第四十一話『lose control(persimmon)』
島根出張三日目。
天平と純礼の二人は早朝の松江市内を走る車の中にいた。
拝揖院島根支部の護送車であり、現在は絞殺魔こと本多樹の護送の真っ最中だ。
車内には天平と純礼の他に薄縁衣で拘束された本多と数人の職員。
二人の同行は島根支部からの要請では無く、純礼の希望だ。
「昨日は莉々紗ちゃんと会えたの?」
「いや、会えなかったよ。市内中探したんだけど」
純礼の問いに天平が首を振りながら答える。
天平は昨日、午後の時間を丸々使って純礼を探したが会えなかったようだ。
「そう。今日は児童養護施設を調べに行くから、その件はそっちが終わってからね」
「分かったよ」
今日はこれから松江玉造ICを抜け山陰自動車道を経由して出雲市へ。
出雲縁結び空港への本多の護送を終えたら移転前の児童養護施設の調査へ行く予定だ。
しかし、その予定は大きく狂うことになる。
護送車に火球が飛来する。
小規模、しかし護送車を大破させるには充分な爆発が起きる。
騒然となる周囲。
道路に放り出される乗員たち。
その中で純礼が真っ先に立ち上がる。
「狙いは本多です! 私たちは間世に退避しますのでここはお願いします!」
職員に指示を出し、禍仕分手を発動。
天平と純礼、そして本多は間世に転移される。
「やはり来たわね」
純礼が見据える先に二人の人物がいる。
見ているほうが暑くなるようなゴシックロリィタ服に身を包んだ赤髪の少女。
もう一人は黒のタンクトップにハーフパンツという、いかにも夏らしい服装の青年。
島根支部に本多へ情報を流していた人物がいるなら、本多に仲間がいた場合、彼が捕まったことも知られているだろうと純礼は考えた。
その場合、その仲間が本多を奪還しにくる可能性も。
そしてそれは、護送のタイミングに起こるだろうと。
そう考え、護送への同行を申し出た。
純礼の予想は見事に的中したわけだ。
「めんどくさぁ〜い。なんで熟がアイツの命令聞かなきゃいけないのぉー」
「しょうがないじゃんよ。父さんの留守を任されてんのがアイツなんだから」
愚痴っぽく言う熟という少女に青年が答える。
その間も二人は天平たちへと歩を進める。
「止まりなさい」
その歩みを純礼が静止する。
「本多の仲間ね? 奪い返しに来たということかしら?」
「お前ら! 速くこいつらぶっ殺してくれ!」
純礼の声を掻き消すような大声で叫ぶ本多。
それに対し熟はため息。
「もう良いや。さっさと終わらそ。"曝柿"」
熟が憑霊術を発動。
複数の火球が宙に浮かぶ。
それを一斉に放つ。
「"臈闌花"」
純礼も憑霊術を発動し応戦。
花びらで壁を作り火球を阻む。
火球は花びらに触れると爆発を起こす。
「"明星"」
天平は憑霊術を発動しながら爆風を突っ切り、二人に迫る。
「廻!」
「へいへい」
廻と呼ばれた青年が迎撃に動く。
天平は周囲を浮遊する球体と位置を高速でシャッフル。
「あん?」
次々と球体と位置を入れ替える天平に撹乱される廻。
その背中を天平が蹴りつける。
「がっ!?」
「ダッサ! なにやってんの!?」
蹴り飛ばされる廻を罵りながら、熟は天平に火球を放つ。
「おっと」
球体との位置交換で回避。
移動した先で両手を銃の形に構え、熟と廻の二人に照準を合わせる。
「"明星・射光"──"椏均芒"!」
球体から二本のレーザービームがそれぞれ熟と廻に放たれる。
「ふんっ!」
「うおっと!」
素早い動きで回避する二人。
そこに立て続けに花びらの刃が飛来。
廻はそれも回避するが、熟は避けきれず裂傷を負う。
「っ! よくも熟にっ!」
怒気を帯びた声で叫ぶ。
それに呼応するように周囲に大量の火球が発生。
「"曝柿・裂果"」
二十を超える火球の一つ一つが四つに割れ降り注ぐ。
「くっ!」
花びらで壁をつくりなんとか防ぐ。
しかし降り注ぐ火球は純礼だけではなく本多にも迫る。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
爆撃を受け絶叫する本多。
「熟ぇ! てめえなんのマネ……」
熱と痛みに苦しみながら、熟に非難の声をあげる本多。
そこにもう一つ火球が着弾し本多を四散させる。
「なっ!?」
仲間であるはずの本多を爆殺した熟に驚く純礼。
「奪還ではなく口封じしに来たってわけね……!」
