第三十六話『出張任務』
休暇の数日後。
天平は今日も今日とて禍霊と戦っていた。
「ギィッ! ギィギィッ!」
耳障りな声で鳴くのは二匹の巨大な蝙蝠型の禍霊。
「"明星・射光"」
「ギィアッ!」
一匹の禍霊の翼をレーザービームで撃ち抜く。
容易く貫き穴を開けるが、ボコボコと音を立てて再生する。
「げっ! 再生能力持ちかよ!」
顔をしかめる天平を二匹が挟撃する。
「"明星・遍照"」
「ギィアアアッ!」
それに対し、範囲攻撃でカウンターを喰らわせる。
強烈な光と熱に二匹の蝙蝠禍霊はたまらず退避。
「ん?」
そこで天平はある事に気づく。
──再生しない?
熱で全身が焼け爛れた二匹の蝙蝠禍霊。
その焼け爛れた皮膚が一向に再生しない。
「"明星・遍照"」
天平は再び遍照を一匹にだけ当たるように放つ。
それによりさらに身体が焼け爛れるが、今度は再生する。
しかし、先程の分のダメージはそのまま。
「そういうことか!」
天平は球体を一つ自分の目の前に配置する。
──こいつ等は二匹同時に攻撃しないとダメージが通らないんだ。
蝙蝠禍霊の能力を看破した天平は、それに対する有効な手を打つ。
「新技行くぜ」
両手を銃の形に構え、二匹の蝙蝠禍霊それぞれに向ける。
「"明星・射光"──"椏均芒"」
一つの球体から二本のレーザービームが放たれ、蝙蝠禍霊の脳天を同時に貫く。
二匹ともに断末魔の叫びをあげる暇も無く消滅した。
「よし。行くか」
祓除を終え、現世に戻る。
戻った先にはボストンバッグ。
それを担いで早朝の新宿を歩く。
目的地は第二部隊の事務所。
中に入ると純礼がいた。
「おはよう。純礼ちゃん」
「おはよう」
純礼の向かいのソファに座る。
「泊まりの用意してこいなんて、なにするんだろうね?」
「おそらく、地方への出張任務でしょうね」
天平の問いに純礼が答える。
純礼の傍にはキャリーケースがある。
「というか、隊長は?」
「まだ来てないわ」
二人はしばらく、他愛もない話を。
しばらくすると扉が開き、喬示が入ってきた。
「おう」
「おはようございます。隊長」
軽く手を挙げる喬示に挨拶をする二人人。
喬示は入ってくるなり、背を向ける。
「揃ってるな。んじゃ行くぞ」
そう言って、すぐに出て行った。
二人は顔を見合わせ、立ち上がる。
「行くってどこにですか?」
「向こうで説明してやる」
階段を下りながら天平が喬示に問うが、明快な答えは返ってこない。
そのままビルから出ると、拝揖院の車が停まっている。
いつものセダンではなく大型のSUVだ。
喬示が助手席に乗り込み、天平たちはラゲッジスペースに荷物を積んでから後部席に乗り込む。
「んじゃ、よろしく」
「はい」
喬示の言葉に運転席の涌井が短く返事をし、車を発進させる。
三十分ほど走らせ、やって来たのは羽田空港。
駐車場に停車せず、ビジネスジェット専用ゲートで停車。
簡単なセキュリティチェックを抜け、そのまま機体の横まで侵入する。
「ビジネスジェット?」
「地方へ任務に行く際はビジネスジェットが利用されるのよ」
「凄いなぁ」
車から下り、そのまま機体に乗り込む。
「ビジネスジェットなんて俺初めて」
「普通そうよ」
向かいあった座席に座る。
天平と純礼は隣に、その前に喬示。
今回の任務についてのブリーフィングが始まる。
「この間天平が捕まえた青駕来だが、アイツは岡山出身で十三歳の時に寄処禍に覚醒してる。その当時、青駕来に憑霊術の扱いを教えた奴がいるんだが、そいつは拝揖院についてもやたらと詳しいみたいでな」
「その人物について調査を行うということですね」
「調査任務で隊長まで出向くんですか?」
「どうやら寄処禍を集めてたみたいでな。大規模な寄処禍組織があるかもしれねえ」
「じゃあ今から岡山に?」
「いや。青駕来の話によると、そいつは島根の出雲市で児童養護施設を運営してたらしい。そこが調査対象だ」
「青駕来がそんな素直に情報を提供したんですか」
「異却囹には尋問の達人がいるって聞いたことがあるわ」
「達人ってか能力が尋問向きってだけだがな」
「こんなに隊員離れて大丈夫なんですか? 夏鳴太と晶さんだけになっちゃいまいますけど」
「出張に行ってる第四の奴が帰り次第応援に来てくれる手筈になってる。天平を貸したお礼だとさ。俺はそいつが来てから行く」
「私たちは先遣隊って訳ですね」
「そういうことだ。俺が来るまではあんまり無茶すんなよ」
そう言って立ち上がる喬示。
機長に挨拶をして、機体から出ていく。
しばらくして機体が離陸。
そこから一時間ちょっとのフライトを終え、出雲縁結び空港に到着。
空港を出てタクシーに乗り込む。
「児童養護施設って出雲市でしょ?」
タクシーの運転手に松江駅を目的地として告げる純礼に天平が言う。
「まず島根支部に挨拶に行くわ。いくら本部の人間でも他所の管轄で勝手に動くわけにはいかないでしょ」
三十分ほどで松江駅に到着。
そこからしばらく歩き、二階建ての古い建物に。
受付に来訪を告げると、一人の男がやってくる。
「これはこれは。遠路はるばる本部からよくおいでくださいました。御連絡くだされば迎えを送りましたのに」
「お気になさらず。こちらの都合ですから」
現れたのは眼鏡をかけたスーツ姿の男。
名は勝部。
島根支部の支部長だ。
「それで、今回はどのようなご用件で?」
「東京で捕えた寄処禍の関係者が出雲市にいるらしいので、その調査を。構いませんか?」
「それは勿論」
勝部はそう言うと、舐め回すようなねっとりした視線で純礼を見る。
「ありがとうございま〜す。それじゃ行こ。純礼ちゃん」
その視線を遮るように天平が前に出る。
そして純礼の肩を掴みくるりと回転させ、そのまま押して急ぐように支部から出ていく。
「ありがとう」
「えっ? なにが? それよりさ、調査行く前にどっか寄らない? 朝ご飯食べてなくてさ」
感謝の言葉にすっとぼける天平を見て、純礼は柔らかく微笑んだ。




