第四十話『星の導き』
「私は莉々紗……一色莉々紗だよ」
「莉々紗ね。寄処禍に覚醒したのは最近か?」
「う、うん」
自身の拙い戦いを見た上での確認と考え、莉々紗は伏し目がちに答える。
「覚醒したてにしては充分戦えている。落ち込むことはない」
そんな気持ちを察したのか、皎はそう言葉をかける。
「アナタも寄処禍なの?」
視線を上げた莉々紗の問いに、皎は右手に握る刀を持ち上げる。
「いや、俺は蠱業物使いだよ」
「蠱業物?」
「禍霊を素材にして打たれた特殊な刀さ。蠱業物十三振と言って、その名の通り十三振り存在する。これはその内の一振りだ」
説明を聞きながら、莉々紗はまじまじと刀を見つめる。
「俺はこの刀の素材になっている禍霊と縁穢で結ばれている。そういう意味では寄処禍と変わりはない」
「アナタは拝揖院の人?」
「いや違う。場所を変えて話そうか」
皎の提案で二人はカフェへ。
まだランチタイム前で客のまばらな店内の端の席で話を続ける。
「まず拝揖院についてだが、莉々紗は拝揖院の保護下にいるわけだな?」
皎の問いに、莉々紗は自身の身の上を話す。
出会ったばかりの得体の知れない男にそんな話をすることに抵抗がないわけでは無い。
しかし莉々紗は皎との出会いになにか運命めいたものを感じていた。
「両親が禍霊に。そうか、大変だったな」
いかにも同情しているといった様子で皎は言う。
「それで自分のような境遇の人間を生み出さないように戦っていると」
「うん」
「素晴らしいね。だが悲しいかな。君のその理想は拝揖院では決して叶わないよ」
「えっ?」
「拝揖院のやっていることは最低限の秩序の維持だ」
皎の言葉に莉々紗はよく分からないというように首を傾げる。
「奴らがやっていることは寄処禍を含めた霊能者を管理すること。そして管理下の霊能者を使って禍霊を祓う。これだけ」
莉々紗は黙って頷く。
「これでは君のような人間が現れるのを防げない。すべての禍霊を人的被害を出す前に祓うことなど出来ないからだ」
「で、でもそれはしょうがないんじゃ……」
「そんなことはない。禍霊の発生そのものを止めればいいんだから」
「え?」
皎の言葉に莉々紗は目を見開く。
「禍霊の発生そのものを止めるって……そんな方法があるの?」
「ある。拝揖院の上層部も知っていることだ」
「どうしてそれをやらないの?」
「簡単なことだ。拝揖院は禍霊から人々を守るための組織だ。その禍霊がいなくなってしまったら?」
「……拝揖院もいらなくなっちゃう?」
皎は微笑む。
「組織そのものが無くなることは無いだろう。禍霊がいなくとも霊能者はいるからな。とはいえ、重要性が大きく下がるのは間違いない。割り当てられる予算もな」
「そんな……そんな理由で……?」
莉々紗は両手をぎゅっと握りしめる。
「拝揖院は拝み屋家業を営む者たちの事業拡大を目的に設立された。そもそもの成り立ちからして営利組織なのさ。崇高な理念などとは無縁な組織だ」
そんな莉々紗を見ながら話を続ける皎。
その顔には薄い笑みが浮かんでいる。
皎の言っていることは嘘ではない。
が、すべてが真実というわけでもない。
嘘の中に真実を混ぜる良くある詐術だが、純真無垢な十三歳の少女を誑かすには充分だった。
「俺のいる組織は拝揖院とは違う。禍霊の発生そのものを止めるために活動している。莉々紗もこっちに来ないか?」
「そんな簡単に入れるの?」
「まぁ、もう少し強くなってもらう必要はあるな。能力を詳しく教えてくれるか?」
そう言われ、莉々紗は自身の能力について説明を行う。
