第三十八話『絞殺魔』
翌日。
朝早くにホテルをチェックアウトした天平と純礼は島根支部に。
本来なら出雲市にある移転前の児童養護施設に調査に行く予定だったが、ここへ呼び出されたのだ。
応接室でソファに座る二人の前に、呼び出しの理由であろう複数の写真がある。
「これは……遺体ですか?」
「はい」
純礼の問いに、説明係を任されたらしき支部の職員が答える。
「七、八年ほど前から県内で発生している連続絞殺事件の被害者たちです」
「普通の遺体に見えますけど、寄処禍による仕業なんですか?」
写真をまじまじと見ながら天平が言う。
彼の言う通り、写真に映っている遺体はどれも派手な外傷は見られず、ただ眠っているだけのようにすら見える。
「絞殺死体には手で直接絞められた場合にできる扼痕、縄などを用いて絞められた場合にできる索条痕のいずれかが痕跡として残ります」
職員は身振り手振りを交えながら説明を行う。
「しかし、これらの死体にはそのどちらもありません。明らかに頸部を圧迫されているにも関わらず、です」
「なるほど……」
「犯人はおそらく間世を経由して犯行に及んでおり、寄処禍としての知識を持った人物であると思われます。島根支部では便宜上、絞殺魔と呼んでいます」
──青駕来に似てるな……。もしかして、同じ人間に教わったのか?
職員の言葉に天平は考え込む。
一方の純礼は写真を一枚一枚手に取って眺めている。
「そのことから、長らく犯人の特定ができずにいました」
「その言い方だと、今は出来ているということですか?」
「その通りです」
純礼の言葉に職員が頷く。
「昨日、絞殺魔による新たな事件が発生しました。今までと違うのは室内を物色した痕跡があったことです。その指紋から絞殺魔を特定しました」
言いながら、さらにもう一枚の写真を差し出す。
「本多 樹。松江市在住の二十歳」
純礼が写真を手に取り、天平がそれを横から覗き込む。
「なんで今回は室内を物色したんですかね?」
「それはなんとも。長年逃げおおせている自身から増長したのかもしれません」
「理由はともかく、特定できたのなら早急に捕らえるべきですね。私たちに話したということは……」
純礼はそこで言葉を切り、職員を見る。
「ええ。お二人に向かってもらいたい。寄処禍を相手取れる人員は支部には殆どいませんから。別件で来られているところ申し訳ありませんが……」
「別件オッケーです」
「構いません。それも禍対の仕事ですから」
天平の小ボケをスルーし、純礼はそう言って立ち上がる。
こうして予期せぬ任務が始まった。
☆
松江市郊外にある二階建てアパート。
絞殺魔こと本多樹の住処であるこの場所に天平と純礼は来ていた。
支部の職員が運転する車から降り、本多の部屋に向かう。
「なんか浮かない顔してるね」
二階の本多の部屋へ向かうための階段を昇る途中、純礼の顔を見ながら天平が言う。
「随分とタイミングが良いと思ってね」
「絞殺魔の特定が?」
「そう。なんだか引っかかるわ」
話しながら、本多の部屋の前に到着。
純礼がインターホンを鳴らす。
「本多が出てきたら、すぐに禍仕分手を発動するわ。戦闘態勢でいてね」
「分かった」
二人の簡単な打ち合わせが終わると同時にドアが開く。
純礼がすかさず手を叩こうとする。
しかしそれより早く、
「っ!」
ドアが開くと同時に放たれた蹴りが、純礼を襲った。
寸前で腕をクロスさせガードするが衝撃で吹き飛び、鉄柵を越えて落下する。
「純礼ちゃん! お前……!」
純礼の身を案じる天平だが、彼女が空中で一回転して華麗に着地を決めたのを見てすぐに本多に向き直る。
一方の本多は天平に向けて右手をかざす。
「"扼喉殞"!」
憑霊術を発動。
右手をなにかを握りしめるように閉じる。
すると、天平の喉が急激に圧迫される。
「な……ん……!」
──触れずに首を絞める能力かっ!
「"臈闌花"」
ひとっ飛びで二階に戻って来た純礼が本多に向けて花びらの刃を放つ。
「ちっ!」
本多は後退してそれを回避。
その際に握りしめていた手が開かれ、それと共に天平が頸部の圧迫から解放される。
「禍仕分手!」
本多が禍仕分手を発動。
三人が間世に転移される。
本多はそのまま踵を返し、逃走。
「さ、先に行って!」
圧迫から解放され激しく咳込んでいた天平が純礼に追うよう促す。
純礼は頷きだけを返し本多を追う。
「逃げられると思ってるのかしら」
無数の花びらの刃をけしかける。
本多はそれを回避しながら、右手を純礼にかざし握りしめる。
「くっ!」
純礼の頸部を圧迫が襲う。
「あぁ、いいねぇ! やっぱ首絞めんのは女に限るよ! 特にアンタみたいな色白の美人はさぁ! 顔が歪んで真っ赤になっていくのが最高に興奮するよ!」
「下衆……ねっ……!」
純礼は花びらをさらに発生させ、本多に飛ばす。
「うざってえ!」
本多は手をかざし握りしめたままの状態で回避行動をとるが、動きが制限され身体にいくつもの裂傷を負う。
「クソがっ!」
それでも手は握りしめたまま。
純礼がさらなる攻撃を放とうとする次の瞬間、
「"明星・射光"!」
レーザービームが本多の右足の太ももを貫いた。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!」
絶叫し崩れ落ちる本多。
「痛えぇ! 痛えぇよぉぉぉっ!」
握りしめていた手を開き、両手で出血部分を押さえながらのたうち回る。
「けほっ! けほっ!」
それにより純礼が頸部の圧迫から解放。
「大丈夫?」
やって来た天平が背中を擦りながら声をかける。
「ええ。ありがとう」
「クソが! ぶち殺す!」
純礼の天平への感謝の言葉をかき消すように本多が叫ぶ。
「"縊り死ね"」
そして両手で自分の首を絞める。
「ゔぉえええええええええっ!」
すると本多の口から無数の細長い腕が這い出てくる。
「うわっ……」
「おとなしく投降すればいいものを」
揃って顔をしかめる二人。
その二人に無数の腕が手をかざし、そして閉じた。
「ぐっ!」
「かっ!」
再び二人の頸部を圧迫が襲う。
さらに今度は手首と足首も圧迫される。
しかし既に憑霊術を発動している二人にはさしたる問題にはならなかった。
五つの球体と無数の花びらが一斉に本多とその口から出ている腕を襲う。
衝撃と熱に裂傷。
立て続けの攻撃に本多は倒れ込み、腕も地面にしなだれかかる。
その際に手が開かれ、二人は圧迫から解放される。
奥の手も通じず絶体絶命。
そんな本多と、追い詰めている真っ最中の天平と純礼の三人を物陰から見る者がいた。
その人物はゆっくりとした足取りで三人の元へ。
しかし、自分より速く三人の元へ向かう存在を見つけ、立ち止まった。
「いい加減観念しろよ」
口から出ていた腕をしまい、逃走を続けようとする本多。
それを球体との位置交換で容易く追いついた天平が蹴り飛ばす。
倒れ込む本多。
拘束しようとする天平。
しかしそこに乱入者が現れた。