苦々しい表情で熟を睨む純礼。
お互いに花びらと火球を発生させる。
「おい熟! 仕事は終わったじゃんよ。帰るぞ」
「うっさい! あの女は殺す!」
撤退を促す廻を怒鳴りつける熟。
身体に傷をつけられたことが、どうにも我慢ならないようだ。
それに対し廻はため息を吐く。
「んじゃ俺は先に帰るじゃんよ」
そう言って離脱する廻。
「追って! ここは私が!」
「分かった!」
純礼の指示を受けて、天平は廻を追うため場を離脱。
残された純礼と熟。
同じタイミングで花びらと火球を放つ。
ぶつかり合い爆発が発生。
「"臈闌花・刳為咲」
掌に花びらのドリルを携え、爆風と花びらの舞う中を突っ切って熟に迫る。
「近寄るな!」
叫びながらさらなる火球を放つ熟。
「"臈闌花・感電若"」
花びらを収束させ花冠に。
純礼はそれを自身に迫る火球の後方に配置。
火球が着弾し爆発すると同時に花粉が噴出される。
それは爆風を利用し猛スピードで熟に降りかかる。
「な……なにコレっ……!」
「おとなしくしなさい」
「っ! あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
痺れて動きが緩慢になる熟に迫り、花びらのドリルを腹部に突き刺す。
苦悶の声をもらし、うずくまる熟。
花びらが張り付き出血を抑えているが、ダメージは甚大だ。
「投降しなさい」
花びらの刃を包囲するように舞わせる純礼。
一方の熟は刺された腹部ではなく頭を押さえている。
「うっ……うう……あああああああっ!」
「なんっ……」
熟を中心に霊力の奔流が巻き上がる。
距離を取る純礼。
熟の背後に頭部に柿の木が生えた入道が現れた。
──掛祀禍終? でも彼女は呻いていただけ……。刀印も結んでいないし……。
「タン……タン……コロリンッ!」
入道の頭部にある柿の木から柿が落ちる。
実がひしゃげ、そこから赤い光が発生し立ち昇る。
赤い光の柱となったそれから無数の光線が放たれる。
「っ!」
降り注ぐ光線を回避する純礼。
光線は地面を剥がし、爆発を起こす。
それを潜り抜け熟へ迫る。
「あああっ!」
迫る純礼に無茶苦茶に腕を振るう熟。
──意識を失っている? いや、憑霊に意識を乗っ取られているのかしら……。
純礼は熟のただならぬ様子に、寄処禍に覚醒した直後の暴走状態だった天平の姿を思い出していた。
「タン……タン……コロリンッ!」
困惑する純礼に入道が迫る。
純礼は花の刃で迎撃。
入道を押し留め、小さな裂傷を刻む。
──攻撃が通用する……! やはり掛祀禍終じゃない。
「"臈闌花・刳為咲"」
花びらのドリルを生成し、入道へ一気に距離を詰め、額に突き出す。
「ンンンンンンンンン──!」
ドリルで額を貫かれた入道が絶叫する。
「随分柔らかいわね。声も発するし擬神ではないのかしら」
「タンタンコロロロロロロッ!」
入道の頭部の木から大量の柿が落ちる。
ぼとぼとと落ち次々とひしゃげ、赤い光が発生。
今度は柱ではなく球体となり純礼に迫る。
「ふぅー」
純礼は素早く後退して、息を吐き、精神を集中させる。
その頭上には大量の花びらが収束。
そして完成したのは巨大な花びらのドリル。
これは以前、破瓜雫歃が純礼と融合していた際に使った技。
純礼はあの後に鍛錬し、これを自分のものにした。
「"臈闌花・刳為咲"──"大輪"」
巨大な花びらのドリルを入道に向けて放つ。
無数の球体との接触で起きる爆発をものともせず進むドリルは入道を完全に刺し貫く。
「ンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンン──!」
顔面を刺し貫かれた入道は絶叫をあげ消滅。
「終わりね」
入道を失った熟に純礼が言う。
熟の方は立ち尽くすだけでなんの反応も示さない。
その時、まだ残っていた球体がふらふらと熟に迫る。
そして接触し爆発。
熟の上半身が完全に吹き飛んだ。
「な!?」
まさかの事態に目を見開き驚く純礼。
駆け寄り、上半身の吹き飛んだ熟の死体を呆然と立ち尽くして 見下ろす
「そんな……馬鹿な……」
寄処禍が自身の憑霊の力で傷つくことはない。
その絶対の原則が覆った。
後味の悪い勝利感と、足元が崩れるような不安感がないまぜになった心境のまま、純礼はしばらくその場から動けなかった。