しかし、彼女自身も正確に理解していないため、あまり要領を得ない。
それでも皎は静かに頷きながら聞き、整理していく。
「君の能力はおそらく、君の負った心の傷に深く関係してる」
「心の傷?」
「君は禍霊に両親を殺された。その心の傷が君を禍霊との戦いに駆り立てている。そうだね?」
莉々紗が頷く。
「君はおそらく、禍霊と戦う度に両親が殺された瞬間のことを思い出しているはずだ」
莉々紗はその言葉に目を伏せる。
それを肯定ととらえ、皎は言葉を続ける。
「そうやって心の傷を、ある意味自ら抉っている。その見返りに君には禍霊と戦うための力が与えられているんだろう。変身するのがソレだ」
皎はスマホを取り出し、あるサイトを開く。
「『魔法少女ティンクルいろは』。少し前のアニメだな。昔から見てたのか?」
「うん。凄く憧れてたの」
「その憧れが反映されているんだろうね。君にとっての戦う力の象徴がこれというわけだ」
アニメの公式サイトを見ながら皎が言う。
主人公いろはの設定が記されているページを興味深そうに見ている。
「見た目だけじゃなく能力までコピーしているのなら、君は大変な戦力になる」
「でも、どうやるのか分かんない……」
「俺が教えるさ。このアニメの主人公は星の加護と導きを受けて戦うそうじゃないか」
莉々紗が頷く。
皎がキラキラとした輝きとともに現れた瞬間が今でも鮮明に思い出せる。
皎はスマホをしまい、薄く微笑む。
「まさに、このアニメ通りだ」
☆
拝揖院島根支部。
いくつかある取調室の一つに、絞殺魔こと本多樹はいた。
白い拘束衣を身に纏い、あからさまに不満そうな顔をしながら椅子に座って取り調べを受けている。
「あんな拘束で大丈夫なの?」
取調室の隣の部屋。
マジックミラー越しに取り調べの様子を眺めている天平が純礼に問う。
「あれは薄縁衣。その名の通り、寄処禍と憑霊の縁穢を薄める効果があるわ」
「じゃあ憑霊の力が使えないんだ」
「完全に封じ込められるわけじゃないけどね。まぁ、あの程度の寄処禍なら充分よ」
純礼は天平にそう答えると、職員のそばへ。
「私にも時間をもらえますか?」
「勿論です」
「マイクはオフでお願いします」
「分かりました」
そう言って部屋を出る。
天平も後に続き、取調室へ。
「てめえら……!」
自分を捕らえた二人を見て、本多は敵意を剥き出しにする。
純礼はそれを意に介さず、本多の正面に腰掛ける。
天平は純礼の右斜め後ろに立つ。
「いくつか質問していいかしら?」
純礼の言葉に本多は顔を背ける。
「あなた、私たちが来ることを知っていたわよね。いきなり攻撃してきたものね」
玄関を開けるなり攻撃を加えてきた本多。
純礼は島根支部に本多へ情報を流している人物がいると考えている。
「いやあ? 俺にはレーダーがあるんだよ。縊り殺し甲斐のありそうな良い女が近づくと反応するんだ。今もビンビンだぜ」
ニヤニヤと笑いながら、拘束された状態で腰をカクカクと動かして見せる。
それを軽蔑の眼差しで見る純礼は聞いても無駄だと判断し、質問を変える。
「青駕来滾という人物を知ってるかしら?」
「ああ? いや、知らねえな」
先ほどのとぼけた態度とは違い、本当に知らなそうな様子の本多。
純礼は「そう」と呟き、立ち上がる。
「もういいの?」
「ええ。どのみち異却囹に移送すれば知りたいことは知れるわ」
「おい女。お前は絶対に縊り殺してやるからな。首洗って待ってろよ。文字通りなぁ」
下卑た笑みを浮かべながら言う本多。
純礼と天平は振り返ることなく部屋を出た。




