。ちゃんと話をする余裕もなかったから」
「とにかく、一旦支部に行くぞ。そこで今後の動きを決める」
喬示はそう言って、規制線の外へ向かう。
天平たちもそれに続いた。
☆
出雲市の中心部から離れた山の中腹にある古びた洋館。
塀は繁殖した苔の上を蔦が覆い、門は赤く錆びている。
その門の前に、とてもこんな場所に用があるとは思えない黒のセダンが停車している。
ドアが開き、一人の男が出てきた。
拝揖院島根支部の長である勝部だ。
眼鏡のフレームの両端を指で押し上げながら、洋館を見上げ、ゆっくりとした足取りで門をくぐる。
ギイッと音をあげながら門が開くと、それを掻き消すようにカラスたちが翼をはためかせる音が響く。
勝部はそれを気にもとめずに歩を進め、洋館の内部へ。
両階段の脇を抜けると、食堂らしき広い部屋に出る。
そこに皎と廻がいた。
「本多は上手く始末したようですね」
自分より一回り以上歳下の二人に、敬語で言葉をかける勝部。
「ああ。まぁ、熟まで死んでしまったがな」
一方の皎は椅子に腰掛けたまま、タメ口。
しかし、勝部は特に気にせず言葉を続ける。
「そもそも、君と本多で本部から来たあの二人を始末するという話だったのでは?」
眼鏡を指で押し上げながら、勝部が言う。
彼こそが拝揖院の情報を流していた内通者だ。
もう数年以上前から、皎たちの組織と密接な関係にある。
「そうだが、事情が変わった」
「というと?」
「アンタが知る必要はない。それより高嶺喬示が来てるな?」
「……それが?」
皎の言葉に若干の苛立ちを覚える勝部。
それに気づいているのか、皎は薄い笑みを浮かべる。
「ただの確認さ。それより、アンタが知る必要はないって言葉が気に障ったようだが、本当にそうなんだ。アンタはもうお役御免だからな」
「……なに?」
「アンタの役目は、禍対の目を俺たちからそらすことだ。だが、俺たちはもう禍対に目をつけられてる」
「それは私の責任じゃない! 奴らは東京で捕らえた寄処禍から君たちに辿りついたんだ!」
「分かってるさ。アンタに過失はない。だが、責任の所在がどうであれ、アンタが不要になったことには変わりない」
「勝手なことを……!」
「俺の独断だとでも? これは上で決まったことで、俺はそれを伝えているだけだ」
「そ、そんな……」
青ざめ、うろたえる勝部。
しばらく黙ったあと、素早い動きで振り返り、走り出そうとする。
「やれやれ」
しかし、それより早く皎が動く。
椅子に立てかけていた刀を手に取り、抜刀し、背中を斬りつける。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「手間をかけさせるなよ」
絶叫しながら倒れ込む勝部を冷たく見下ろす。
「み、見逃してくれ……」
「聞けない頼みだ。アンタが内通者だってことは直にバレる。色々と喋られても困るからな」
「口は割らない……!」
「そんなの無意味だと知ってるだろ」
勝部の命乞いをあしらい、冷たく吐き捨て、刃を突き立てる。
「んで、これからどうすんだ?」
今まで皎と勝部の会話を黙って聞いていた廻が口を開く。
「高嶺喬示を殺す。奴さえ始末すればあとはどうとでもなる」
「どうやるんだよ。父さんだって勝てないくらい強いらしいじゃんよ」
「そうだ。高嶺喬示は当代最強の寄処禍。だがこっちには切り札がある」
「あのガキか?」
「ああ。莉々紗は高嶺喬示の天敵と言える力を持っている」
拭い紙で刀の血を拭き取りながら、皎は自信有りげに言う。
「高嶺喬示を消せば、父さんの悲願達成に大きく近づく」
「そりゃあ、そうだろうけどよ。んじゃ、いつやるんだ? こっちから出向くのか?」
「いいや。この場所くらいもう突き止めてるだろう。向こうから来るさ」
血をすべて拭き取り、刀を眼前にかざす。
光沢を放つ刀身に、皎の双眸が映る。
「今日中にでもな」




