第四十二話『魔法少女、一日会わざれば刮目して見よ』
純礼が途方に暮れている頃、天平は廻を追って走っていた。
──こいつ、なんで現世に戻らないんだ?
十メートルほど前を走る廻の背中を見ながら、天平は訝しむ。
市街地には朝早くでも人が多い。
そんな場所では天平もうかつに力は使えない。
逃げるなら現世に戻ったほうが有利だ。
それなのに廻は間世に留まり続けている。
──考えててもしょうがないな……。
天平は球体を廻のそばまで飛ばし、位置交換能力を発動。
そのまま蹴りを放つ。
「おっと!」
廻はそれを半身でかわし、天平の足にそっと手で触れる。
「"独楽"」
廻が憑霊術を発動。
すると天平の身体が縦に回転する。
「なんっ……うおおおおおおおおおっ!?」
そのままぐるぐると縦回転で空中を進み、やがて壁に激突してずり落ちる。
「痛って……」
──触れたものを回転させる能力か……?
腰をさすりながら立ち上がり、廻の能力を分析。
すぐに球体と位置を交換し、大きく離れた廻との距離を縮める。
「面倒な能力じゃんよ」
「"明星・射光"!」
触れられるのをさけるため、一定の距離を取ったまま攻撃を加える。
しかし簡単にかわされてしまう。
─だったら!
「"明星・遍照"!」
「ぐおっ!?」
球体の一つが強烈な光を放ち、廻の身体を焼き焦がす。
それでも廻は走り続け、照射範囲から抜け出す。
「くそっ!」
追い続ける天平。
ある地点まで行ったところで、廻が急に立ち止まる。
次の瞬間、どこからともなく斬撃が放たれた。
「っ!?」
斬撃の狙いは天平。
横っ飛びで回避し、すぐさま立ち上がる。
「なんだ。来たんじゃんよ。こっちで逃げてて正解だったな」
「思いの外、彼女の成長が早くてね。実戦で試したくなった」
現れたのは二人の男女。
男の方は天平と同年代くらいの少年で、右手には日本刀を握っている。
問題はもう一人の方。
天平が昨日、半日かけて探し回っていた魔法少女がいた。
「莉々紗ちゃん?」
「アナタ……昨日の」
天平に名を呼ばれ、莉々紗も天平のことを思い出す。
「私のこと知ってるの?」
「野津さんに聞いたよ。それよりその人達は知り合い? 拝揖院の人じゃないよね?」
天平の問いに、莉々紗は口ごもる。
その彼女を天平の視線から遮るように日本刀を持った少年──皎がズイッと前に出る。
「お前には関係のないことだ」
「そっちのタンクトップの男は絞殺魔の仲間だ。さっき絞殺魔を口封じの為に殺した。そんな奴となんで一緒にいるの?」
皎を無視し、莉々紗へ問いを続ける。
心なしか語気が強まっている。
「え? 殺した……?」
莉々紗は困惑し、皎を見上げる。
「耳を貸すな。奴も堕落した組織の一員に過ぎない」
そんな莉々紗に落ち着き払った態度で皎が言う。
「お前はなんなんだよ?」
そこでようやく、天平は皎に向かって言葉を放つ。
「間の抜けた質問だな」
皎は右手に握る刀を持ち上げる。
柄は純白、鍔には星の意匠が施された美しい日本刀だ。
その刀の鋒を、ゆっくりとした動きで天平に向ける。
「敵以外に見えるのか?」
「見えねえな!」
球体を皎と廻に飛ばす。
「星?」
唯一攻撃を受けていない莉々紗だけが反応を示す。
皎と廻の二人は無言で球体による攻撃をかわす。
天平は球体の一つと位置を入れ替え皎に蹴りを放つ。
皎はそれを刀の峰で受け止める。
「三人相手に一人でやるつもりか?」
「だったら?」
天平は球体との高速位置シャッフルで二人を撹乱。
「うおっ!?」
廻の背中を蹴り飛ばし、次に皎の背後を取る。
「ふん」
振り向きざまに振るわれる刀をよけ、指を銃の形に構える。
「"明星・射光"!」
皎の左足を狙いレーザービームを放つ。
回避は間に合わない。
天平が命中を確信したタイミングで、皎が自身の持つ蠱業物の能力を解放する。
「"甲斐無星"」
皎の身体をキラキラとした薄い光が包む。
その直後にレーザービームが左足の太ももに命中するが、貫かない。
「なんだ?」
本来なら太ももを貫くはずのレーザービームを受けて、皎はまるで石ころでも投げつけられた程度の反応だ。
「蠱業物だな? その能力か?」
「教えると思うのか?」
見下すような口調で言う皎。
その視線が天平の後方に向く。
「俺のこと忘れてるじゃんよ」
