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眾禍祓除 SHU-KA-FUTSU-JO  作者: タカノ
第二章
33/58

第三十三話『遺念余執のよすがとなる』

「掛祀禍終の習得方法?」


「はい」  


 天平からの質問に、喬示は「あ〜」と悩むような素振りを見せる。

 ある日の任務帰り。

 喬示の任務に見学で付き添っていた天平は帰りの車中でそんな質問をした。

 喬示は補助員による送迎ではなく、自分の車と運転で任務に向かう。

 愛車のロールス・ロイス レイスのハンドルを握りながら、喬示は天平の質問にどう答えたものかと考える。


「こうすりゃ習得できますみたいなカリキュラムがあるわけじゃねえんだよな。ただ習得の際の共通点はあって、それはずばり、死にかけることだ」


「死にかける?」


 助手席に座る天平は予想外の答えに目を丸くする。

 予想通りの反応を見せる天平に、喬示はクックっと笑う。


「掛祀禍終の習得には、縁穢を深める必要がある。どうやって深めるかっつったら、憑霊により近づくんだ」


 天平は喬示の説明を真剣な表情で聞いている。


「俺ら寄処禍は生者だろ? そして憑霊は死者。死に近づくことはつまり、憑霊に近づくってことだ」


「なるほど。だから死にかける……」


「そこから二つのパターンに別れる。そもそも禍霊が寄処禍に取り憑くのは自力じゃ行けない幽世に行くためだが、稀に違う理由を持つ禍霊もいる」


「違う理由?」


()(ねん)()(しゅう)って言葉がある。ようは死んでも死にきれない強い心残りのことだが、それを晴らす為に寄処禍に取り憑く禍霊もいる。だが、このタイプは少ない。なぜか分かるか?」


「えっと、自分で晴らそうとするから……ですか?」


「そうだ。心残りがあるから禍霊なんかになるわけだからな。だが、それには大きな問題がある。禍霊には生前の記憶がない。だから心残りはあるが、それがなにか分からない状態になる」


「晴らしようがありませんよね」


「だから一縷の望みをかけて寄処禍に取り憑くのさ。縁穢が深まれば憑霊の記憶が寄処禍に流れ込むことがあるからな」


「代わりに晴らして貰おうってことですね。あれ? でも……」


 天平がなにかに気付く。


「それだと、その禍霊は禍霊には生前の記憶が無いことを知ってることになりますよね」


「そうなるな」


 天平の言葉に喬示が頷く。


「正直、禍霊が寄処禍に取り憑くメカニズムに関してはなにも分かってねえんだよ。俺が今してる話も長い歴史の中で導き出された推論だ。これが正しいって保証はねえ」


「そうなんですね……」


「掛祀禍終の話に戻すと前者のタイプは縁穢が深まればわりとすんなり習得出来る。だが後者のタイプはそう簡単に行かないかもな。もしお前の憑霊が後者のタイプだったら……」


「だったら……?」


「まぁ頑張れ」


「ええ……」


「さっき言ったように後者のタイプは少ねえからサンプルがねえんだよ。そのうえお前はイレギュラーだろ」


「そうですよね」


 そこで、しばらく沈黙が流れる。

 ふと思い出したように天平が口を開く。


「隊長も死にかけるような状態になって習得したんですか」


 無敵のような力を持つ喬示が戦いで死にかけるところなど想像できない。

 そう思っての質問だったが、喬示はどこか遠くを見つめながら、「ああ」とだけ呟いた。



             ☆



「なんだ? ここ……」


 天平は気付くと宙に浮いていた。

 眼下には荒れ果てた大地。

 池袋の街も青駕来と腐端正も見当たらない。


「もしかして明星の生前の記憶?」


 穢縁が深まると憑霊の記憶が寄処禍に流れ込むことがあるという話を思い出す。


「どこだ此処……日本だよな?」


 まったく見覚えのない風景に戸惑う天平。

 浮いたまま周囲をきょろきょろと見渡すと、二人の男を見つけた。

 衣褌姿の二人の男が向かい合っている。


「これが明星の記憶なら、一体いつの時代の人間なんだ?」


 古めかしい服装と髪型をした男性達を見て天平は訝しむ。

 そのまま二人の傍まで下降。

 会話が聞こえてきた。


『天の軍勢が降り立ちどれ程経ったか。奴らは既に、この地を掌握した。貴様の命運も、いよいよ尽きたという訳だ』


 一人の男が嘲笑うように言う。

 もう一人の男はそれに対しなにも言わない。


「なんだこの感じ……」


 天平が耳を押さえる。

 男の発している言葉は日本語とはまるで違うように聞こえる。

 それにも関わらず、天平の脳内には日本語で言葉が響く。


──明星の記憶の中だから、俺にも分かるようになってるのか?


 天平の疑問と困惑を他所に男は言葉を続ける。

 

『あの女に服従するつもりも無いが……貴様と手を組むつもりも無い』


 男はそう言って腰に提げた剣を抜く。


『貴様をこの手で討ち倒す。それは大いに望むところだがな』


 その言葉にもう一人の男も剣を抜く。

 そして同時に駆け出し、剣を振るう。


「うわあっ!?」


 剣戟の男が響くと同時に急激に視界が回転し、天平は目を覚ました。



           ☆



「あれが……記憶……明星がまだ人間だった頃の」


 陥没したアスファルトに血だらけで横たわる天平。

 今しがた見た明星の記憶に考えを巡らす。


──なにも喋らなかった方の男が明星か? あの戦いに負けて死んで、それが遺念余執になって禍霊に? だとしたら、もう一人の男を倒すのがそれを晴らすことになるのか? でもどうやって? 明らかにここ数十年とかの話じゃない。かなりの大昔だ。もう相手だって死んでるだろ。


「ああっ、くそっ! 考えてもしょうがない!」


 おぼつかない足取りで立ち上がる天平。


「記憶が流れ込んで来たってことは縁穢は深まってるんだろ。お前の遺念余執、いつか俺がどうにかして絶対晴らすから……もっと……もっと力を寄越せっ!」


 右手を開き、まるで怒鳴りつけるように叫ぶ天平。

 一方、青駕来は腐端正とともにゆったりと天平の元へ。


「終わりにしよう」


 死に体の天平にトドメを刺すべく進軍は続く。

 腐端正が歩く度に地響きが鳴り、地面は泥濘む。

 そして、天平のすぐ側まで迫った。


「……へえ」


 そこで、青駕来は見た。

 右手で刀印を作り、顔の前にかざし、こちらを鋭く睨みつける、天平の姿を。


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