「うおっ!」
背後から廻が殴りかかってくる。
パンチは防いだが、触れられたことで天平の身体が回転を始める。
「くっそ……!」
ぐるぐると回転し飛んでいく天平。
そこへさらに皎から斬撃が飛んでくる。
別の球体と位置を交換し回避。
しかし位置を替えても回転は止まらない。
結局、ビルの壁に激突することで無理矢理止まった。
「莉々紗。君の力も見せてくれ」
皎に言われ、少し躊躇うような素振りを見せた後に、右手に握るステッキを振り上げる。
「ヘレルベンサハル」
莉々紗が言うと、ステッキの先端の星が射出される。
星とステッキは鎖で繋がれており、莉々紗のステッキさばきに応じて動く。
星は射出された後に巨大化。
これは『魔法少女ティンクルいろは』の主人公であるいろはの武器。
ただのモーニングスターだが、その巨大さから武器というより兵器といった様相だ。
莉々紗はそれを天平に向けて振り下ろす。
「うおおっ!?」
球体との位置交換で回避。
回避した先に次々とヘレルベンサハルが迫る。
──掛祀禍終を使うか? でも倒しきれなかったらマズいしな。
掛祀禍終を発動するかどうかを逡巡する天平。
掛祀禍終の発動はそう長くは保たない。
その間に皎と廻を無力化する必要がある。
二人が掛祀禍終への対抗策を持たないなら簡単にいくだろうが、もし持っていた場合はそうはいかない。
仮にすぐ倒せたとしても、まだ他に仲間がいる可能性もある。
それを考えると、使用後しばらくの間、憑霊術が使えなくなるリスクのある掛祀禍終を発動するのは躊躇われた。
──とはいえ、掛祀禍終なしで乗り切れるか?
莉々紗による攻撃をかわし続けながら、皎と廻に対し攻撃を放ち続ける。
そのどれも当たることはない。
逆に天平は莉々紗からの攻撃に加え、皎と廻からの攻撃に次第に追い詰められていた。
──くそっ! 迷ってる暇はないか!
このままでは危ないと掛祀禍終の発動を決める。
しかしその時、思いがけない援軍が現れた。
「わっ!?」
ヘレルベンサハルの星の部分に斬撃が飛来。
その衝撃で莉々紗がよろめく。
「どういう状況やねん?」
「夏鳴太!?」
現れたのは東京にいるはずの夏鳴太。
竹刀袋を肩に掛け、そこから抜いた刀を右手に握っている。
「なんでここに?」
「説明は後や。あれ敵やろ。倒さんと」
「ああ、そうだな。でもあの女の子は攻撃しないでくれ。多分あいつらに騙されてるんだ」
「んん? よう分からんけど分かったわ」
夏鳴太はそう言うと、皎目掛けて一直線に駆ける。
「最初からこいつ狙いや」
刀で斬りかかる夏鳴太。
皎もそれを刀で受ける。
「蠱業物使いか。お揃いだな」
「嬉しないわ」
鍔迫り合う二人。
そこに挟撃するように廻が迫る。
「"霳霞霹靂"」
蠱業物の能力を解放。
バリバリと音を立てて電撃が迸る。
「うおっと!」
廻はとっさに後退。
一方の皎は目を見開く。
「そうか。お前、帶刀玻流夏の弟か」
目の前の敵の口から兄の名が飛び出し、夏鳴太の動きが一瞬止まる。
「……なんでお前が兄貴の名前知っとんねん」
「なんでもなにも……。いや、よそう。教えてやる義理もない」
「なら言わせたるわ!」
刀身から激しい電撃を放つ。
それは皎に命中するも、ほとんどダメージは見られない。
──こいつの刀の能力か?
夏鳴太は訝しみながらも再び電撃を放とうとする。
皎はそれに対し、バックステップを数度繰り返し距離を取る。
「なんや逃げんのか?」
「ここら辺にしておこう。莉々紗! アレを」
夏鳴太を無視し、皎が莉々紗に声をかける。
彼女は頷くと、浮遊する。
「浮いとる!」
夏鳴太が叫び、天平は目を見開く。
その隙に皎と廻は場を離脱。
莉々紗はある程度の高さまで浮遊すると両手を広げる。
「"星に願いを"」
空から星が降り注ぐ。
星は地面に触れると爆発を起こし、破壊を撒き散らす。
『魔法少女ティンクルいろは』の主人公いろはの必殺技の一つであり、莉々紗は皎との特訓で姿だけではなく戦闘能力のコピーまで可能にしていた。
「うおおおおおおおおおっ!?」
絨毯爆撃さながらの攻撃に晒される二人。
天平は五つの球体を頭上に集め盾代わりに、夏鳴太は雷化することでやり過ごす。
攻撃が止むと、莉々紗も皎も廻も消え、爆撃の余韻だけが残されていた。




